第303話 オタク、自由騎士を知る



「はい、リルカさん。リルカさんのギルド証です」


「まぁ……こんな……! ありがとうございます、師匠……!」


 屋敷に帰ってリルカさんにAランクのギルド証を渡すと、リルカさんは感動していた。

 執事服の胸ポケットに、それを大事そうにしまう。


 それを見ていたサフィルさんが、うらやましそうな声を上げた。


「いーなぁー。引退してなければ、わたしも一緒にもらえたんだけどね」


「あれから結構経っちゃいましたからねぇ。今までずっと在籍してないと無理ですよ」


 サフィルさんの場合は、完全に冒険者生活を辞めて辺境伯家に雇われたからね。

 幽霊部員ならぬ、幽霊メンバーがいると、昇格審査は通らなかったと思う。


 それが通ると、名誉が欲しい人がお金を払って、名前だけ在籍できちゃうからね。


「オタクくんは、二回目の昇格だよね?」


「はい。でも、ギルド証はもらってないですね。ぼくらのときはなかったですよ、こんな豪華な身分証」


 不思議がっていると、リーシャさんが教えてくれた。

 なんでも、ギルド証に本物の金が使われるようになったのは、ぼくのせいらしい。


「それさー。ウチも気になって聞いたけど、オタクくんが預けてるお金で作ったらしーよ? ほら、お金に余裕できたじゃん? 冒険者にやる気出させるためだって」


「そうだったんですね。そりゃ、予算がないと作れないか」


 ぼくの預けてるお金は今もギルドが運用していて、利回りを上げているらしい。

 帰る間際に、配当は預かり金に上乗せして良いですか? って聞かれたもんな。


 上乗せした分にも利率がつくので、返してもらうときはかなり増額されてそうだ。


「では、わたくしの推薦状は、あまり役に立たなかったということでしょうか。なんだか、残念ですわね……」


「それでもお気持ちは嬉しかったですよ。王家御用達ということで、職員の方たちの対応も違いましたし。ありがとうございました、王太后様」


 ぼくがお礼を伝えると、王太后様は満足したのか、笑顔でうなずいた。

 ただ、セインザム候たちに何も言わないわけにはいかないよね。


「シルヴァさん。セインザム候にもお礼を言った方が良いと思うんですけど……」


「それは、私からも手紙をしたためますが。……どうせでしたら、ララミアさんをご招待しませんか? ダルネア様とも仲良くなられるかも知れませんし」


 シルヴァさんとしても、返礼はちゃんと考えているようだ。

 ララミアさんを、遊びに連れ出すのも良いかもしれないね。


「あら。セインザム侯爵家のララミア嬢かしら? わたくし、存じてますわよ? 下の息子と、学年が一緒だったもの。……別の子に決まりましたけど、許嫁候補の一人でしてよ?」


「そうなんですか。じゃあ、会ったこともあるんですね。顔見知りならちょうど良いです」


 どうやら、王都の貴族学校での知り合いだったらしい。

 そうだね。侯爵令嬢なら、幼年学校くらいは行ってるか。


 貴族の学院登校制度、というのは教育目的もあるんだけど。

 その重要な目的の一つに、地方貴族の反乱を防ぐ王都への人質差し出し、という意味がある。


 昔の日本でも、江戸幕府が大名の家族を江戸に棲まわせたりした件もあったらしいね。

 忠誠を示すために、自分から主人の近くに仕えさせる人もいたとか。


 そんなわけで、一応顔だけは知ってるらしいララミアさんも、遊びに連れてこようか、という話になった。


 隣の領なら、飛行魔法ですぐだしね。


「なんにせよ、Aランクパーティを丸ごと召し抱えられる、というのはこの領地でもステータスになります。領主の娘とは言え、新興の家ですから。これからもオタク先生たちには、助けていただくと思いますわ」


 シルヴァさんとしても、実利が大きい。

 何しろ、騎士団が作れないくらい、今は人材不足だからね。


 少しずつ雇用が始まっているけど、相変わらず従者も兵士も数が足りない。

 従者や使用人に関しては、辺境伯様から借りている人材が、総勢の半数を占める。


 その中で、ぼくらがAランク冒険者の承認を受けたら。

 ぼくらの知名度を利用して、人材を募集する手段も執れるようになる。


「冒険者は引退しなくて良かったね、シルヴァちゃん。一応、レイノルドさんもいるからギルドとは繋がりの深い家にはなるんだけど。……そのおかげで、引退や転職を考えてる冒険者を紹介してもらえるかも知れない」


「まさしくその通りでございますわ、クルス様。貴族家が冒険者を積極的に引き抜くことは、仁義的にも人材の信用的にも許されないのですが。Aランク冒険者を慕って集まってきた人材を雇うのは……通常の募集と同じです」


 冒険者崩れをかき集める、というのは貴族としては信用を損なう。

 そこら辺のゴロツキを集めているのと、変わらない印象を世間に与えてしまうからだ。


 でも、貴族家の意思とは関係なく募集に人手が集まって、それを選別して雇用できたら。

 それは、通常の募集と同じことだ。


 結果的に元冒険者が多く採用されたとしても、手順的には誰に批難される理由もない。

 だから、今の形が、人材不足を解消できる一番良い形とも言える。


「でもさぁ、良いのかな? 騎士やりながら冒険者も、だなんて。それやっちゃうと、他の貴族の騎士たちも、箔付けに冒険者を兼業しちゃわない?」


「いえ、大丈夫ですわ、サフィルさん。師匠たちは、『エルブンド伯爵家』の家臣ではなく、『お姉様の騎士』ですから。……家そのものに忠誠を誓わず、いわば『客将』扱いですの」


 そうなんだよね。

 シルヴァさんが騎士宣誓のとき、家名で騎士勲章を授与しなかったことが、ここで効いてくる。


 ぼくらはシルヴァさんに忠誠を誓って、家臣の位置にいるけど。

 実は、エルブンド伯爵家の命令系統に組み込まれていないんだ。


 ぼくらの主人であり上司は、シルヴァさんだけ。

 だから、家令のリルカさんや執事のヴォルフさんでさえ、ぼくらには『命令』できない。


 これが通常の貴族家だと、序列の関係で、ぼくらはヴォルフさんの命令なんかも聞かなきゃいけないんだけどね。

 ぼくらのケースに至っては、その通常の関係性からは外れている。


「まぁ。古いやり方を、よくご存じですわね。ずいぶん昔に、王家の者に同じやり方で仕えた剣聖もおりました。軍でも近衛でもなく、ただの家臣です」


「そうですね、ダルネアさん。私も、精霊の里に居着く前に人里で聞き及びました。古い呼び名、古代でのその特別な忠誠の在り方を……『自由騎士』と呼びます」


 自由騎士。

 ティタニア女王様は、貴族家に仕えず、ただ個人への友誼と信頼だけで結ばれた忠誠を、そう呼んだ。


「自由騎士……でございますか。お姉様方にぴったりですわね。お姉様方は、この世の誰よりも自由でございますわ。だから、わたくしも救われたんですもの」


「シルヴァちゃんが与えてくれた『自由』だよ。これは」


 クルスさんの言葉に、シルヴァさんは嬉しそうな表情を見せた。

 ぼくらがシルヴァさんを支えたように。

 シルヴァさんもぼくらを、支えてくれる。



 その信頼の在り方としての、忠誠の形に見えた。


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