~another side 真鍋栞~

「ブサイク女、俺に近寄んな!」


「えっ…」


 それは突然の言葉だった。


 時を遡ること6年前、真鍋栞が小学校高学年の時である。


 彼女にその言葉を放ったのは幼馴染の男の子だった。昨日までは普通に接していたのに、突如として心ない言葉を投げかけられたのである。


 栞は狼狽つつも、幼馴染に尋ねた。


「えっと…どうしたのケンちゃん? 私…何かケンちゃんに酷い事したかな?」


「うるせぇ! 俺に近づくな! 話しかけるな! ブサイクがうつる!」


「そんな…」


 会話にすらならなかった。彼女は仲が良いと思っていた男の子からいきなり罵倒され、拒絶されたのである。

 

 栞はそれほど気が強くも無いし、それほどメンタルが強い方でもない。彼女はその言葉で深く傷つき、その出来事は心にトラウマとして刻み込まれた。


 小学校高学年と言えば、誰々がカッコイイだの、可愛いだの。○○君の足が速い、○○ちゃんが好き…など、幼いながらも異性を意識し始める年頃だ。


 それが傷ついた栞の心に悪い方向に作用した。


 彼女は他の男の子も自分の事を「ブサイク女」と思っているのではないかとの恐怖にとりつかれ、異性からの視線を極端に恐れるようになったのだ。


 それからである。彼女が自分の顔を長い髪で隠すようになったのは。


 髪で隠してさえいれば、自分の顔を他人から見られる心配はない。彼女はそう考えた。


 また、それまでも彼女はそこまで活発的な性格ではなかったが、前にも増して消極的な性格になった。


 できるだけ目立たないよう、クラスの隅で縮こまるように生きて来たのである。


 そんな彼女の癒しは漫画・アニメ・ゲームだった。


 それらはいつでも栞に夢を、希望を与えてくれる。栞がいわゆる「オタク」と呼ばれる存在になるのにそう時はかからなかった。


 しかしそんな彼女も成長するにつれ、やはり恋愛について興味が出て来る。


 なんだかんだ女子の話題の中心は恋愛談だ。それは栞の所属する女子陰キャグループでも変わらない。誰々が付き合っただの、どこまでいっただの、はたまた漫画のキャラとの恋愛妄想など、恋愛の話題が出ない日は無い。


 友人の話を聞いているうちに栞も「自分も異性と付き合ってみたい」という願望を抱くようになったのである。


 でも現在の自分では彼氏を作るなど夢のまた夢だ。


 彼女は「このままではダメだ」と思い立ち、なんとか自分のトラウマを払拭しようと行動を開始した。


 ネットで化粧の仕方を調べ、母親の化粧品を借り、オシャレな服を買ってどうにか罵倒されないような容姿になろうとした。


 ところがいざ化粧して服を着飾っても、外に出る勇気も顔を晒す勇気も出ない。


『ブサイク女! お前に彼氏なんてできる訳ねーだろ!』


 頭の中で幼馴染の罵倒の言葉が栞の心を蝕むのだ。


 そうこうしているうちに時は流れ…栞は高校2年生になった。


 栞が配属されたクラスは2年B組。このクラスはリーダー格である高木がクラスの雰囲気を明るくとり持っており、栞にとっても居心地のいいクラスだった。


 クラスというのはリーダーの性質によってまるで変わる。高木のように気の良い人間がリーダーの場合は良いが、性格の悪い人間がリーダーになるとクラスメイトの悪口が絶えないジメジメとした陰湿なクラスになる時もあるのだ。


 そのようなクラスの場合、栞のトラウマがまたえぐられる可能性がある。彼女は今年のクラスは平穏に暮らせそうな事に安堵した。


 そして4月も後半に差し掛かった頃、その高木の提案でクラスメイトたちの親睦を深めるべく遊びに行く事となった。栞は別にどちらでも良かったが、友達が参加するという事で彼女も参加を表明した。


 そこで彼女は運命的な出会いをする事になる。


 白石圭太。名前以外は何も知らない同じクラスの男の子。


 圭太はたまたま栞が座っていたベンチの隣に座った。疲れたので休憩するのだと言う。


 その後、彼はスマホゲーをプレイし始めた。彼がプレイしていたのは栞が絶賛ハマっているゲームだった。


 圭太も自分と同じ趣味を持っていると理解した栞は彼に話しかける事にした。オタク同士なら、罵倒される事も無いだろう。


 2人の会話は意外なほど弾んだ。


 これほど異性を会話したのは久々だった。この6年間に栞が異性と会話した以上の量を圭太とこの1時間の間に交わしたと言ってもいい。それほど濃密な時間だった。


 栞は圭太に対して好感を抱いた。彼と趣味が似通っているというのもあるが、1番は彼との会話が楽しかったからだ。


 そんな彼と会話していくうちに、いつしか恋愛の話題になった。


「真鍋も彼氏とか欲しいの?」


「へ? え、ええと、その。…うん。でも、私なんかと付き合ってくれる男の子なんていないよね。だから…諦めてる」


 栞は自らの心境を語った。


 彼氏は欲しい。でも自分を好きになってくれる男の子などいないだろうという諦め。


『ブサイク女!』


 幼馴染のあの言葉が栞の頭に木霊する。不細工な女の子を好きになる男の子などいないのだ。


 ところがそれに対し、圭太の返答はこうだった。


「それは分からないぞ? 最初から諦めてちゃダメだ。ほら、有名なバスケ漫画の台詞にあるじゃん。『諦めたらそこで試合終了ですよ』って」「でもさ。逆に考えれば麻生と後藤が今付き合ってるのはあいつらがそれらへの恐れを振りきって、勇気を出して行動した結果だと思うんだ」「そう。誰だって失敗するのは怖い。でも行動しない事には何も起こらない」


 確かに失敗は怖い。でもその恐怖を乗り越えた先に幸福があるのだと彼は言う。


 今まで自分は失敗した時の事ばかり考え、行動に移せずにいた。でも行動をしない事には彼氏は出来ないのだ。


 彼の言葉は不思議と栞の心に染み込んでいった。彼女の心に少しの勇気が生まれた瞬間だった。



○○〇



 その後、ちょっとしたハプニングがあったものの、再び圭太と栞はベンチに座って会話を続ける。その際に圭太が放った言葉が栞の心に思わぬ衝撃をもたらした。


「真鍋も勇気を出して行動してみなよ。もしかしたら来月の今頃には素敵な彼氏が出来てるかもしれないぜ? 真鍋可愛いんだからさ」


「ふぇ!? か、可愛い!? 私が?」


 「ブサイク女」と罵倒されて6年。「貞子」や「陰キャ女」など、ネガティブな事を言われた記憶は山ほどあれど、「可愛い」などと言われた記憶はない。


 「可愛い」。女の子ならそう言われて喜ばない人はいない。


 栞の心はもみくちゃになった。嬉しいやら恥ずかしいやら、様々な感情が彼女の中で産声を上げる。


「も、もう。白石君も人が悪いなぁ。誰に対してもそう言ってるでしょ? 本気にしちゃうから止めて。私が可愛いだなんて…」

 

 なんとか落ち着きを取り戻した彼女は圭太の言葉を「お世辞・リップサービス」の類だと捉えた。自分なんかを「可愛い」などと評価する異性などいるはずがない。


「いや、俺は真鍋は本気で可愛いと思うよ?」


 ところが圭太は栞の目を見ながら真剣な表情でそう言った。とても嘘やお世辞で言っているようには見えない。


 彼は本気で栞の事を可愛いと思っているのだ。


「ふぇ!? あ、あわわわわわ。ふぁ~~!!! くぁwせdrftgyふじこlp○×△□」


 それを理解した瞬間、彼女の脳はオーバーヒートを起こし、心臓は爆発しそうなくらい脈打った。


 まさかこんな自分の事を「可愛い」と認識してくれる人がいたなんて、この人は運命の人なんじゃなかろうか。


 栞が恋に落ちた瞬間である。



○○〇



「勇気を出して行動してみる…か」


 再び精神を落ち着けた栞は先ほど圭太が話していた言葉を思い出す。


 もし彼氏を作るのなら、自分を「可愛い」と認識してくれている圭太しかいない。いや、むしろこのチャンスをものにできないのなら、自分には一生彼氏などできない。


 そう考えた彼女は一世一代の行動に出る。


「あ、あのね…わ、私が可愛いと思うんだったら、こ、恋人になって…い、いや、こ、恋人の練習をしてくれない…かな?」


 しかし、肝心の所でヘタレてしまった。


 本当は「恋人になって」と言いたかったのだが、ヘタレて「恋人の練習をしてくれ」になってしまったのだ。


 だが意外な事に圭太はそれを承諾してくれた。


 こうして栞は圭太と「恋人の練習」と称して絡むようになり、彼女のチグハグな恋路が幕を開ける事になる。



◇◇◇


※念のため補足しておきますが、栞は決してブサイクな女の子ではありません。主人公が評価したまんまの可愛らしい女の子です


栞の幼馴染がどうして彼女を罵倒したのかは後の話で明らかにする予定です。

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