マイクロ・ブラウニー

穢飢穢

禁楽園



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 今朝、菓子を食べていた。破片がぽろりぽろり。落ちた甘い断片は、枯れて散る紅葉のように腐る。虫が寄る。



 疲れた。


 仕事が終わり、家に着くなり、電気をつけた。夜遅くまでおじさんの相手。自慢話と車の話。どいつもこいつも、大嫌いなパパと同じ。心の底で親代わりを探してこの職に就いた。コスメは買えない、ケータイも持たなかった。周りと話が合わなくなったのもパパのせい。友達の親の元にうまれたらよかった、そう何回思ったことか。「他人のために生きているような人」「かっこよかった」とママは言うけれど。ファッションは先鋭的。西に困った女の子がいれば、行って傾聴して奢る。その後は南北線で終電までに帰り、家で男友達の愚痴を聞く。それが話に聞くパパだ。しかし、どうだろうか。少なくとも、今はそんなことない。レトロはレトロ。西武園の住人にふさわしい。高い入園料をチャージしてまで、私が相手せねばならぬ、若い女との会話のために労働する人たちと同じだ。たとえ、どんな論理的な内容と詩的な言葉で否定されても、だ。おじさんから見れば、若い女はもれなくギャル。地雷系も量産もギャル。それと同じだ。


(心で愚痴っても仕方ないや)


 疲れを癒すために風呂でも入ろうか。このピンクの服も、父にはわからないだろう。その流行りもセンスも。脱衣所で服を脱ぎながら、父の顔を思い出しては溜息をもらす。


 その時………。


 ―――目の前に、あの、ヤツが、アイツがいる。アイツだ、ゴキブリだ。


 この時代に有り余った菓子を貴族のようにたくさん食べ、そこに貧民街の孤児のようにゴキブリが群がる。


 ―――こんな物がほしいのか、この落ちた汚いモノが。


 服についた菓子の欠片をはらい落とす。こんなモノがほしいのか。


 ヤツが近づいてくる。はらい落としたカケラを食らうためなら都合がいい。こちらに向かってこないだろう。そう考えた矢先に―――


「ピンクの服はやめろ。やめた方がいい」


 ヤツが話しかけてきた。疲れているのだろうか。

 ヤツが話すなんて気味が悪い。


「き、きしょ」


 無意識に本音が。なにか申し訳ない気持ちもあるけれど、でも、なによりも不快極まりない。


「………」


 傷ついてる…?


「ご」

 言いかけて言葉を喉で止めた。父の顔が。ごめんを繰り返す昔の私を思い出してしまった。


 すると、ヤツが言う。

「人がなぜゴキブリを忌避するのか、知っていますか?」


(……何が?え?)

 夜の街は女の子目当てにたかる男の数々。ほんと、ゴキブリみたい。だけれど、話が通じるだけマシ…か。


「意思疎通できない……会話できないから?」


「それを言葉にして説明できますか?」


 私が言い終わると、間もなく言ってきた。


 いや、目の前のヤツは会話をしてきてる。その事実を、言語化を求めることで反例として突きつけられた気分だった。


「若者がY2K、韓国系、KPOP―――と流行に盛り上がる。若者の我々が時代をつくっている。流行をつくって、我々がその流行の楽園の中で楽しく暮らす。」


「は?」

 突然のことに、その当然のことに驚く。

 話している内容が難しい。簡単だとしても、虫が言葉を話している状況に理解が追いつかない。まさしく頭がパンクしてもおかしくない。


「若者は、そう思っている。しかし、若者がつくっているのではない。KPOPは事務所、Y2Kに韓国系はコスメ業界とファッション業界、それを支える広告業界などの大人たちだ。

 君たちは大人の手のひらで楽しんでるだけだ。」


 返す言葉が思いつかない。


 しかし、そんなことはお構いなしに、話しかけてきたソレは続ける。


「すべて、いや大体のことは政治性を帯びる。要は大人の事情によって、その結果である。」


「それを今から説明しよう………」




 ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌‌‌‌ ‌ ※




 恐竜の時代からマリーアントワネットの時代まで、ゴキブリは元々ピンク色だった。

 マリーアントワネットの治世時代、人々は貧困にあえいでいた。

 パンも食べられない。食べるものがない。



 しかし、王族と貴族は食料にありったけありつけた。パンはおろか、アフターヌーンティーまで。

 最初はイチゴのショートケーキと水。当時の水は貴重だった。それだけで十分特別だが、欲深いものだ。次第に貴族の中の流行りは贅沢を加速させた。

 噴水にあつまるピンクの妖精を鑑賞しながら、ラベンダー畑を横にピンクのパフェにマカロン、タルトまで。


 妖精は紫花の蜜を嗅ぎながら、貴族が差し出す手のひらに置かれた小さいスイーツをつまむ。楽園のようだった。かつてエデンで禁止された果実に、罪なる人の誘惑に甘える。耽美と雅に溢れた光景。



 田舎に領地を持つ辺境伯爵たちは、そのなかに入れない。指をくわえ、横目にみる。いつしか政治と外交の場にまでなっていた、その美しき箱庭に入れぬ辺境伯爵たち。徐々に富を持て余す貴族と、政治の蚊帳の外に置かれた辺境伯者の間にはヒビが深まっていく。このままじゃあいけない、という焦りが広まる。辺境伯爵たちの中で、「みな気持ちは同じだろう」と感じたのか。箱庭で歓談する貴族には場所で勝てぬものの、地下のパブで密談を繰り返す。


「―――いつか、あの箱庭貴族たちを、本当の箱庭に閉じ込めてやる。」


 つもる愚痴。怒りを肴に進む酒。クーデター計画を秘密裏に回す。


「田舎に追われた俺たちのことを知ってんのか。お腹にくっつきそうに背まで追い詰められた俺たちを。」



 それを近くで耳に入れる庶民たち。安酒の悪酔いなのか、腹に火の粉が立つ。家には、今にも飢え死にしそうな、愛する者たちが待っている。パブで食べたビスケットの欠片を、帰宅後家族に分け与える。悔しい。貴族たちは、このビスケットを妖精たちに棄てるというのに。


「俺たちはそのビスケットで助かる命、愛する命があるんだ」

「妖精がなんだ。人を守ってこそ、上に立つ者というものだろう。この……」


 と庶民。


 ここは、錆びれ、苔がばっこする街。その地下にパブがある。集まった労働者―――庶民たちと辺境伯爵。おなじ隅に追いやられているとは言え、立場が異なる。しかし、王族と貴族たちに対する怒りは、彼らをつなげる糸となった。

 地下にためられ、隠された怒りはその場にとどまらなくなった。

 表へ出た。二者の団結により、デモは大きくなった。

 人の多さは力になる。自信をもった庶民たちは自由に外で行進する。砂利道を揺らす。響く足音。

 街にある店という店から食べ物を手にする。


「もう恥はすてよう」


「そうだ、そうだ!」


「もう我慢もすてよう」


「そうだ、立ち上がるんだ!」


 辺境伯爵の力強い声に庶民たちは答える。一緒になって、魂の訴えを叫ぶ。


 行進している庶民たちは、道で出会ったネズミを食べる。


「ああ、よかった。これで今日一日生きれる。家族にもあげよう」


 この腹に溜まった憎しみ。しかし、収まらない空腹。ネズミでは足りぬ、飽きる。


 路地の奥へ行くと出会った。人気の少ないところで眠るゴキブリ。

 否、それは神の時代から永く生きてきた妖精だった。


「神は死んだ。コイツらたちは、コイツらは……。俺たちを見放して、貴族たち、あの悪魔とつるんだんだ」


 庶民たちは寝込みを襲い、妖精を食らう。ドブと廃棄物に汚染された路地。臭みを忘れさせるほどの美味だった。毎日のように、貴族たちに甘い菓子を与えられていたからだ。


 腹が満たされた庶民たちは辺境伯爵に案内されて、貴族たちの箱庭に辿り着いた。金の柵のすぐ先は庭だ。まるで襲われる心配をせず、そして贅沢を見せつけるかのようだ。心と武器に宿った炎を前にしても、貴族はこちらを気にしない。見向きもせず、妖精たちとラベンダー畑を駆け回る。無邪気に走り回る少年のように。


「俺たちの、俺たちの子どもは遊びもしないんだ。動けば余計に腹を空かせてしまう。なのに……」


 庶民たちの血は頭頂に上る。心が燃える。憤怒の炎が、夏の虫のようにあちらこちらから集まる。


「自由を勝ち取ろうではないか。立ち上がる時だ。自由に矢を、火を放て!」


 辺境伯爵のGOサインに、今日までの我慢のストッパーが外れた。庶民たちは攻めた村で強奪の限りを尽くすヴァイキングのように、貴族の楽園を荒らす怪物となった。逃げ惑う貴族たち。焼かれ、焦げた妖精たち。噴火の灰にのまれたポンペイの白い人々よりも無惨な茶色。飛び散る血に塗られ、踏みにじられるラベンダー畑。錆びた鉄と土の混ざった花の香りは、死ぬ寸前の妖精たちが最後に見る地獄だった。



 ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌‌‌‌ ‌※




 革命は成功した。20世紀を生きる人々は、安価にアフターヌーンティーを楽しむ。革命を礎にした民主主義と資本主義。我々はそれを守るために、静かに日々戦っている。20世紀を生きる妖精たちは、古の革命で味わった絶望の記憶を受け継ぎ、遺伝子レベルで脳に刻まれた。ピンクはいけない。茶だ。ラベンダーはいけない。植物は植物でも、茶のダンボールだ。檻に閉じ込められ、看守に投げられる残飯、そういうふうに人々のゴミをあさらなければからない。そうでなければ、またあの絶望が。避けねばならない。高望みするよりは、今のまま、キリスト教社会に見捨てられた崇拝の対象とされる方がいい。



 ―――わたしたちはきぞくの空席をつねに狙っている



 ―――そのたたかいにまけたものはベンチに、ゴキブリの席に、底辺においやられる



 ―――またいつかゴキブリと共生できる日がくるかもしれない。ゴキブリがいなければ、われわれ天界人のゴミは誰が処理するのか。



 ピンクの仕事場からの帰宅に疲れていた。長い話に、重い話。量産型のピンクに包まれた少女は、話半分、港区の現代貴族にいいねされた、アフターヌーンティーの投稿を見ていた。今のイギリスに位置するブリトン族の伝承によると、妖精は冷たい鉄が苦手とされる。

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マイクロ・ブラウニー 穢飢穢 @aiueo00

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