第64話 オタク、地球史を語る



「本当に、師匠は貴族のお抱えになる気はありませんの? 師匠の技量でしたらば、今すぐにでも貴族の魔法指南役になれますのに」


「うーん。ぼくは貴族とはあまり関わらない人生の方が良いですね。今も、このパーティのみんなに迎え入れられてますし」


 たまに、というか夜は酷い目に遭わされるけど。

 元Aランクパーティの冒険者の『回復』が追いつかない、ってよっぽどですよ。

 魔獣よりよほど手強い。


「じゃあ、もっと押しつけるしかありませんわねぇ。……師匠が、辺境伯邸に通いたくなるように。えいえい」


 ショーツ越しとは言え、ベッドに束縛されてる師匠格の顔に乗ってお尻を押しつけるのはどうなんです?

 もはや通常運転です、と言わんばかりに当たり前に行われている。


 しかも手足を両側からクルスさんとエイジャさんに押さえつけられて、リーシャさんはぼくのショーツを下げてるし。

 はりつけプレイはいい加減勘弁してください。


 そういう趣味は特にないんだけど、油断するとすぐにこの姿勢にされる。

 どうやら、クルスさんとエイジャさんが裏で糸を引いてリルカさんに吹き込んでいるようだ。


「えいえい。……あの、クルス様。やはり師匠は、手ひどく罵られながら乱暴にされなければ、喜んでいただけないのではないでしょうか?」


「大丈夫だよ、オタクくんは奥手だから。リルカちゃんが一生懸命押しつけてくれてるだけでも、喜んでくれてるよ」


 爽やかに、とんでもないことを吹き込むクルスさん。

 やはり原因はあなたたちか。


 しかも、罵られる方も、ぼくじゃなくて、リルカさんの趣味だよね?

 さっきから隙あらば小声で罵倒してくるの、聞き逃してないよ?


 ようやく解放されて、息が楽になった。

 リルカさんは窓の方を向いて、一仕事終えたように清々しく「ふぅ」と額の汗を拭っている。


 ふぅ、じゃないよ。

 何をやり遂げた感を出してるんですか。


「師匠にはできたら、このままわたくしの指南役をしていただきたいのですが……クルス様たちとしては、やはり無理ですか?」


「リルカちゃんがどれだけ貴族街に帰るか、にもよるけどさ。フツーに依頼出しちゃダメなん? あーしらとしても、クエストなら貴族街に堂々と行けんだよね」


 エイジャさんの言うことはもっともだ。

 前にも言ったとおり、貴族街は適用される法律が違う。


 依頼されて、などで貴族側からの保護がないと平民が立ち入るには不利なのだ。


 そのことを指摘されて、リルカさんは今気づいたように手を叩いた。


「そうですわね! 依頼として貴族街にお越しいただければ、当家の名前で庇護できますし。……どちらかというと、シルヴァお姉様からの依頼が増えるかも知れません」


 ああ、確かに。

 シルヴァさんも貴族街に閉じこもりきりで、さみしがってたもんな。


 貴族令嬢とはいえ、リルカさんみたいに身を守る手段は必要だし。

 案外、シルヴァさんからの魔法指南の依頼が入るかも知れない。


「ボクらに連絡をつけたいなら、レイノルドさんに頼めば良いよ。果物の一件みたいに、貴族街からの受注も受け付けてるみたいだからさ。冒険者ギルドなら、話はつくでしょ」


 クルスさんからも建設的な意見が出る。


 実際、貴族関係のクエストは本当に面倒なんだけど。

 貴族の庇護そのものは、平民階級としては非常に便利だ。


 同性愛みたいな異端主義を教会に弾圧されても、貴族の権力なら通ることが多い。


「そうですわね。――わたくしも調べてもらったんですけど、どうも教会の同性愛弾圧は、貴族社会が発端らしくて。跡取りの問題で不貞できない貴族が同性愛に走ることが多かったから、糾弾されたのだとか」


「そーなんだ。てことは、貴族なら逆にウチらのことも、何となく許してくれるかも、みたいな?」


 そう言えば、リルカさんはなんか実家からの手紙を受け取ってたみたいだ。

 教会の同性愛忌避に関して、調べてくれてたのかな。


 元々の文化的土壌が貴族発端なら、貴族が理解してくれる可能性はあるね。

 日本でもキリスト教が上陸するまでは『衆道』という男色趣味が、大名などのセレブ層に浸透してたわけだし。


 血統的な不貞を許されない社会ほど、同性愛は生まれるのかも知れない。


 もしかしたら、そのほとんどは古代ローマみたいな、肉体関係を持たない同性愛の『アガペ信仰』である可能性もあるけど。


「オタクくんの知識的にはさー。同性愛ってどうなん? そんなに嫌われるもんなの?」


「そうですね。宗教的には子孫が残せないため、禁じられます。――ただ、近代には色々な趣味の理解を広めようという運動があったり。そもそも、歴史的に同性愛は多いです」


 地球の歴史的には、紀元前には同性愛者の軍隊、なんてものもあった。


 男色の男性カップル同士『だけ』で編成された、古代ギリシャ最強の部隊。

 その名も『テーバイ神聖隊』が有名だ。


 三百人ほどの同性愛者の男性だけで組織された部隊。

 これは冗談ではなく、実際に地球の世界史に残っている。

 それほど、同性愛が社会的に周知されていた時代もあった。


 そのことを話すと、へぇー、とみんなうなずいた。


「あーしらじゃん」


「そうだね。ボクらもあんまり変わらないかも」


 そうですね。

 よく考えたら、このパーティとやってることあんまり変わんないな。

 ぼくを夜にいじめるかどうか、だけで。


「ぼくの『女装』とかに関しても、ぼくの国は歴史的に寛容だったんですよ。古くは建国史とか神話にもあります」


 古代日本神話では、最初に男装をした女神は天照大神とされる。

 ヤマタノオロチ討伐では、スサノオ神がクシナダヒメに扮して女装をしたとも言われているし。


 文芸方面では、数十年前に漫画化もされた、平安後期の男女逆転物語。

 『とりかへばや物語』なんて歴史的文学もある。


 とにかく、趣味や性別の多様性に関して、日本は歴史的にも由緒のある国なんだ。


「……なので、ぼく自身は本当に抵抗はないんですよね」


 自分が女装するのは、まだちょっと抵抗があるけど。


「やっぱ生まれ変わりたいわー、ニホン」


「すごい……違う世界というのは、文化が進んでいますのね!」


 進んでる、というか。

 日本がちょっと特殊な国なんだと思う。色々な意味で。


「ウチ、ニホンに生まれ変わったら絶対カノジョ作りまくる! てか、ハーレム作る!」


 もう作ってるでしょ、リーシャさん。

 日本は一夫一妻制だし、そもそも同性婚が認められてないです。



 なんだろう。

 リーシャさんが日本にやってきたら、本当にとんでもないことになる気がする。

 逃げて、日本の女性たち。


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