第18話 第一王女ウィンテス
ケント達が見上げる先で、光の中から滲み出るように女の姿が現れる。
純白のローブをはためかせ、灰色の長い髪を翼のように広げて、ゆっくりと降下した女は静かに地面へと、硝子の靴に包まれた足を着けた。
「ようこそ我がトギラ王国へ。運命の導きにより、我が願いに応えた偉大なる勇者達よ」
凛としたの声が、澄んだ鈴の音のように響く。
「私はこの国の第一王女、【白明の杖 ウィンテス・トギラ】と申します」
宝玉の埋め込まれた杖を右手に持って、光を纏うように佇むウィンテス。
ケントはその王女の姿に〈パチもん〉や〈バッタもん〉のような偽物とは違う、真作の名画が持つカリスマ的なオーラを感じ取った。
それが頭を殴られるよりも強烈にケントの脳髄に訴え掛ける。
非現実的な〈この今〉が、白昼夢でもドッキリの寸劇でもない、確たるリアルなのだと、ケントは本能で理解した。
「俺の名はケント」
ケントは一歩前に出て、ウィンテスの橙色の瞳を睨み付けるように名乗りを上げる。
「市立亜路浜高校の二年、学生だ」
全く日本人とは違う容姿のウィンテスの言葉も、全身鎧で顔の見えない騎士達の言葉も、何故かはわからないがケントは理解できた。
様子を見るにユキもアスカもハルも、ついでに転がって寝ているララも同じだろうとケントは考える。
(実に都合の良い〈ほんやくコ〇ニャク状態〉だ。知らない間に体の中を弄られてるんじゃないかと思っちまうぐらいに、胡散臭くはあるが)
今は「どうして?」よりも「何ができるか?」を確認する場面だとケントは思い、自分の上唇を軽く舐めた。
「さて、だ。あんたはさっき、俺達を〈勇者〉と言ったな?」
「はい」
ウィンテスが頷く。
「〈勇者〉とはあれか? 少人数で〈魔王〉とレッテルを張った邪魔者を暗殺する、切り捨て前提の特攻兵の事か?」
強い言葉は強い反応を引き起こす。
例えば「あなたが嫌いです」よりも「お前を殺す」という言葉の方が、受け止めた相手の反応は大きいだろう。
現に数人、乱暴なケントの物言いに反応した騎士達がいた。
だがウィンテスは、その美貌に浮かべる友好的な笑みを、欠片も崩しはしなかった。
「はい。勇者ケント、概ねはあなたの言う通りです」
ユキやアスカ、ハル達は口を閉ざし、ケントとウィンテスの様子を静かに見守る。
「私があなた達を召喚した理由は、我がトギラ王国の南にあるケルバス王国の王、狂王【ヴガリス二世】を討ちたかったからです」
ウィンテスの声には、害意を持つ者達の声に滲む〈
そしてケントの目に、堕落した者達が持つ〈黒い気配〉も、全く映らなかった。
だからケントは、この一回だけは真っ直ぐに答える事にした。
「申し訳ないが、断らせて貰う。俺には国と戦う力なんて無い」
ケントの強い視線を、ウィンテスの橙色の瞳が受け止める。
対等な相手に向ける、強い意志の光を宿して。
「それについては、場所を改めてからお話をさせていただきたいと思います。少し、長いものとなりますから」
ケントはユキとハル、そしてアスカを見る。
全員が頷いたのを確認して、ケントは再びウィンテスの橙色の瞳を睨み付けた。
「わかった。王女様の誘いに応じてやる。断っておくが、話合いについてだけだからな」
「ありがとうございます勇者ケント。あ、それと」
ウィンテスが近付いてきて、日本の男子高校生の平均よりも背の高いケントの顔を覗き込んできた。
「私の事はウィンテスと、名前で呼んで下さい」
優しい花の香りがケントの鼻腔をくすぐってくる。
「はっ、それで不敬罪にでもする積もりか?」
ウィンテスが微笑む。
擬音を付けるならば、〈ニヤリ〉という文字がぴったりしそうだなとケントは思った。
「勿論王女特権で罪には問いません。でもね、私だけですよ」
「……」
コンッと頭を叩かれて、ケントが後ろを振り返った。
ユキが明後日の方を向き、まるでフルートのような音色の口笛を吹いている。
「おい」
「
ツンとしたユキの物言いにウィンテスが「ぷっ」と吹き出して、慌てて左手で口元を隠すのが見えた。
「こほん。では勇者様、こちらへ」
咳払いした騎士の一人がケント達へ案内を申し出た、その次の瞬間だった。
―― リ――ンッゴ――ンッ、リ――ンッゴ――ンッ。
重い音色の、不吉な鐘の音が鳴り響く。
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