第17話私による私のための自由表明

 「随分とあっけらかんとおっしゃいますが、平気なのですか?」

 「平気とは、いったい何のことでしょう?」


 そう聞き返した宰相様はどこか不自然に笑みを浮かべる。表面上平静を保っているようだが、その唇が引きつっているのを私は見逃さない。


 「そのようにあなたの名誉を傷つけられることがあって、あなたはなぜ笑ってられるのですか?」


 あぁ、彼には理解できないのか。いや、か。

 彼の周りにはそんなをするような人間がまったくいなかったのだろう。イヴァン様しかり、ルカさんしかり。


 私が彼らに抱いた印象がまさにそうだった。

 人と接する時には一定の距離を保って、紳士的に振舞う。相手にとって失礼なことをしない。


 「別に平気だったわけではありませんよ。ただ、人よりも偽るのが上手なだけじゃないですか?」 


 自分で言ってみて、本当に滑稽で馬鹿だと思う。


 見限ろうと思えばもっと早くできた。そのはずなのに、どうしてそんなことをしなかったのだろう。


 王子の婚約者だからと言って、なんで私にだけあんなに山のような仕事を任されていた。それに疑問を抱くことすら脳裏に浮かぶこともなくなってしまった。


 いつからか、常に【責任感】と言う名のヴェールで視界が塞がれて、何も見えなくなったからだろう。


 「まぁ、正直言ってもうどうでもいいことなのです。はっきり言って、これ以上あの男について考えることが時間の無駄。」

 

 あの日から時々破棄されなかったらどうなっていたのかを考えることがある。


 順当に挙式をあげて、子供を作って、我を殺して公務にいそしむ日々。

 

 普通の令嬢だったら、幸せに感じるかもしれない。それがの幸せだと教え込まれているから。


 「結婚できていたとしても、いつか亀裂はできていましたよ。絶対にね。」


 私は彼女たちが知らない自由を知っている。それを楽しむ心も。


 広大な草原を駆け抜けるときに感じる風が心地良く感じること。夏の暑いときに浴びる川の水の冷たさや、積み重ねられた藁のふかふかさ。

 高い樹から見える夕日はとても美しいと、感動すること。


 忘れていた価値観を、その自由を思い出したんだ。誰が放棄してやるものか。


 「なんで、陛下があなたに求婚したのかが理解できました。……あなたみたいな人は帝室にいませんから。」


 観念したように笑う宰相様。彼の顔には、先ほどまで見え隠れしていた私への不安は消えていた。


 「今、帝室にいる方々は何と言うか、一癖も二癖もある方々です。あなたは彼女たちにとって目の上のたんこぶになるでしょう。それでもやっていけますか?」


 帝室にいる女たち……。大方、他国の姫君たちのことか。


 学園にも留学に来ていたし、実際案内していたから宰相様が抱いているであろう懸念は理解できる。


 蝶よ花よと愛でられて育てられたか、あるいは妾腹などでろくでもない扱いをされていたのか。

 全員が全員そうだったわけではない。ただ、学業のためではなく、婚約者探しに来ていた者たちの多くがそうだった。


 「やっていきますよ。多くの方といい関係を築けなくても、私にとって些細なことです。持っている価値観も、人生も大きく異なるでしょう?」


 なるべく仲良くしておいた方がいいことは分かっている。

 しかし、世の中絶対に相いれないものもいる、私と王妃のように。


 「それに、ここは彼女たちの生まれた国ではないのですよ。彼女たちが我が物顔でいるのはおかしなことです。」


 彼女たちは自分の生まれを、育ちを誇りに思っている。そして、それをことあるごとに言い訳にしたりしているのかもしれない。


 それは自国なら通じるけど、ここはフリーギドゥム帝国。彼女たちが権力者であることをほとんどが知らない国だ。


 そんな場所で、自分が偉いだなんて馬鹿馬鹿しい。


 「宰相様、彼女のあらを探すのは不可能ですよ。私が前に似たようなことを問うた時もこんな感じでした。」


 「だから、観念したらどうですか?」とでも言いたそうな顔でルカさんは宰相様の肩を叩く。

 

 「フィリップ、お前はいろいろなことを心配しているようだが、ルイーズ嬢は弱くないぞ。なんせ、俺から一本を取っているからな。」


 イヴァン様、多分宰相様が言いたいことはそうじゃない。

 ドヤァと自慢げに笑っていらっしゃいますが、宰相様が混乱しているでしょう。


 「それにそう簡単に折れるようだったら、リュミエールにいた時点で折れている。あそこの王宮に行ったがこことは比にならないぐらい酷かったぞ。」


 そんな、禍々しいものでも見たという顔をするほどか……。


 確かにヴィクトルが自室に女を連れ込んだり、王妃が東屋に騎士たちを集めて何かやっていたけども。


 考えてみたら確かに良くないな、これ。


 「本当にいいのですね?私もルカも陛下も、あなたのことを守りますが間に合わないかもしれません。」


 つまり、味方をしてくれると。これは本当に心強い。だからこそ、自信を持てる。


 「宰相様、私は伊達に『社畜令嬢』やっていたわけではないのですよ?」

 

 ですので、一度彼女たちに会わせてください。

 

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