ヤバそうな奴だったから追放したら、「ざまぁ」しに来られて、大変なんですけど!?

石川覚

ヤバそうな奴だったから追放したら、「ざまぁ」しに来られて、大変なんですけど!?

「ねぇ、シルエン……待って……私もう……無理なんだけど……」



 もう足が限界に達しているのだろう、息を切らせながら横を走っていた女魔導士のアスカが俺の腕を掴んで訴えてくる。走るペースがさっきから落ちている。クソ、こっちだって前もろくに見えない、数歩ごとに足をとられそうになる森を駆け抜けて、体力も尽きかけてる。でも、彼女を置いていくわけにはいかない。アスカまで失う訳にはいかない……!



 「くっ……頑張れアスカ……あと少し……あと少しで森を抜けられるから!」



 もう自力で足を動かすのがやっとのアスカを引きずりながら、俺はふと何故こんな事になったのかを思い出し始めていた。始まりはあの日、交易都市ウォースの冒険者ギルドでアイツを紹介された時だった……



 「シルエンさん、良い所に!ちょっと良いですか?」



 張り出されている依頼から丁度良さそうなのを選ぼうと掲示板に俺が近づくと、顔なじみの受付嬢に声をかけられる。何だか困っているようにも見える。冒険者ギルドなんて日雇い斡旋場の受付をやってるくらいだ、ちょっとやそっとの事では動じない人なんだけどなぁ。俺が近くまで行くと一人の男を紹介された。



 「この人、トオルさんって言うんですけど、先ほど冒険者登録を終えたばかりでして、パーティーを探しているんですって」


 いかにもトオルとは自分の事であるとでも言いたげに、男は満面の笑みで頷きながら横で聞いている。ありふれた町人の服を着て、中肉中背。童顔なのか、実際に若いのか分からない顔立ちと短めの黒い髪をしている。一度目を離せば瞬時に忘れ去ってしまう、そんなどこにでも居そうな雰囲気だけは強烈に放たれている。



 「そうかい?それは良かったな。頑張れよ。で、俺にはどんな用ですか、ジャスミンさん?」



 男を一瞥してから俺が受付のジャスミンに話しかけると、彼女は本当に困った顔をして、このトオルって奴がどうしても高ランクの冒険者パーティーに入りたがっている事を俺に告げた。駆け出しの癖に何を言っているんだと、俺も耳を疑ったが、男は本気のようだ。なんでも、「チートスキル」を持っているはず、との事。これまた何の事かさっぱり分からなかったが、男は『ちゃちゃっとレベル上げてさ、無双したいんだよねぇ。分かるだろ?』と言って引こうとしない。ジャスミンは初対面の、素性も分からない者を受け入れてくれるパーティは無いと、これまた引かない。



 そんな押し問答が、かれこれ一時間は続いているらしい。そこへ俺が現れた、と。今この町に居て、依頼を何も受けていない、そこそこ高ランクのパーティーがもう俺の率いる≪夜明けの鷲≫しかないそうだ。と言う訳で、俺たちはこの得体のしれない不気味さを纏った男を一時的に雇い入れることになった。依頼はゴブリン討伐。ジャスミンさんが特別に報酬を二割増しにしてくれたことからも、心底この男にうんざりしていたのが分かる。いつもならつまみ出して終わりなのだが、今日は王国から視察団が来ていたらしい。ギルドが「誰にでも公平に」をうたっている以上、部外者の前で登録した者を追い出すわけにもいかなかったそうな。



 新たな人員を俺の独断で雇い入れる事は勿論、可能ではあったが、それは形式上の話。実際には全員で話し合って決めるのに、俺が無理矢理連れてくる形になってしまった。命をかけてるんだ。妙なやつとは仕事をしたくないと思うのが普通だし、俺もジャスミンさんがお茶に付き合ってくれる約束をしてくれなかったら、報酬五割増しでも断っただろう。



 皆にはどう説明すれば良いのかと悩みながら歩き、宿に着くまでの三十分でこのトオルと言う男には殺意すら覚え始めた。とにかく黙ってくれないのだ。それも意味不明な事ばかり言ってくる。やれ、勇者はどこだとか。やれ、魔王を倒す旅をしてるのかとか。



 何だよ、魔王を倒す旅って?そんな物はもう国家レベルの問題なんだから、正規軍の仕事だろう。俺たちは他に取柄のない、社会のはみ出し者だ。人がやりたがらない、危険で泥臭い日雇いで銭を稼いで、酒場でパーッと使って、その日暮らしをしてるんだ。魔物との戦闘だって、やらなくて済むならやりたい奴なんかいないって。痛いし、怖いし、普通に死人出るし。それを奴は嬉々として俺に語りやがる。早く戦いたい、って。ゴブリンをとっちめてレベルアップだとか何とか。腹を引き裂かれて、自分の糞と血だまりの中でのたうち回る時の生物の声を聞いてみろってんだ。



 宿に着く頃、俺の機嫌は最悪だった。出迎えてくれた仲間にぶっきらぼうに返事をして、皆を集めてくれと頼んだ。俺のパーティーは一年ほど前から四人で組んで仕事をしている。大人数が必要な依頼には手を出さないし、それ以外は四人くらいが丁度良い。それ以上いると報酬を分ける時に依頼の難度と釣り合わなくなってくる。所詮は日雇い、報酬もたかが知れてる。それでも農民をやっているよりは良いがな。



 皆が俺の部屋に集まると、俺は今回の依頼がゴブリン討伐である、特別に俺が連れてきた男にも同行してもらう、報酬は二割増しである事を伝えた。話し合ってる間、当人には一階の酒場で待ってもらっている。



 「いきなりそう言われても、私は嫌なんだけど。どうしてもなの、そいつを連れて行くの?」



 思った通り、最初に声をあげたのは女魔導士のアスカだった。彼女は元から人付き合いが苦手。初対面の人間とは特に距離を置きたがる。



 「俺はかまわねぇよ。どうせ今度のギグ限りだろ?荷物持ちでもやらせりゃ良いだろうが」



 フェルンは相変わらず細かい事を気にしていない。自分を「義賊」だって言い張るが、手癖が悪いだけの盗賊崩れだ。パーティーで一番酒に金を使っている。



 「私も構いませんよ。神は万人に等しくその慈悲を与える。我々もそうありましょう。人助けせざる者、香をあげるべからず」



 神官のゴルドンならそう言うと思った。建前上は冒険者たちに神の教えを説くために来ているが、本当はどうだか。何事に対しても聖典を引用してくる癖があり、しかも大概がでたらめだ。俺は字が読めるから一度調べたんだ。



 「俺を入れなくても二対一だな。悪いなアスカ、ちょっとだけ我慢してくれ。どうしても連れて行く。ギルドに恩を売る為と思ってさ。な?」



 不服そうなアスカにお菓子をおごる約束をして、何とか我慢してもらう事に。よし、後は新入りを連れてゴブリンが目撃された場所に行って、倒してくれば終わりだ。往復で三日も掛からない簡単な仕事だ。そう思っていた……



 結果的には何も簡単じゃなかった。道中のやつはやたらとアスカに絡み、荷物が重いと文句ばかり垂れ、歩き慣れていないのか足にマメをこさえて貴重な薬を使わせてきた。それも文句を言いながら、だ。本人曰く、「神官なら回復魔法でさ、治してよ」だって。薬でどうにかなる物は薬を使うのが常識だっての。神官も好きな時に好きなだけ魔法を使える訳じゃないんだから。しかも、新入りの癖に俺たちにため口だ。いや、正確には出会う人全員にため口で、イライラもハラハラもさせてくる。パーティーの一員だからな。奴が売る喧嘩はこちらの総意だと思われかねない。



 だが道中は序の口で、ゴブリンたちを見つけていざ討伐ってなった時はもっと酷かった。



 「てめぇ、何してやがる!?」


 フェルンが怒号と共にでゴブリンに向かうトオルを後ろに突き飛ばす。


 「陣形を乱すな、バカ! 死にてぇのか!?」



 俺とフェルンが前衛として敵と実際に斬り合ったりするんだが、俺たち二人の間に奴が入って来ようとした。俺が貸した槍を持って。槍の使い方なんて知らないのは確認済みで、後ろに控えてもらって、万が一抜けてきたゴブリンがいたら足止めをするように言ってあったのに。奴はお遊び感覚で俺とフェルンの位置を乱してきやがった。それもゴブリンとの接触目前で。



 幸い、フェルンが後ろに突き飛ばすのが間に合い、何とか隙間を作らずに迎え撃てたし、何よりゴブリンの数が少なかった。それでも後ろから突き入れてくる槍が何度俺に当たりそうになった事か。これじゃ味方殺しだ。足を引っ張る所の騒ぎじゃない。



 それでも俺たちは我慢をした。討伐は成功。ギルドに戻れば報酬が出て、コイツともおさらばだ。町まで半日の地点で休憩していたら、奴がアスカの手を握ってきたのも見逃してやった。見逃したのは俺じゃなくてアスカ本人。別にケツに火を点けても良かったと、俺はそう思ってる。



 皆の我慢が限界を超えたのはギルドまであと少し、市場に差し掛かった時だった。



 「あ!みんな見てよ!あれは奴隷?やった!」



 何を喜んでるのかと聞く間もなく、奴は隣国のサーヘイムから来たと思しき商人の一団に駆け寄って、荷物持ちをしていた奴隷たちをまじまじと眺め始めた。サーヘイムは砂漠の国。俺たちのいるガンツォ皇国では違法とされている奴隷が今も合法だ。合法どころか、他国を襲い、人をさらっては奴隷として売りさばく。奴隷売買はサーヘイム貿易の中でも大きな割合を占める。当然、自分たちでも使っている訳で、いくらこの国では非合法と言っても、他国の商人の所有物を取り上げる訳にもいかない。



 「トオル、何してる!?すみません、新入りでして、後で言っておきます」



 俺は慌てて奴を引っぺがしにかかった。サーヘイムの連中は気難しい。奴隷を盗もうとしているなんて勘違いされたら偉い事になる。近寄らないのが一番だ。



 「シルエン、俺の取り分で奴隷買えるかな?女の子が良いな。猫耳とかいないの?」



 俺に引きずられながらも奴はべらべらと喋り続ける。何とか離れて見ている皆の所までたどり着いた時に最悪な一言が奴から飛び出した。



 「ねぇ、何でみんなは奴隷いないの?買おうよ。シルエンだって好きだろ」



 ……目の前が赤く染まり始めた。何で俺たちには奴隷がいないのか、だと?俺が奴隷好き、だと?思わず剣に手をかけて抜こうとした瞬間に平手打ちの音がした。



 「ふざけないで!何様なの、あんた!?シルエンはこの国まで逃げ延びた奴隷の子なんだよ!だいたい、ここでは奴隷は非合法だし、気持ち悪いわよ!同じ人なんだよ!買うとか、女が良いとか、何なのさっきから!?」



 アスカの介入で俺は我に帰った。こいつとはもう一秒だって一緒に居たくない。ギルドまでなんて待てない。ここで首にするしかない。



 俺は荷物をまさぐって、頬を抑えて不思議そうにアスカを眺めるやつの取り分に当たる金をとりだし、奴の足元に投げつけた。



 「……俺たちの前から失せろ、クズ野郎。これは貴様の取り分だ。そして二度とその面を見せるんじゃねぇ」


 「な!?これは何、どういう事?追放って事!?」


 「追放だか追悼だか知らねぇが、テメェは首だって言ってんだよ!」


 「一緒にやって来た仲間だろ!?それともなんだ、俺が役立たずだって言いたいのか!?」


 「言いたいんじゃなくて言ってんだよ!テメェのせいでトラブルに巻き込まれそうになるわ、戦闘では足を引っ張るわ、荷物持ちも足のマメでロクに出来ないわ、挙句の果てに奴隷大好きってか!?『チートスキル』とか言うのも一度も見せてないし、アスカにも絡みやがって!俺たちの前から失せろ!」



 いきり立つ俺の後ろに仲間が集まって来た。フェルンもゴードンも奴隷が嫌いだ。俺を止めようとする者はいない。なにせ、俺たちはサーヘイムの連中とは違う。



 俺をキッと睨め付けながらも足元の金をちゃっかり拾うと、奴は後ろを向いて走り出した。と思ったら少し離れたところで立ち止まって振り返る。



 「見てろよ!俺を追放した事、必ず後悔するって決まってるからな!絶対にざまぁしてやるからな!」



 謎過ぎる脅しを叫び終えて奴は人混みに紛れていった。



 「……ねぇ、シルエン、「ざまぁ」って何?」


 恐る恐るアスカが聞いてきたが、俺が知りたいよ。


 「……さぁな。俺たちにざまぁみろって言いたいんじゃないか?どうやるか知らんけど。追放とか言うのも意味が分からないし」


 「全くだよ、なぁ。俺たちは衛兵でもなんでもねぇし、ギルドの職員でもねぇ。どこから追放された気になってんだ、アイツは?パーティーにはとりあえず荷物持ちとして契約して加えてるんだしよ」


 フェルンに言われて契約の事を思い出した。そのままギルドに行って事情を説明したら違約金は取られない事にしてもらえた。俺が自腹で報酬を出した時点で契約満了と見なしてもらえたんだ。ゴブリンは討伐済みだったし、ギルドの近くまで来ていた、って事で俺が立て替えた扱いにしてもらった。



 これで一件落着して、いつもの生活に戻れる。誰もが安心し、事実、一週間ほどは平穏が続いた。フェルンが死体で発見されるまでは。



 「シルエン!大変だよ!!フェルンが……!フェルンが死んじゃった!」



 俺とゴードンが寝る前の一杯をやりながら、教会税について話している所に血相を変えて飛び込んできたのはアスカだった。目を大きく見開いて、手先が震えている。



 「アスカ?どうした?なんだ、フェルンが死んだって!?」


 「わかんないよ!待ち合わせしてたんだよ!来ないからいつものに行ったら守備隊が居たんだよ!フェルンも酷い状態で、あたしも色々聞かれて、手紙も怖いし、どうしたら良いか分からないよ!!」



 泣き出したアスカをゴードンと二人で慰めながら話を聞くと、買い物に付き合ってもらおうとしていたらしい。待ってても一向に待ち合わせの場所に現れないから、酒を飲んでるんだろうと思って見に行ったと。そしたら切り刻まれたフェルンの死体を守備隊が囲んでいた。フェルンの口には紙切れが押し込まれていて、そこには「ざまぁ」とだけ書かれていた。



 俺はゴードンと顔を見合わせた。同じ考えがよぎる。奴だ。奴が俺たちを殺しに来ている。



 「アスカ、落ち着いてくれ。きっと奴だ。でも、大丈夫。守備隊には話したんだろ、特徴とか?」


 聞くとアスカは頷いた。まだ震えてはいるが、少し落ち着いてきたようだ。


 「なら大丈夫。守備隊が捕まえてくれる。今夜は三人で寝て、明日はちょうど依頼に出発する予定だったし、ほとぼりが冷めるまでこの町から離れていよう」



 誰にも異論はなく、俺たちは不安な夜を過ごしながらも翌朝早くに宿を出て、ここから徒歩で二日の町へ向かった。今回はその町のギルドで別の冒険者パーティーと合流して共同で依頼にあたる。フェルンの事は可哀そうだが、依頼が優先だし、俺たちが走り回った所で人手が足りなさすぎる。守備隊でも捕まえきれなかったなら、自分たちでギルドに捕獲依頼を出すためにも金は必要だ。



 特に何事もなく、予定通りに街道の宿場で一泊した俺たちは翌日も良いペースで歩き続け、目的地まで数時間の所まで来ていた。街道が丁度森を回り込むように一気に折れ曲がる所。そこを歩いていたら道端にうずくまっている若い娘が見えた。身なりは汚く、農民が普段着る服も汚れている。



 「お嬢さん、どうされました?怪我でもしているのですか?」


 ゴードンが真っ先に駆け寄って抱き起すと娘は号泣しながら彼に抱き着いた。


 「さぁ、もう大丈夫ですよ。町は直ぐそこですから、我々と一緒に行き……ぐっ……」


 急に喋るのを止めたゴードンの体が小刻みに揺れ出し、ゆっくりと、娘にもたれかかるように崩れ落ちた。


 「ゴードン!?どうした!」


 慌てて俺が駆け寄るとゴードンの体の下には赤い血だまりが広がり始めていた。泣きながら見下ろすように立っている娘の手には血に濡れた短剣が握られている。


 「……ゴードン?何だこれは?何だ、何をした?」


 状況が今一理解できない俺が呆然としていると娘は急に震えだし、泡を吹いて倒れ込む。


 「やあ、シルエン。久しぶりだね。俺を覚えているか?」



 聞き覚えの声が街道脇の茂みから聞こえたと思ったら、これまた見覚えのある奴が姿を現した。小汚い服に剣をぶら下げ、満面の笑みを浮かべたあいつだ。



 「おや、ハーレット、俺の命令を無視しようとしたんだね?可哀そうに、こんなに苦しんで。大丈夫、後でお仕置きをしてあげるからね」



 そう言いながら奴は倒れ込んでる娘に蹴りを入れると俺たちに向き直った。



 「アスカもいるね。うん、良かったよ。ハーレットの罠にかかったのがゴードンで。シルエンは俺が自分でやりたいし、アスカも楽しんでおきたいからね」



 相変わらず意味不明な事をほざいているが、べらべら喋っている間に俺はゴードンの死体から距離をとり、剣を抜いていた。



 「……アスカ、俺の合図で炎の矢から始め……」


 そう言おうとした時、背後で枝が折れる音が聞こえてきて、俺は反射的にアスカを掴んで森の方に転がった。起き上がって元いた所をみると案の定、俺たちに斬りかかろうとして攻撃を外していた人が見えた。驚いたことにそいつも若い娘で、後ろからは更に何人もの女の子が走り込んできている。


 「アスカ!逃げるぞ!」


 そう叫びながら俺は剣を鞘に投げ入れると、アスカの手を引っ張りながら森に飛び込んだ。


 「シルエン、あたし見たよ、従属紋!」


 「分かってる!俺も見た!あの子たちは奴隷にされて、逆らえないのは分かってる!だから一度体制を立て直すんだよ!」


 「分かった!」


 「大丈夫、奴隷たちは見たところ普通の村娘、俺たちは逃げ切れる!」



 そう、か弱い素人の女どもを迎え撃たなかったのは、ゴードンを殺した女の首に紋が見えたから。彼女らは悪くない。あのくそ野郎が念願の奴隷を手に入れただけの事だ。クソ。このまま走ると町とは離れていくが、森でまいて、街でギルドの同業者と一緒に捜索すれば捕まえられる。今は走る事に集中しなきゃ。



 そうして半刻程走っているとアスカが限界を迎えた。もう森を抜けても良い頃合いなのに、迷ってしまったか?俺も装備が重い分、アスカ程じゃないにしろ限界が近い。仕方ない。俺は次に開けた場所に出たら休むと決めた。



 運よく数分後には丁度良い場所が見つかり、俺たちは倒れるように座り込むと息を整えようとした。アスカをみると本当に苦しそうだ。これでは魔法は撃てないな。追いつかれたら俺が相手をして、アスカだけでも逃がさないとな。何とか呼吸が落ち着き始めたので俺は水筒を取り出してアスカに渡した。



 「アスカ、水だ、飲め。10分くらい休んだら行くからな。追いつかれたら俺が引き受ける。お前は町を目指せ」



 水を勢いよく飲んでいた彼女は無言でうなずいた。よし。もう少し休んだら……


 「おやおや、逃げないのかい?臆病者のシルエン?」


 ……嘘だろ、もう追いついてきやがった。


 「どうした?あの日の威勢はどこへ行った?弱者をいたぶるだけが能だったようだな、シルエン!」


 「ふざけるな!あの女たちはなんだ?テメェの奴隷じゃないのか?弱者をいたぶってるのはどっちだ!?」



 少しでもアスカが逃げる時間を稼ごうと、俺は再び剣を抜いて奴に怒鳴り返す。女たちは来ていない。が、油断はできない。


 「そうだよ、奴隷だよ?俺のね。羨ましいだろ?アスカにさえ相手にされてないんだろ、シルエンよ」


 「俺とアスカは仕事仲間だ!それに、俺は奴隷が嫌いなんだよ!」



 叫び返しながら俺はアスカが森の奥に消えていくのを目の端から見届けた。



 「はは、そうかい、そうかい。まぁ、何でも良いよ。お前はここで俺にざまぁされて、俺は俺の凄さを分かってるハーレムとスローライフを送るさ。この、『従属』と『模倣』のチートスキルでな!!」



 そう叫ぶと奴は俺に斬りかかった。一週間前まで剣の持ち方も知らなかったとは思えない。しっかりと剣術になってやがる。それも不思議な剣術だ。まるで本来は剣じゃなくて、サーベルで戦うのを想定しているような動き。強い。強い、が、斜め上段からの円を描く撫で斬りを多用している。正直、俺が打ち合えるのは鎧と自分の得物を理解していない奴の馬鹿さ加減のお陰だ。俺を仕留められない苛立ちで動きも雑になってきている。


 「なんだよ、なんで倒れないんだ?」



 後ろに飛びのいた奴がいら立ちの声をあげる。良く見たら息も結構きれてきている。まぁ、それはこっちも同じだからアドバンテージにはならないが、喋ってくれるなら休憩できる。



 「その『チートスキル』ってなんだ?俺たちといた時は持ってなかっただろ?」


 「もちろん持ってたよ。使い方を知らなかっただけだ。使ったことが無かったからね。だが、追放された俺は即座にスキルを使って、自分が最強だって分かったんだよ」


 良いぞ、もっと喋るんだ。自慢して来い。それだけアスカが距離を稼げる。



 「一体なにができるってんだ、そのスキルは?俺を殺すのに使うんだろ?だったら知りたいもんだ」


 「ふん。原住民には到底理解できない素晴らしさだが、教えてやるよ。『従属』はな、ランダムに奴隷を呼び出せるんだよ。そして『模倣』はな、奴隷の持つ技能を何か身に付ける事ができるんだよ。最初は呼び出す条件とかに苦労して、男を呼び出しちゃってさ、そいつの剣術を頂いたってわけ。後は、当然、女だよ。俺を見る時の目が最高だぜ?俺はな、こう見えて……」


 結局、奴がそう見えて何だったのかは聞けなかった。奴の周りが突然氷に覆われたからだ。


 「そこの!無事か!?今行くぞ!」


 森の奥から威勢の良い声が聞こえてきたと思ったら、俺の目の前にあの≪夜明けの集い≫リーダーの≪勇者アイン≫が飛び込んできた!


 「アインさん!?どうしてこんな所に!?」


 見ると更に後ろから≪鉄壁のガーグ≫、≪氷結のササラギ≫、≪慈愛のダディオス≫まで来ている!氷に覆われたヤバい奴の周りを取り囲んだかと思うと、氷が弾けて奴が飛び出してきた。すかさずガーグがその巨体で受け止め、抑えつけてる間にアインが縄で縛りあげる。見事な連携。流石はSSパーティーと呼ばれるだけの事はある。


 なんにせよ、助かった……


 芋虫みたいにぐるぐる巻きにされた奴をガーグが担ぎ、俺たちは街道の方にゆっくりと戻っていた。


 「アインさん、あの、結局どうしてここに居るんです?しかも、奴を捕らえに来たかのような見事な連携」


 「ん?ああ、そうさ、俺たちは正式な依頼を受けて奴を追っていたんだよ。そこに丁度お前の仲間の……誰だっけ?」


 「アスカの事ですか?」


 「ああ、そうそう、アスカちゃんね。彼女と鉢合わせしたんだよ。奴を追っている最中に。奴は相当やばいからな。良かったな、俺たちが間に合って」



 さらに話を聞いた俺はゾッとした。奴はランダムに奴隷を呼び出せるなんて言ってたが、実際は近隣の村から女の子を攫っていた。そして従属させ、紋を刻み、それはもう筆舌に尽くしがたい事をやっていたそうだ。アイン達もアスカと合流する前、街道で女奴隷たちを解放した時に初めて知ったらしいが。解放したのは、もちろん、ダディオス。曲がった事が嫌いな、温和な神官。彼の神聖魔法の威力は凄まじいと聞いていたが、噂以上だ。


 俺は前々から≪夜明けの集い≫のファンだったんだが、ますます惚れちまう。無口なガーグ、目の奥に悪戯の炎を灯した氷の美女ササラギ。優しさがあふれ出るダディオス。最高の4人だと、そう確信している。


 「ところで、君、名前なんだっけ?」


 「あ、俺はシルエンと言います、アインさん」


 「おう、そうか。で、シルエンさ、アイツはお前のパーティーに居たって、アスカがそう言ってたぞ。何かあったのか?それとも、元からこんな異常なやつだったのか?」


 俺はアインにこれまでの事を話した。無理やりギルドに押し付けられた事。元から異常なふるまいばかりだったこと。そして、追放されたのを恨んでいるようだと話したところで突然アインが爆笑しだした。


 「あーはははは!聞いたか、ガーグ?追放だってさ、追放!!あははは!」


 「……やめろ、アイン。思い出したくねぇ」


 くぐもった声でガーグが答えるとササラギまで笑い出した。


 「あの、何か追放で思い当たる事でも?」


 恐る恐る俺が聞くと、なんと、つい一か月前に≪鉄壁のガーグ≫がこのパーティーから「追放」されていたらしい。意味が分からなくてキョトンとしているとガーグに肩を叩かれた。


 「気にするな、シルエン。こいつらはたまにバカなんだ」


 「え?あ、はい」


 「ぎゃははは!ガーグゥ、あまり触らない方が良いぞ?追放の呪いが強化されちまうよ!次の事件も追放だったら笑い過ぎて死んじまうぞ!?あーはははは!」



 自分を殴ろうとガーグが振り上げた拳をかわし、アインは少し離れたところかで笑い続ける。全く話が見えないが、何故かこっちも笑いたくなる。不思議な人たちだ。そんな話をしていたらあっという間に森を抜けた。



 街道に出ると、泣きじゃくる女の子たちを慰めて荷車に乗せていくる神官たちの姿に交じってアスカがいた。彼女は俺に気付いて手を振るとゴードンが横たわっていたところを指した。また仲間の埋葬か。いつやっても嫌なもんだ。



 俺はゴードンの死体を荷車に積むのを手伝って、アスカと二人で横に座った。そのまま町なで送ってもらえるそうだ。


 「ゴードン、可哀そうだったね」


 アスカが遠くを見ながら声をかけてきた。


 「ん?ああ、そうだな。落ち着いたらフェルンの遺体もちゃんとしてやらねぇとな」


 「ねぇ、あの男はどうなるかな?」


 「さぁな。死刑だろ。人さらい、奴隷化、人殺し。重罪が三拍子そろってる」


 「……そう。あたしさ、役に立たなかったね」


 「そうか?俺こそ何もしてないよ。アインさんたちが来なかったら多分死んでた。そうなっていたらアスカが奴の捕獲依頼を出して、皆の仇を討っていただろうよ」


 「……そっか」


 「そうさ」


 そのまま俺たちは黙り込んだ。落ち着いたらアスカと二人で仲間探しだな、なんてボウっと考える。アイン達みたいになりたいなぁ、なんて。そして、俺は「追放」なんて言葉は聞きたくない。次はアスカの女のカンでも信じて、彼女が嫌がる事を避ける事にするか。ま、冒険者なんて職業はこんなもんでしょ。運が悪いと「ざまぁ」されちまう。結局最後まで意味が分からなかったが、まぁ良い。酒飲んで、寝て、起きたらまた新たな一日だ。

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ヤバそうな奴だったから追放したら、「ざまぁ」しに来られて、大変なんですけど!? 石川覚 @IshikawaSatoru

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