第8話私の幸せは私が決める

 「私が不幸になると言うのは一体どういうことですか?」


 イヴァンの部下であるルカにそう告げられて一番最初に気になったのがそこだ。


 婚約破棄される不名誉なお前は相応しくないとか、小国の女が我ら帝国に合うわけがないとか。

 そう言う観点から『求婚を受けないでください』と言うのはよく分かる。


 でも、彼はそうとは言っていない。


 「皇帝陛下が『冷血皇帝』と恐れられていることを知っていますよね?」

 「それは勿論、一貴族として世界の情勢を把握していて当然ですわ。もしかして、関係あるのですか?」

 「はい、その通りです。しかし、その一端に過ぎないと言いますか……。」]


 そう言うと彼は気まずそうに私から視線を逸らす。その様は少し気恥ずかしそうだ。まるで、思春期の男性が魅惑的な女性を見て恥ずかしがるような。


 なんとなく『冷血皇帝の奥方と言う色眼鏡で見られる』という理由だと思っていた。でも、あの様子じゃそうではなさそう。

 私が想像しているよりももっと内密な理由なのかしら?


 「あの方はすごくモテるのです。特にいわゆる背伸びしがちなあなたぐらいのお嬢様方に。」


 なるほど、そういうことね。理解したわ。

 皇帝陛下はすごく顔が美しい。透き通るような白い肌、雪のように眩い白銀の髪、氷のような青い瞳。神の手で作られた彫刻と称されるほどだ。


 つまり、今すごーく恥ずかしそうにしている彼はこう言いたいのか。


 『あの方がほかの女性に目移りして、あなたのことを蔑ろにしてしまうのかもしれない』とか、『ほかの女性があなたに嫉妬して、あなたを不用意に傷つけるかもしれない』と。


 「フフ、実にばかばかしい戯言を吐かれるのですね。」

 「た、戯言などでは……。」


 私のことをガラス細工のように儚いと思っているの?

 伊達に私はヴィクトルぼんくら王子の婚約者をやっていたわけじゃないのよ。しかも、息子にはちょーぜつに甘い王妃付きのね。


 「いびられるのも、誰かに愛されないのも、全部慣れております。もし、私が結婚して、皇帝陛下が他の女性に目移りされたとしても、不幸だなんて思いませんわ。」


 本当に、皇帝陛下が誰かに目移りされたらちょっとばかし悲しいかもしれない。実際、そんなことが起こるのはもう二度とごめんだ。


 でも、そんな不安は私の胸に微塵もない。

 確信はないけど、皇帝陛下は実直な人だと思う。少なくとも、すぐ誰かに目移りするような軟派な人ではない。


 「それに、あなたには分かりませんか?」

 「へ?」

 「もし、彼が目移りするような性格でしたらすでに誰かと契っているのではなくて?」


 だって、彼は今世間を賑わしている『冷血皇帝』だ。極寒の大地であるその国を急激に技術発展させた若き皇帝。

 世界各国が良くも悪くも注目しているし、すでに様々な国からお嫁さん候補になる令嬢たちが送り込まれていると聞く。


 しかし、その結果はと言うと……。


 「ハハッ、確かにいろいろな国の美しい姫君たちが彼と結ばれようと必死ですが、誰も成功していませんね。」


 やっぱりそうだと思った。だって、彼はあの卒業パーティーの時、私以外の女性が視界に映っていないようだったから。


 私よりも美しく、私よりも輝いていたものなんてごまんといた。しかし、その誰にも興味を持たなかった。

 ただ、誘蛾灯に誘われる蛾のようにまっすぐ、私に近づいてきたんだ。


 その時点で、もう分かることでしょう?


 「あなたにとって私がどう映っているのかは知りません。きっと、不幸で哀れな少女にでも映っているのでしょう。でも、私は決めたのです。人生を歩むのなら、少々波乱万丈な方がいいと。私の幸せは私が決めます。」


 求婚を受け、帝国に行ったらこれまでのリュミエール王国でのすべては通用しない。今の私が想像しているよりも、ずっと苦しくて逃げ出したくなる時がきっとくる。


 それでも、私は謳歌しよう。その苦しみさえもいつかの楽になると思っているのだから。


 「だから、自ら彼の手を離すつもりは毛頭ありませんわ。離すのなら、彼が引き返せない場所まで来た時です。」


 これは私がした決意。それは誰にもかき消すことはできないもの。さぁ、あなたは私の決意をどう受け取る?


 「そうでしたね。あなたはこの国の炎のように猛きエキャルラット家のご令嬢だったことを忘れておりました。」


 彼は優し気に目を細め、噛みしめるように私のことをしっかりと見つめる。どこか私に懐疑的だった目に、ほんの少しだけ信頼が灯った。


 これは、つまり私の言葉を受け取ってくれたということで良いのだろうか?


 「皇帝陛下はご両親とお話しするために3日後、この家に訪問されるでしょう。その時に、彼としっかり話されることをおすすめいたします」


 そう言うと彼は羽を開き、夜の闇へと消えていく。


 本当に緊張した。

 彼に悪意がなかったからよかったものの、もしあったとしたら大惨事になっていたわ。

 婚約破棄に続けて、敵に懐を許すなんてエキャルラットの恥もいいところね。


 それにしても、他の国の令嬢か……。絶対に諦めてなんかいないよね。フリーギドゥム帝国に嫁いでいった令嬢たちについて少し、調べるか。


 「そういえば、お父さまたちにお話しってどういうことかしら?」


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