第184話 オタク、街を歩く
「ほー。今度は王都か」
貴族街から帰ってきて、ギルドでレイノルド爺さんに不在予定の報告をした。
しばらくセインザム領に行ってて、今度は王都だからね。
でも、この辺境領は他の冒険者で上手く回っているみたいで、問題はないらしい。
「良いんじゃねぇか。今のとこ、寄せられる依頼はだいたい消化されてっからな。ギルドに困ってることはねぇ。……それよりどうだ、そのサーモンとチーズの組み合わせ」
「美味しいですよ。スモークサーモンの味、また美味しくなってますね」
ぼくらがごちそうになっているのは、レイノルド爺さん特製のカナッペだ。
小さな堅焼きビスケットに、スモークサーモンとチーズを一切れずつ乗せてある。
堅焼きビスケットとチーズは日持ちがするので、ギルドでも売っている冒険者御用達の保存食料だ。
それを組み合わせて、仕事中にカナッペをつまむのが、最近の爺さんの楽しみらしい。
「材料はギルドに売ってる奴ですか?」
「おう。最近、牧場の主人が新しいチーズを作ったみたいでな。販売してる保存食の種類が増えたんだ。ベーコンも日持ちがするから、ギルドにも並べてる」
なるほど、ギルドも、急ぎの冒険者用に少しだけ売り出してるもんね。
どうしても緊急のクエストなんかの場合に備えて、ギルドには保存食料の在庫も少しある。
それを普段から、少しだけ販売してるのだ。
値段は割高……というより、通常の値段なんだけど、味がいまいちだ。
そりゃ、雑貨店で食料を買うより、街の専門店で食料品や保存食料を買った方が、安く良いものを買えるに決まってる。
「まぁ、冒険者ギルドは冒険者の支援や依頼の管理をする場所であって、食い物を売る場所じゃねぇからな。……お前らの預金を投資して拡張しようか、って話もあったんだが。俺が止めておいた」
「その方が良いでしょうね。街の仕事を奪っても仕方ないし」
買い物は街でやった方が、ちゃんと経済としてお金が回るよ。
それは爺さんも、知識はなくとも何となくわかっているようだ。
「代わりに、近くの建物を買って『冒険者市場』を作ろうか、とは考えてる。……街の武具屋や雑貨屋、保存食売りなんかの、出張販売所だな。場所代はもらうが」
それは良い考えだ。
街の利益にもなるし、ギルドの利益にもなるし。
荒くれ者の冒険者が街に馴染みやすくもなる。
新人の冒険者は、街に来たばかりで孤立しがちだから、攻撃的になるんだよね。
粗暴な行いをする冒険者も減るだろうから、ちょうど良いんじゃないかな。
「ま、そんなわけでこっちは上手く回ってるよ。利益の配当を渡そうか?」
「まだ持っててください。むしろ、辺境伯邸に行く度に支払いが行われるんで、追加で預けたいくらいです」
そのまま爺さんに追加の金貨を預金して、ぼくらは街へ向かった。
*********
向かったのは、バラゴ親方の武具店だ。
「あ、いらっしゃい、クルスさん! ……なんか、最近のクルスさん、すごい色っぽい気がする……ヤバ」
「やぁ、エレナちゃん。武器のメンテナンスを頼みたいんだ、親方はいる?」
エレナさんに顎クイしながら聞かないでください、クルスさん。
看板娘のエレナさんの目が、ハートになっちゃってるじゃないですか。
その後ろでエイジャさんとリーシャさんが目を光らせている。
いけない、これ以上このパーティの犠牲者を増やすわけにはいかない。
「少し先に王都に向かうんで、武器のメンテをしたいんです。親方に頼めますか?」
「ひゃ、ひゃい……おとーさん、呼んでくるね……!」
エレナさんは顔を真っ赤にしたまま、奥の工房へと引っ込んでいった。
代わりに出てきたのは、熟練の武器職人、バラゴ親方だ。
「おう、来たか。王都に遠出するんだって? 見てやるから、武具を出せ」
「親方、よろしくー。あと、鉄球も在庫あったら売ってね?」
みんながそれぞれ武器をカウンターに置いていく。
デスサイズや手甲、クルスさんの長剣なんかを鑑定して、バラゴ親方は息を吐いた。
「……呆れたな。本当に使ってるのか? それくらいに劣化がない。そいつの強化魔法は、武器屋いらずだな。こんなに武器に負担のない使い方をされると、商売あがったりだ」
「まーまー! 鉄球とかの消耗品は買ってくから許してよ、親方! でも、そんなに無傷なら、王都じゃ武器のメンテは必要ないかもね!」
強化魔法は武器自体も強化するので、ほとんど傷や歪みはなかったようだ。
最後にメンテしたのは、ぼくが加入した直後だったからね。
前のパーティでも武器のメンテはほとんどしなかったんで、ある程度わかってはいたことだけど。
「鉄球は作り溜めてるから、全部持っていけ。鑑定費用は安いが、一応もらうぞ?」
「うん。親方に保証して貰えれば安心だからね。払わせてもらうよ」
クルスさんが合図すると、リーシャさんが鉄球を引き取って、アイテムボックスから金貨を出して支払った。
「……エレナに何か言ったか? なんか、心ここにあらず、って感じだったが」
「どうだろ? ボクは特に何もしてないけど」
自覚なしにやってたんですね、クルスさん。
エイジャさんとリーシャさんも、そっぽを向いてしらばっくれている。
「まぁ、いいか。王都に行くなら気をつけろよ。つい最近になって、変な噂を聞く」
「変な噂?」
なんだろう。
特別に強い魔獣が出た、とかかな?
「騎士団に、最近入団した変なのがいるらしい。誰にも勝ったことがないのに、誰にも負けたことがないんだと」
「なにそれ、親方? なんかの謎かけ?」
エイジャさんとリーシャさんが首を傾げている。
リルカさんは思い当たることがある様子で考え込み、つぶやいた。
「『最弱不敗』……お姉様から、少し噂を聞きました。治安維持職の、憲兵騎士の話ですわね。なんでも、相手をした荒くれ者は、その後は誰も『戦えなくなる』と言われているらしい、女性騎士です」
なんだ、その中二病な二つ名。
しかも女性騎士なのか。勝ってないのに負けない、ってことは不可侵系の防御魔法でも使うのかな?
甲殻系の魔獣とかにありがちだけど、防御力が高すぎて、攻撃力は低いのにまったく倒せない、という系統の魔獣はよくいる。
タートル系の魔獣なんかが、特にそうだ。
「でも、憲兵ならぼくたちには関係ないんじゃないですか? 辺境伯様のお付きなら、暴れると辺境伯様に迷惑がかかることもありますし」
「まぁ、そうだな。ただ、変なのに絡まれないように気をつけろよ、って話だ」
親方はそれだけ言うと、また工房に戻って行ってしまった。
なんだろうな?
確かに教会に目を付けられたらまずいけど、憲兵……この世界のおまわりさんに目を付けられるようなことはしないよ?
「リルカちゃん。とりあえず、王都の路地裏でオタクくんとやるのはやめとこーね?」
「そうですわね。王都で噂が広まっても怖いですし」
訂正。
おまわりさんを呼ばなきゃいけないような人たちばっかりだった。
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