天華幻譚
周日向
第0章 天華動乱
0章 青天の霹靂
1-1話 尾張国
1558年から1570年の12年間を指した。
この間というのは世界は混沌としていた。
1562年。フランスでは宗教戦争の一つであるユグノー戦争が始まり、1572年に起こるサン・バルテルミの虐殺に繋がる出来事となった。
ヨーロッパは激動の時代を迎え、宗教改革によってカトリックとプロテスタントの勢力がいくつにも分裂した。さらに各国が海外へと進出し、世界地図そのものが書き換えられようとしていた。
一方その頃、極東の島国、日ノ本でもまた、別の戦乱が渦巻いていた。
この頃の日本は「永禄」と呼ばれる時代。小国がいくつも割拠し、互いに盟を結び、裏切り、滅ぼし合う日々が続いていた。東西南北、どこを見ても戦の煙が絶えることはなかった。
西では、十三代将軍・足利義輝と三好長慶の二勢力が京の覇権をめぐって対立していた。
その他の国々でも、大国と小国が入り乱れ、世はまさしく乱世の極みにあった。
永禄三年(1560年)5月19日。
その日、
このとき、尾張を治める若き当主・織田信長は、生涯でも屈指の危機に直面していた。
もっとも、彼が危機に晒されるのはこれが初めてのことではない。
尾張は東を今川、北を斎藤という強国に挟まれた狭間の国である。
その国力は周囲と比べて小さく、兵も弱兵ばかりだった。滅亡の二文字が常に脳裏をよぎる、そんな不安定な立場にあったのだ。
それでもなお、尾張が幾度もの危機を切り抜けてこられたのは、かつて尾張の虎と呼ばれた織田信秀の優れた采配によるところが大きかった。
信秀は
しかし、いかに名将といえども、戦国の世にあって「後継者争い」という火種を避けることはできなかった。
信秀の死後、その家督を継いだのは嫡男の織田信長である。
だが、彼は常に奇行と奔放な振る舞いで人々を驚かせ、「尾張の大うつけ」と嘲られていた。
うつけとは、愚か者を意味する言葉。領民はもちろん、家臣の多くも信長に失望していた。
それに対して、弟の信行は真面目で聡明、礼節をわきまえた青年として家中の信望を集めていた。
誰もが、織田家を継ぐべきは弟・信行だと信じて疑わなかった。
だが、結果は逆だった。
兄弟の確執はやがて戦争を勃発させる自体に発展した。信行の謀反を何度も倒した。しかし、信行はそれでもめげずに信長の暗殺を企んだ。これにいち早く気がついた信長は逆に信行を暗殺。
本当に愚かだったのはうつけと呼ばれた信長ではなく信行だったのである。
そして、これらの家督争いを経て信長は、尾張を完全統一し、その目を諸外国へと向けていくこととなった
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