第9話 虎穴に入る
今日は朝から和奏の姿が無かった。
いつもならば家の前で出待ちをしていたはず。
和奏と顔を合わせて一言目に何を言えばいいのかと迷っていたので、少し助けられたような気分になった。
寂しかったと言えば、少し寂しかったのだが。
学校に着いても和奏はおらず、そのまま始業のチャイムを迎えてしまった。
これまでの学校生活の中で和奏が遅刻欠席をしたことはなかったので、少し教室がざわめく。
ちなみに、その後担任の教師が和奏の病欠を俺たちに知らせてきたときに、もう一度教室が喧噪に包まれた。
そして、和奏抜きの一日が終わりを告げようとしていた頃――――。
「仙谷、ちょっとこっちに来てくれ」
「……俺なんか出していない物ありましたっけ?」
基本的に宿題含めた提出物は期限以内に出している気がするんだが。
しかし、どうやら用件は違ったらしい。
「今日三室戸が休んだだろう?」
「あぁ……はい」
「今日配られたプリントをあいつの家に届けて欲しいんだ」
「この学校ってそんな制度ありましたっけ? 確か休んだ人のは机の中に――」
「あいつはこの学年ナンバーワンの優等生だからな。それだけで察してくれると嬉しい」
たとえ優等生でも――いや、優等生だからこそ、病欠を理由に課題提出が遅れるようなことがあってはならない。
そんなところだろう。
教師のエゴが過ぎる気もするが、ここは大人しく従っておくことにする。
それに、朝こそ少し気まずい感じだったが、今となっては逆に話したい気分だ。
向こうの容態にもよるが……。
「わかりました。俺が持っていきます」
「ありがたい。家の場所はわかっているよな?」
「もちろん」
和奏の家を知らないわけがない。
だって和奏の家は――――。
「何回見てもデケェ……」
三室戸宅は豪邸なのである。
閑静な住宅街の中にどっしりと鎮座しているこの家は、いつも通行人を威圧している。
……なんていうのは冗談であるが、それぐらい大きく、存在感があるのだ。
どうやって手入れしているのかは知らないが、改修後の姫路城よりも白い壁が塀越しに見える。
「まずはピンポンだよな」
緊張感と先生から託されたプリントを携えて門へと近づいていき、一息吐いてからインターホンを鳴らす。
「はい。ご用件をお伺いいたします」
「お……僕は三室戸 和奏さんのクラスメートの仙谷 陽向と申します――」
「なるほど、陽向様でございますか。お嬢様からお話を伺っております。今門を開けますので、正面玄関から中にお入りください」
そしてピッと切れるインターホン。
名乗っただけで、まだ用件を言ってないんだけどな。
そんなことを考えているうちに厳かな門が静かに開く。
重々しい音がするもんだとばかり思っていたが、ここは住宅街で近所迷惑になってしまうのかなと思いなおす。
中に入り、左右に広がる綺麗な庭園を観察しながら玄関のドアに手をかける。
「仙谷 陽向様、お待ちしておりました。スリッパはこちらにございます」
「あ、ありがとうございます」
玄関ではおそらく――というか、絶対にそうなんだが――メイドさんが俺を出迎えてくれた。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
無表情のメイドさんは俺の足元に純白のスリッパを寄せてきてくれる。
そして、俺はふわりと優しく足を包み込んでくれるようなスリッパを言われるがままに履いた。
これ絶対に高いやつだろうな。
「それではご案内いたしますので、私についてきてください」
「はい」
壁にはいかにもな絵画が飾られているし、絨毯や照明のすべてが高級品(俺予想)で、歩くだけでも恐縮してしまう。
にしても、これはどこへ向かっているのだろうか。
「あの、えっと……メイドさん?」
「私のことは瀬川とお呼びください」
「じゃあ瀬川さん、俺たちは今どこに?」
「あら? 仙谷様は和奏様に学校の課題をお届けになられたのでは?」
前を歩いていたメイドさん、改めて瀬川さんはさも当然のことかのように尋ね返してくる。
その勢いのまま流されそうになるが、俺はそこで感じた違和感を逃さなかった。
「いやその通りなんですけど、瀬川さんに言いましたっけ?」
「いいえ。ですが、本日和奏様が病欠なされたタイミングでの訪問。それ以外に何かあるでしょうか?」
「見舞いに来ただけという可能性もあると思います」
「…………そろそろ着きますよ」
しばし無言の後、瀬川さんが話を逸らすようにそう告げてくる。
後ろからだと顔は見えないが、耳は少し赤くなっている気が……。
さては、たまたま当たっただけなのか?
瀬川さんがある部屋の前で不意に足を止めたのはちょうどその時だった。
「ここは和奏の部屋ですか?」
「ご名答です、仙谷様。それでは、そんな素晴らしい頭脳の持ち主である仙谷様に、特別なご褒美を差し上げます」
「え?」
俺が素っ頓狂な声を出したのもつかの間だった。
音も鳴らずに開いたドアと、背中をトンッと押される感覚。
急な出来事に対応できず、俺は前のめりに倒れ込む。
そして、後ろを見た時には時すでに遅し、ドアは綺麗に閉じられていた。
「いってて……あのメイドさん強引すぎだろ」
カーテンが閉じられていて暗い部屋の中。
目が暗闇になれていないせいで、何も見えないが、奥からはガサゴソという何かが蠢く音が聞こえる。
そして――――。
「陽向、いるの……?」
聞き覚えのあるその声は微かに震えているようだった。
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