第62話 オタク、師匠になる
「というわけで、先生に魔法を教わりたいと思いますの!」
リルカさんはそう宣言した。
本気らしい。
朝の食堂で、おおー、と『紅月』の三人が拍手する。
三人としては、特に異存はないようだ。
「わたくしも、先生のように華麗に、魔法で戦場を支配してみたいですわ!」
「リルカさんの年齢だと、充分に魔法を使えてると思うんですが……」
一応言ってみるけど、聞かれてない。
確かに、強化や回復を飛ばせるようになると、戦場全体を管理できるようになるからね。
それがぼくの強みでもあるんだけど、結構難しいことなんで、誰にでもは勧めない。
「コツを掴めばできるようになると思いますけど、面倒ですよ? 少し時間がかかるかも」
「その分、先生と一緒にいられますから! それに、昨日のようなことも……!」
また屋外でさせられるんです?
人に見られたらどうするつもりんんだろうか。
「良いじゃん、オタクくん。教えたげなよ。……オタクくんの努力が認められてんだしさ」
「外でえっちえちになるのも良いよね! リルカちゃん大胆だしさ!」
朝の食堂でする話題じゃないと思う。
貴族のご令嬢が、外であんな姿見せてどうするんですか。
しかも昼の街中で。
「あの、朝なんで、あまりそういうのは……」
「朝から見るエロは、健康に良い!」
聞いちゃいねぇ。
リーシャさんは何一つブレなかった。
「じゃあ、外はなんだから、今日は宿でオタクくんの授業にする? オタクくんも、教えるの嫌いじゃないでしょう?」
「ぼくは嫌いじゃないですけどね、クルスさん。あんまり難しいことやできないことばかり目指すと、魔法が嫌いにならないかと心配ですよ……」
ぼくが渋っていると、リルカさんがテーブルに手を突いて、身を乗り出してきた。
「修行よろしくお願いしますわ、先生……いえ、師匠!」
師匠になったらしい。
そこまで意気込みがあるなら、別に教えるのは構わないけど。
ということで、部屋で魔法を教えることになった。
「さぁ、部屋に帰ってきたということで、みんなでオタクくんの授業を受けよう!」
「あーしらも、オタクくんがフツーとどう違うのか、興味があるしねー」
なぜか、みんなに教えることになった。
興味があるらしい。
ぼくも独学なんで、他の魔法士が何を理解できて何を理解できないのか、『一般』を余り知らないんだよな。
大丈夫だろうか。
「じゃあ、魔法の根本を教えますね。まず、魔法の真理となるべき『論理魔法陣』の構築というものが――」
「……なんですの、それ?」
ほえ? とリルカさんの目が点になった。
そこからか。
「オタクくん。いきなり真理を教えるような真似をしないように。根本より、まず基礎を教えてね?」
クルスさんに笑顔で注意された。
ダメか、これ。
「……魔法の基本は、『呪文詠唱』ですよね? 呪文に表記された『意味』を理解して詠唱することで、発動する」
「ええ、そうです。だから、知識階級である貴族は、魔法を使える者が多いのですわ」
そこは理解できるようだ。
呪文の『意味』を理解できる学力があると、魔法は覚えやすいし使いやすい。
「簡単に言うと、『意味』を理解して順番に詠唱すると、無意識に頭の中に魔法陣が組み上がるんです。それに魔力を通すと、魔法が出る」
「頭の中に? そんなことあるんですの?」
あるんだなぁ、これが。
意識というか思考回路の中に組まれる『論理』の形。
それが、『論理魔法陣』だ。
「その『意味』の組み合わせを頭の中で再現して魔力を通すと、詠唱なしで魔法が使えます」
「実感できませんわ……!」
パッと言われても、想像は難しいだろうと思う。
なので、ベッドの上にしわで描くように説明する。
「『火』を作って『相手』に飛ばす。……を、分解すると。『熱量』を生み出し、『燃焼』させて、目的の『方向』へと『速度』を使って『向かわせる』。これが初級のファイアアローの魔法なんですが」
その順番を、詠唱呪文に対応させて説明していく。
すると、呪文の詠唱が完全に順番通りになっている、という理屈を理解してもらえた。
「なので、呪文や魔導書っていうのは、魔法の論理の順番を整える、教科書なんですね」
カンニングペーパー、カンペとも言う。
だから、その順番を理屈通りに頭の中で再現できると、魔法陣が組み上がるのだ。
これを『論理魔法陣』と言う。
「はぇー……!」
「理屈がないと、魔法は発動しません。なので、その『意味』を少しずつ理解して、頭の中で整理して使うときに好きなように組み合わせる。それが『無詠唱』の仕組みです」
リルカさんはぽかんとしている。
無詠唱は高等技術だ。とは言っても、抜け道がある。
「リルカさん、たぶんもう半分できてると思いますよ?」
「えっ? ふぇっ!? わ、わたくしがですか!?」
うん。
リルカさん、呪文詠唱を省いて魔法名だけで発動してるとき、あるもの。
「魔法名だけで発動するとき、頭の中で詠唱してるでしょ? 口に出さないだけで。……それで良いんですよ」
「あ、ああ! 確かに! 口にするのが間に合わないときは、頭の中で詠唱してます!」
そう。
それを骨組みまで分解したのが、『論理魔法陣』による無詠唱だ。
「その仕組みをもっと学ぶと、魔法が型どおりでなく、応用して使えるようになるんですよ」
実際に、攻撃魔法の射出要素を回復魔法に応用したのが、遠隔回復だ。
攻撃魔法の論理式の一部を流用すると、回復も強化も『飛ばせ』る。
「……ということは! 魔法は、『組み合わせ』て使えますの!?」
「飲み込みが速いですね。そうです、その上で同時に何個も使えます」
ぶっちゃけて言うと、論理……『意味の順序立った組み合わせ』を頭で考えて、魔力を通すだけだからね。
暗算みたいに、計算式をいくつも同時に解けたり、文章を同時に思い浮かべられれば、魔法の同時発動は可能だ。
「文章をいくつも同時に考える……話す内容を複数同時に考えるのは、割と日常でもやるでしょう? 要点は、それと一緒です」
「そ、そんなことで魔法の同時発動が……!」
日常会話だって『意味』の組み合わせだ。
日常会話をするくらい、自然に魔法の理屈を扱いきれれば、同時発動は可能だ。
石ころを見て『硬い』『小さい』『蹴れる』『拾える』なんかを、言葉じゃなく同時に感じるのと同じで、そのくらい反射的に魔法の理屈が浮かんでくると、ぼくの領域に届く。
「た、大変な修行が要ります……!」
「『慣れ』ですかねー。あんまり身構えてると、自然には身につきません」
呆然とするリルカさんに、リーシャさんが手を挙げる。
「ねーねー、オタクくん。それってさー、可愛い子を見て『顔キレイ』とか『まつげ長っ』とか『腰ほっそー』とか、一瞬で同時に思うのと、なんか違う感じ?」
「いや、何も違いませんよ? まさにそんな感じです」
リーシャさんの俗っぽいたとえに、全員が理解したようだ。
そのくらい早く反射的に、『理解』すれば頭でも思いつくのだ。
「『考える』より早く、『感じる』くらいの速さで思い浮かべられれば、魔法は次々に使えます」
「ほへー。つまり、オタクくんはそれくらい、魔法についてどっぷりどぷどぷ考えてきた、ってワケだ。なんかエロいじゃん」
なんでですか。
確かに前世でも、数字や数式に美しさや性的興奮を覚える変態数学者もいたけどさ。
「つまり、エロければエロいほど、魔法は上達するんだね!」
「……なんか違うかも知れませんが。エイジャさんの言うとおり、そのくらいのめり込めれば、上達はすぐです」
あまり間違ってないのが悔しい。
「なるほど! つまりわたくしも、もっと『えろ』くならなければ……!」
それはまた違う方向なので、道を踏み外さないでください、リルカさん。
あくまで魔法に関して、ですからね?
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