第6話:希望
サヤは、何も言えずに彼を見つめていた。
俺は小さく息を吐いて、サヤから視線をそらした。
「だから最初ウチを置いて1人で行こうとしてたの?」
「ああ……。だからさ、今回もたぶんそう。異世界に転生したって、俺の人生はどうやら不幸なままらしい。俺がいるから、サヤも上手くいかないんじゃないかって思ってる」
冒険者になって、異世界で人生をやり直すはずだった。なのにこれも全部、自分の“運の悪さ”のせいだとしか思えなかった。
「……悪かったな、サヤ。お前を巻き込んじまって。最初から言っておけば……お前1人だったらもっとうまくいっていたはずなんだ。だから俺とはもう——」
「そんなの関係なくない?」
サヤはキッパリと言った。
「不幸なのは、レインのせいじゃない。生まれとか、運とか、そういうのは選べないんだからさ。気にして生きてたら、人生もったいないじゃん」
「……」
「ウチもさ、ずっと“いいこと”なんてなかったよ?」
俺が顔を上げると、サヤは少し遠くを見ていた。珍しく落ち着いた声だった。
「見た目のせいで、ちっちゃい頃からずーっと変な目で見られてさ。誰にも言えなかった。高校じゃ男子に勝手に“経験人数ランキング”とか作られて、気づいたら1位になってたのうけるっしょ」
いつもの軽口とは違う、無理して笑顔作ってる感じがした。
「―—ウチ、処女なのに……」
「え? 今なんて?」
「ううん、なんでもないなんでもない!」
「?」
「でさでさ! クラスの女子には『ぶりっ子』だの『天然のフリしてる』だの陰口叩かれてハブられてさ、机に落書きもされた。“ビッチ”とか“売女”とか、ね。親には『目立つな』っていつも言われてた。でも一人になりたくなくて、無理して明るくしてさ」
俺は顔を曇らせた。
「高校の時、夜道でストーカーにつけられて。警察に言っても“被害届がないと動けません”って。結局、あたしの家に押し入ってきた。……そしてその男に殺された。 動画撮られて、全国に出回って。“呪いの女”だってさ。笑えるよね。生きてても、死んでても、呪われてるって」
「……サヤ」
俺の声に、サヤはにっと笑い返した。
「不幸って、ずっと続くわけじゃないって思ってる。絶対いつか、帳尻合うって信じてる」
ふっと視線を空にやり、サヤは続ける。
「だからこの世界では、思いっきり生きるって決めてるんだ。ここで、あたしの人生の続きを歩むの。ちゃんと、自分で選んで、自分で進む」
サヤはぱっと明るい笑みを浮かべて、指を立てた。
「禍福は糾える縄の如し」
「……?」
「幸せと不幸は交互に来るって意味! だから不幸が続いたら、そのぶん、めっちゃデカい幸せが来るってこと!」
日が沈みかけた空。オレンジの光を浴びたサヤが、まるで光をまとっているかのように見えた。
「……綺麗……」
思わず漏れた独り言。褐色の肌に夕陽を浴びたサヤは、まるで空と一体化しているようで、目を逸らすのが惜しいほどに輝いていた。
「ん? なんか言った?」
サヤが首を傾げてのぞき込んでくる。その笑顔に、思考が一瞬だけ吹き飛ぶ。
「あっいや、別に……。ありがとう、サヤ。俺も……この世界で幸せな人生を歩みたい。今まで不幸だった分……いや、それ以上の幸せを掴んでみせる」
小さく拳を握りしめるようにして、俺は自分に言い聞かせるように言った。声にはまだ少し震えが残っていたが、それは希望の重みだった。
「うん、その調子!」
サヤはグッと親指を立てて笑う。眩しい笑顔。空の色に負けないくらいの強さを持っていた。
だが——
「でもな……」
「ん?」
俺はひとつ息を吸い込んで、叫ぶように吐き出した。
「幽霊のお前に殺されたっていう、最悪の不幸は忘れねーからな!!」
「いや~ん、まだ根に持ってるの~? レインったら女々し~い!」
サヤがおどけて舌を出し、わざとらしく手をひらひらさせる。夕陽を背にしてふざけるその姿が、まるで無敵の子どもみたいで、俺の怒りに油を注ぐ。
「このヤロウ、人殺しといて何笑ってんだぁ!! お前にも俺を幸せにする責任があるんだからなっ!!」
「きゃーっ、ごめんなさーいってばー!」
広場の噴水の周りを、軽快に駆けるサヤ。その後を怒鳴りながら追いかける。
ふたりの笑い声が、広場の夕暮れに溶けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空の茜色が一段と濃くなった頃、噴水広場にカツカツと靴音が響く。
音の主は、小柄な一人の老婆だった。
白い髪をひとつに束ね、背中を少し丸めながらも、手には立派な木製の折りたたみ椅子を抱えている。
老婆はゆっくりと噴水の前まで歩いてくると、椅子を置いて、腰を下ろした。
「……?」
サヤが眉をひそめる。
も目を細めて見つめる。だが、その瞬間——
キーンコーンカーン
噴水の中央にある時計の鐘が響き渡る。
「おばあちゃーん!!」
それと同時に周囲の路地から、一斉に子供たちが走り出してきた。
五人、十人、いや、それ以上——サヤと俺のすぐ横を駆け抜け、歓声と笑い声を上げながら老婆のもとへと集まっていく。
「な、なになに!? どしたの!?」
サヤがぽかんと口を開けている間に、老婆は静かに手をかざした。
次の瞬間、光が空中に集まり——
ぱんっ と柔らかく弾けて、空中に一つの箱が現れた。
その箱はゆっくりと地面に降り立ち、ぱかりと開く。
中には色とりどりの、キャンディやクッキーがぎっしり詰まっていた。
「おお~……魔法でお菓子作った……!」
子供たちは慣れた様子でお菓子を取り出し、それぞれ好きな場所に座り込むと、頬をふくらませながらモグモグと食べ始めた。
老婆は続けて、今度は両手を軽く振った。
すると、空間に魔法陣が浮かび上がり、その中心から小さな人形たちが飛び出してくる。まるで人形劇の舞台が魔法で組み上げられていくような、美しく幻想的な光景だった。
「……ねぇ、アレってさ」
サヤが身を乗り出して言った。
「もしかして公園でやったりする紙芝居的なやつかな? 懐かしいね~!」
「紙芝居……そんなのあったか? あーでも昔母さんがよく見に行ってたとか言ってたな」
「え、昔? お母さん?」
「うん……」
「……」
「……ん?」
サヤは少しだけ睨むような目で俺を見た後、フンと鼻を鳴らし、長い髪をひらりと揺らしながら子供たちの集まりへと近づいていった。
そのまま、子供たちの少し後ろに、ぽすんと座り込む。
少し離れた場所に俺も座り、様子を見守る。
その時、サヤの目の前に座っていた小さな男の子が、すこし体をズラして隙間を作った。
「……?」
サヤが戸惑うと、男の子はちょこんと首をかしげながら言った。
「ねえちゃん、ここ座っていいよ」
その一言に、サヤはぱっと笑顔を浮かべた。
「キミ優男だねぇ~、ありがと♪」
彼女が腰を下ろそうとしたその瞬間——
男の子がじーっとサヤの胸元を見つめながら、ぽつりと言った。
「ねぇちゃんおっぱいデッカいね」
「……おっp……」
サヤの全身がフリーズした。
周囲の空気が一瞬止まり、喉を押さえて耐えきれず俺はぷっと吹き出した。
顔を引き攣らせながら、サヤは無理やり作った笑顔で言った。
「……あ、ありがと。でも……もっと他の褒め方、ないかなぁ……?」
男の子はきょとんとした顔のまま、クッキーをかじった。
サヤは顔を真っ赤にして、その場に座り込んだ。
「……もぉ……」
パン、パンッ。
軽やかな手拍子が響いたかと思うと、おばあちゃんの周囲に魔法の粒子がふわりと舞い上がった。木でできたような質感の人形たちは、手足をバタつかせながら整列し、舞台の中央に立った。舞台そのものも、魔法の光が形を取り、まるで本物の劇場のように柱と幕が現れる。
「今日は新しいお友達がいるようね。それなら今日のお話は……」
おばあちゃんが優しく目を細めると
「創世記のお話ー!」
子供たちが口を揃えて元気な声で叫ぶ。
「あの空の色が変わるとこ好き!」
「ボクは双子の神様がケンカするとこー!」
「私はそのあとに出てくる四匹の“動物”が好きー!」
次々に叫ばれる子供たちの声に、おばあちゃんはくすくすと笑いながらうなずいた。
「まぁまぁ、みんな本当に創世記が大好きなのねぇ」
サヤが俺の方を見て、小声で囁く。
「……創世記?」
俺は少し身を乗り出し、離れた場所から様子を見守りつつ、呟くように返す。
「たぶん、この世界における神話とか……伝説の始まりの話じゃないか?」
サヤは「へぇ~」と頷きながら、子供たちの列に混ざってそっと足を崩した。俺もそのまま姿勢を正し、静かに耳を傾ける。
「それじゃあ始めるわね」
おばあちゃんは人形劇の幕をゆっくりと開けながら、穏やかに語りはじめた。
「むかしむかし、世界にまだ空も大地もなかった頃——双子の神がいました」
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