第11話皇帝陛下の訪問と手合わせ

 「今日はよくぞいらっしゃいました、皇帝陛下。」

 「そう固くなる必要はない、ルイーズ嬢。また、あなたに会う事ができてよかった。」


 両親の帰宅から2日後、あのパーティーから3日後。それはちょうど、イヴァン様が我が家に訪れる日。

 その日、彼は朝早くから我が家にやってきた。この前屋敷にやって来たルカさんのみを連れて。


 「先日ぶりですな、皇帝陛下?随分と娘と仲睦まじいようで。」

 「エキャルラット侯爵、どうしてそんな芝居がかった話し方を?」

 

 「はぁ、その言葉そっくりそのままお前に返すよ」とあきれたように話す父と、皇帝陛下。


 二人はかなり前からの知り合いらしく、お互い微笑みながら握手を交わす。一見したら友人同士握手をするというなんともない風景。


 しかし、父よそんなにミシミシと音が鳴るぐらい握ったらだめだ。このままでは彼の手の骨が粉砕してしまうぞ。

 

 「あ・な・た。そんなに長く握手をしていたら皇帝陛下がお困りになるでしょう?申し訳ございません、皇帝陛下。よく言って聞かせますから。」

 

 そんな父の様子を母が見逃すわけがなく、扇子で父の大きな背中を小突く。

 さすがの父も母の小さな背に虎でも宿っているような気配に引き下がる。その獅子のような体は縮こまり、目には涙が浮かぶ。


 「ありがとう、エキャルラット夫人。それで、侯爵はそのままで大丈夫なのか?」

 「どうぞ、お気になさらず。少し意地を張った彼が悪いのです。」


 母はぴしゃりと言うと、彼は「そういえばそうだった」と何かを思い出すように笑う。


 「そういえば、前ルイーズと手合わせをしてみたいと言っていましたでしょう。ちょうどいい機会ですからどうです?」


 え?どうなったらそんな話になるの。


 母が軽快に発した言葉に動揺を隠しきれない。もともと、彼女はどこかずれているとは思っていたけど、ここまでとは。

 お願いですから、そんな「散歩でもします?」というノリで言わないでください。


 「お母さま、いきなりそんなことを言っても皇帝陛下は……」

 「別に俺は構わんぞ。むしろ、二人になるちょうどいい理由だからな。」


 どうして、あなたもそんなにノリノリなんですか?

 確かに二人になれますけれども。なれるけど、そうではないでしょう。

 

 不満はあるけど、母からの提案はまさに渡りに船だ。ありがたく受けさせてもらうとしよう。


 「分かりました。では、手合わせをしましょう。……その前に、動きやすい服に着替えてきてもよろしいですか?ドレスだとどうしてもやりにくくて。」

 「それもそうだな。時間はいくらでもある。ゆっくり支度するといい。」


 穏やかな笑顔で彼は私に微笑みかける。キラキラとした宝石を目にするように、うっとりと。



 「お待たせしました、皇帝陛下。……どうかなさいましたか?顔が赤くなっていますよ?」

 「本当か?いや、髪型が変わると随分と印象が変わるな。」


 どこかしどろもどろに言う彼は私の揺れる髪に視線が釘付けだ。

 動きやすい綿の服に、装飾が特にない質素なズボン。さっと結い上げられたポニーテールの姿が彼に違う印象を植え付けたのだろう。


 それにしても、そこまで動揺するほどのことだろうか?


 「手合わせの時はいつもこうしているんです。一番私の戦いを魅せることができるので。」

 「……なるほどな、それが君のこだわりであるということか。」

 

 目を細める彼はまるで肉食獣のように、鋭い視線を私に浴びせる。


 それはどこか緩んでいた私の気持ちを引き締め、闘いに意識を向けさせる。


 あぁ、この感覚だ。身に突き刺さるような圧倒的な気配。今から戦うのだと脳に刻み込まれる感覚。


 久しぶりに味わう高揚感。何て甘美なのだろう。


 「それでは陛下、せっかくの機会です。思う存分、手合わせしましょう♪」

 「あぁ、そうだな。……闘いの中で色々と語ろうではないか。」


 気分が高まっているのは私だけではないらしい。


 彼も私と同じように闘いが好きらしい。

 今まで見せていたどこか詰まらなさそうな顔が嘘のよう。


 子供が欲しかったおもちゃを目にしたときみたいに、その青い瞳は楽しそうにきらめいている。


 「えぇ、ぜひそうしましょう。何よりもこの時間を楽しみましょう?」


 

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