第15話断じて私はゴリラではない

 確かにちょっと力が強いし、女性にしては目に見えて筋肉はある方だと思う。

 ただ、第一印象がゴリラになるかと言われるとそうではないだろう。


 「ムキムキ……?ゴリラ……?」

 「普通より筋肉はありますが少なくとも、ゴリラほどではないですね。」

 「女の、欠片もない?」


 そうは言っても『ごつい顔をして女の欠片もない』はおかしい。

 自分で言うのもなんだけど、見た目はちゃんとどこにでもいる女。どう見たって筋骨隆々なゴリラではない。


 何よりゴリラだったら学園に行っていた時、もっと遠巻きにされているはず。


 「あーあ、宰相閣下。ルイーズ嬢がショックで崩れ落ちてしまいました。閣下のせいですよ。」

 「え、それはそうだな。初対面で言うことではなかった。……ルカ君、私の骨は拾っていてくれ。陛下がすごい顔でこちらを睨んでいるんだ。」


 どうして私がゴリラになった?そして、『鮮紅令嬢』って外国ではそんな風に思われていたの?


 小さいころの半ば野生児だった頃ならわかるけど、妃教育をした今の私は違う。

 ちゃんと一介の令嬢としてのマナーは身に付けている。


 「宰相様、今何て言った?陛下の隣にいるご令嬢が『鮮紅令嬢』って、マジか。ゴリラじゃないじゃん。」

 「いやいや、そんなわけないだろ。あの娘、どう見ても戦うなんてできそうにないじゃないか。」


 え?この国では一兵卒が知っているぐらいに有名だったの、私?!

 あと、やっぱり戦闘狂だと思われている。

 確かに戦うのは好きだけど、別に戦うのに飢えているわけじゃない。


 「静粛に。……フィリップ、部屋はどこか開いているか?これ以上、彼女に下世話な言葉を聞かせるわけにはいかん。」

 「応接室が開いております。そちらにご案内いたしますね。」


 イヴァン様は不機嫌さを隠さない声で、聴き耳を立てる兵士たちに告げる。

 私と接する時のような甘く、少し掠れた低い声ではない。腹の奥から出た声は聴いていた彼らのゆるんだ心持を引き締める。


 「すまない、ルイーズ嬢。彼らの言葉が不快だっただろう。」


 「配慮が足りていなかった」と小さな声で零す彼をどうにも怒れなかった。

 

 この騒ぎの発端が陛下の『嫁にする発言』だったのは事実だ。彼らが仰天して、騒ぐのもよく分かる。

 自国の王が突然嫁にすると言って、どこの馬の骨かもわからぬ女を連れてきたのだ。混乱しないわけがない。


 もっとやれることがあっただろうと物申したいが、今はそれどころではない。


 『鮮紅令嬢』の名前が一人歩きしているのは一体どういうことだ。



 「先ほどは大変、申し訳ございませんでしたァァ‼」

 

 宰相に案内されて、応接室に着いたその瞬間だった。


 私が椅子に座って早々、宰相がいきなり深々と私に頭を下げたのだ。

 もう床に頭がめり込んでしまうのではないかと思うほどに。

 実際、その勢いで彼のかけている眼鏡が吹っ飛んでしまった。


 「え、え?あの顔をあげてください。」

 「あなたの事情を何も知らないのに、不躾な発言をしてしまいました。何と詫びたらいいことか……。」


 下手したら、崖から飛び降りそうな勢いで私に謝罪する彼は帝国の宰相よね?

 なんでここまで、私にへりくだっているのかしら。

 

 その理由は分からないけど、とりあえずやめさせなきゃ。

 彼の宰相としての威厳が木っ端微塵になってしまう。いや、すでになっているか。


 「宰相様、詫びる必要などありません。なので、頭を床につけようとしないでください。」

 

 ほら、ルカさんが哀れなものを見るような目で見ているよ。

 仮にも帝国で2番目に偉い人が、地面に張り付いていたら誰だってそんな顔になる。引いてしまうよ


 誰か、この状況を収束させてくれ。すごく居た堪れないし、胃がキリキリする。


 「フィリップ、顔をあげろ。お前が今すべきことはそれではない。」

 「し、しかし、陛下。」

 「彼女の顔をよく見ろ。お前に怒っているか?俺には心配しているように見えるが?」


 所用があったみたいで退出していたイヴァン様が戻ってきた。

 そして、彼に呆れたような声で一言注意する。


 そこでやっと顔をあげたかと思うと、彼はなぜか泣いていた。


 体が小刻みに震え、私を見る目には怯えが宿っている。

 私、あなたになんかしましたか?今日初めてお会いしましたよね?


 「コホン、すまない。ルイーズ嬢、のみっともないところを見せた。」

 「大丈夫ですよ。随分と手馴れた対応のようですが、いつもこんな感じなのですか?」


 やっぱり、イヴァン様の親戚だったんだ。

 イヴァン様は硬派で、宰相様は中性的で神秘的。系統は違えど、顔は似ているから当然か。

 

 流石にいつも感情の乱高下が激しいことはないはずだ。

 え、二人とも私から思い切り目を逸らしているけど、まさかそうなの?


 あと、宰相さん。そろそろ椅子に座るなりなんなりしてください。いつまでも地面に座れられると、上から目線みたいになるので。


 本当にお願いします。脂汗も出てくるぐらい気まずいのです。


 「いつもはここまでではない。そもそも、人に怯えるなどするようなタマではないからな。」

 「むしろ逆じゃないですか、宰相様は。静かにキレる人って怖いですからね。あれですよ。腹黒ってやつです。」

 

 本来ならきっとそうだよね?見るからに切れ者ですって感じがするもの。

 それなら余計に彼の行動の意図が分からなくなる。

 なんで、虎に見られたウサギみたいになっているの?

 

 「え?……それなら、どうして私みたいな小娘に怯えるのですか?」

 「帝室に入った他国の姫君たちの勢いと、幼いころの鍛錬のトラウマだな。」

 

 イヴァン様がジト目でそう言ったら、どこか気まずげにコクリと小さく頷いた。


 「他国の姫たちは気に入らないことがあると、すぐ自国の親にチクるし。武人と言うものが破天荒という印象しかない。」


 つまり、振り回されるのが嫌で先手を打ったと。

 

 宰相様がしんみりと言う一言にルカさんも共鳴するように遠い目をしている。


 ルカさんも宰相様もイヴァン様に近い人間だものね。

 彼らもある種の他国の姫君たちに標的にされていそう。帝国とのつながりを何が何でも持ちたい系の者か。


 「だから、あなたが『鮮紅令嬢』だと聞いて、その恐怖が刺激されてしまった。すまない。勢いのあまりあなたの尊厳を傷つける真似をしてしまった。」

 

 恐怖に支配された人間なんて何するか分からない。あれはそれを体現した行動だったというわけね。


 まぁ、大衆からゴリラと言われるのは不快だったのは事実。

 しかし、それはあくまでも『ルイーズ』ではなく『』が独り歩きしたものだから、怒るのはお門違いだろう。


 「あの、どうして皆様方『鮮紅令嬢』についてご存じなのですか?」


 ここに到着してからずっと、聞きたかったことだ。


 私は今回の帝国行きが初めての出国だ。それなのになぜリュミエール王国よりもフリーギドゥム帝国の方が知名度がある。


 誰か帝国側の内通者がいたってこと?


 「逆に聞きたいのですが、今まであなたは知らなかったのですか?」


 「我々だけではありません。はみな知っていますよ。」

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