第17話 オタク、甘いものを作る



 またもエイジャさんとリーシャさんに散々にイジられた翌朝、食堂に行った。

 三人で昼食を注文する。


「やぁおはよう! 今日は楽しみにしてるよ!」


 わざわざ女将さんが持ってきてくれた。

 料理人でもない冒険者がどんな料理をするのか、興味があるらしい。


「美味しそうだね、オタクくん」


「良いコッコードの卵が売ってたからね! 今日の朝食は美味しいよ!」


 女将さんが誇らしげに胸を浮かべる。


 コッコードは珍しく家畜化できる魔獣で、いわゆる鶏だ。

 魔物じゃない普通の鶏よりも多産で、味も濃い。

 品種改良されてない鶏はあまり卵を産まないのだけど、この魔獣のおかげで、この世界は卵を使った料理が多い。


 朝食のメニューはエッグトーストとボア肉のゆで豚温野菜サラダだ。

 コショウはないけど、女将さん特製のバジルドレッシングがかかっている。


「うま! やっぱ、この宿は当たりだわ!」


「宿泊期間延ばさね? ここの料理、美味しいよ!」


 エイジャさんとリーシャさんも喜んでいる。

 ぼくも食べてみたけど、実際に美味しい。卵の火の通し方が半熟でトロトロだ。


「それで、オタクくん? 昨日の料理はどうするの? ツボはまだほんの少し温かったけど」


「うまくできてたら、今日中にできると思います。食堂のお客さんがいなくなったら、厨房を借りてみましょう」


 朝ごはんをもしゃもしゃと食べ、クルスさんたちはお代わりをしていた。

 この世界に食パンはないけど、この輪切りにしたパンは柔らかい。

 ちゃんと天然酵母を使ったパンだ。味も焼き加減も美味しい。


 天然酵母に関しては、酒粕ならぬワインかすを使った酵母パンがある。

 ワインかすことブドウかすは、前世でも『グラッパ』『マール』といったお酒を造るのに使われていた。


「人も引けたし、頼んでみようか」


「あーし、部屋からツボ取ってくんね!」


 タイミングを見計らって女将さんに頼んでみると、了承してもらえた。

 また鍋も貸してもらえることになったので、エイジャさんの持ってきてくれたツボの中身を移し替える。


「まず、移し替えるときに中身を布で漉します」


「へぇ。その芋は使わないのかい?」


 芋は食べても良いです。少し甘い芋ペーストだから。

 肝心なのは、煮汁の方。


「芋のかすも、ふかしたより甘くない? 麦芽が口に触るけど」


「あ、思ったー。美味しいよね、このいも。溶けてるからスプーンで食べるしかないけど」


 ポタージュにすると美味しいかもね、と女将さんも混ざって談笑していた。

 ポテトポタージュ、温かいビシソワーズですね。美味しいと思いますよ。


「この煮汁を沸騰させて、どんどん煮詰めていきます。ただし、焦げないように」


 火の消えたかまどに焚き木を放り込んで、初級の火魔法で着火する。

 最初は強火で、沸騰させていく。

 灰汁が出るので、それは慎重にすくって捨てていく。


 ある程度煮詰まってきたので、焚き木を追加するのを控えて火を弱めにする。

 コンロで言う、中火くらいかな。


「ここから水分を飛ばし続けます。昼前までにはできると思いますよ」


 一時間くらいかな。二時間はかからないと思う。


「良いよ、オタクくん。一緒に待つよ」


「昼までにかまどを空けてくれりゃ、文句はないよ」


 みんなが了承してくれたので、コトコト煮詰めて体感で一時間。

 水分はほとんど飛んで、鍋の底に溜まるくらいになった。


 おたまで触ってみると、感触が重い。粘り気がある。

 後は冷ませばできあがりかな。


「後は放っといて、冷めたらできあがりです。……先に、味見してみますか?」


「はいはーい! 美少女の手料理! ウチが味見する!」


 リーシャさんがすごい勢いで名乗り出る。

 熱いので気をつけてください、と言うとリーシャさんも承知してるようで、スプーンでちょっとだけすくって舐めてみている。


「――甘っ!? 何これ!? 砂糖!? ……より、少し甘みがまろやか?」


 味見したリーシャさんが、驚いていた。

 その感想に、クルスさんを始め、みんなが反応する。


「甘いの!? ちょ、ちょっとリーシャ、スプーン貸して!」


「あ、あたしも味見して良いかい!? 砂糖並みに甘いって、どういうことだい!?」


 次々にスプーンで、鍋の底に残った汁を舐めていく。

 全員が味見して、驚きに包まれた。


「本当だ、甘い!? なにこれ……!」


「驚いた……! 味は少し違うけど、丸っきり砂糖じゃないかい!」


 クルスさんと女将さんが、スプーンを何度も舐めている。

 エイジャさんに至っては、目を丸めて言葉も出ない。


「これが麦芽とデンプン質で作る『麦芽糖』……つまり、『水飴』です」


「ミズアメ……」


 感嘆するクルスさんをよそに、鍋に残った水飴をかき集めて、器に移しておく。

 冷ましてる間、鍋を占領するわけにはいかないからね。


 量的には煮汁の二十分の一くらいできるんだけど、今回は結構な量が作れた。


「これを使ってまた、別のお菓子も作れるんで。そのうち作りますね」


「ちょっとあんた! これ、作り方知っちゃったんだけど!? あたしも作って良いのかい!?」


 女将さんが慌てて、真剣な表情で詰め寄ってくる。

 この世界にはない、言っちゃえば『発明』になるからね。

 異世界知識だけど、知られたらあっという間に広まるだろう。


「作っても良いですけど、作り方は秘密にしてくださいね。……知られちゃうと、芋とかの値段が上がって、奪い合いになって食べられなくなっちゃうんで」


「え!? ……あ、そう、そうだね! 誰にも漏らさないよ、安心しな!」


 女将さんは覚悟した様子でうなずいてくれた。

 でも、その後ほくほく顔になってたから、たぶん自分では色々使う気なんだろうな。

 ぼくの発明じゃないから、別に良いけど。


「……オタクくん、説明してよ。なんで、芋の煮汁がこんなに甘くなるの?」


「え? うーん。麦芽って、エールが作れますよね」


 エールは酒精を含む発酵飲料だけど。

 そもそも、アルコールっていうのは、糖分が菌に分解されて作られるものだ。

 糖分を含んでいれば発酵してお酒になるし、お酒の原料には糖分が含まれる。


 糖分を含んでいれば良いので、古代日本では人間の唾液の分解酵素を利用して糖化させた、『口噛み酒』なんてものもあったほどだ。

 巫女が口で噛んだものをいったん出して放置する奴。


「……だから、エールになる前の段階の液体って、実は少しだけ甘いんですよ。なので、それをひたすら煮詰めて、甘さを濃くしてるだけです」


「はぁー……こんな身近に、砂糖の代わりになるものがあったのか……!」


 感動したように、水飴を入れた器を見つめるクルスさん。

 麦芽の酵素でデンプンを糖化させて、できた糖分を濃く煮詰めただけだ。

 焦がさないように注意すれば、割と簡単にできる。


「料理に甘味料を少し入れると、渋みや苦みが弱まって味がまろやかになりますから。煮物とかに少しだけ入れても美味しいです」


「隠し味かい! へぇー、料理に砂糖が使えるなんてねぇ。これは、ぜひ昼にでも試してみたいねぇ!」



 女将さんはお礼に、しばらく無料で部屋を貸してくれることと、好きなときに厨房を使って良い、という許可を出してくれた。


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