第二章 背を川に預け

第13話 怪しげな連絡

 激動の一日。


 そう評してもお釣りが出るくらいには、精神がすり減るような日だった。



 和奏宅から文字通り逃げ帰った俺は、制服のボタンが外れ、はだけているのすら忘れて家に到着。


 帰宅途中の道では、幸い誰ともすれ違わなかったおかげで通報されるようなことはなかったが、莉子には大変心配された。



「お兄ちゃん!? どうしたのその格好! 暴漢にでも襲われた? それとも突然露出趣味に目覚めた? 


 私はどんなお兄ちゃんでも受け入れるって決めてるけど、ご近所さんに迷惑をかけるような――――」


「全部違う! ちょっと走ったら暑くなっちゃって、家前で脱いだだけだから!」



 ひとまず、こんな感じで莉子の危険な勘違いを否定することに成功。


 ただ、仮に莉子が真実を知ってしまった時に、どういう行動を取るのか予想がつかない。


 

 俺が莉子のことを大事に思っているように、莉子もまた俺のことを家族として愛してくれている。


 そんな俺が襲われたとあれば、莉子が暴走する可能性は無きにしも非ず、といった感じだから。



「でもお兄ちゃん、何かあった時はちゃんと私に言ってね?」


「……ああ、もちろんだ」



 莉子の言葉には、節々に「絶対」という言葉が入ってきてもおかしくない程度の圧があった。


 これからは、和奏の暴走を避けつつ、それを莉子にどうやって悟られずに生活するかを考えなければ。


 はぁ……なぜこんなことに…………。



 現在、俺は風呂と飯を済ませて自室のベッドで横になっている。


 右に一転がり、左に一転がりというなんの生産性もない行動を繰り返していれば、今だけは今日の出来事も忘れることが――。



『陽向も悪いのよ?』



 できるはずもなかった。


 この言葉が脳内放送で定期的に放送される。


 もちろん和奏の声で。



 そこで俺はふと思う。


 俺はなぜ和奏を拒否したのだろう、と。


 和奏は学校内では高嶺の花だし、実際に欠点と呼べるようなところはない。


 それに、和奏は俺のことを……愛してくれているみたいだ。


 これ以上に幸せなことはないはずなのに。



 いや違う。


 今の和奏は明らかに正常な思考を持っていない。


 理性をもってして行動しておらず、それゆえに暴走状態へと突入してしまっている。


 そんな状態の人と付き合うのは、例え相手が完璧超人の超絶美人であったとしても嫌だ。


 だから、もし和奏が元通りになった上で、俺に告白をしてきたら、それを受けてしまうだろう。


 あくまでも「もし」の出来事ではあるが……。



 俺のスマホが鳴ったのはそんな時だった。

 

 今この状況で俺に電話をかけてくる可能性が一番高いのは和奏。


 用件はおそらく今日のこと。


 なんて思いながら、恐る恐るスマホの画面を見てみると――――。



『非通知設定』



 なんだか肩透かしを食らった気分になって、重力に任せるがままに両手をベッドに落とした。


 こういう時に迷惑電話をかけてこないでほしい。


 たまには空気を読んでくれ、なんても思う。


 それと、これは完全に俺の私見ではあるが、非通知設定は文字通り「非通知」なので、海外番号による迷惑電話よりも悪質だと思っている。


 それはさておき――。


 

 右手に持っていたスマホが再度鳴り出す。


 今度こそ知り合いだろうと思って見れば――――。



「また非通知かよ!」



 しかもこの非通知は異様に粘り強く、鳴り終わるまでに多大なる時間を要した。


 だが、非通知設定は諦めない。


 切れたと思えば、直後にもう一度かけなおしてくる。


 それが五回ほど続いたとき、俺の我慢は限界に達した。


 

 耳障りな音を発しているスマホの緑ボタンを押して耳に当てる。


 そして、最大限の嫌味っぽさを声に含ませて応答した。


 

「はい、もしもし!」


『出られるまでにかなり時間がかかったようですが、お取込み中でしたか? 仙谷様』



 しかし、電話越しに聞こえてきた声はなんだか聞き覚えのある喋り方。


 なにより、俺のことをそう呼んでくるのは一人しかいない。


 つまり、迷惑電話の犯人は――――。



「瀬川さん⁉」

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