第6話 救急車と無傷のマサキ

「ごほっ」



 俺はひどくせき込んだ。その衝撃で目が覚めた。


 そう、目が覚めた。俺は意識を失っていたらしい。


 意識を失う前の記憶が曖昧だ。というか何も覚えていない。


 俺は、なんだか色んな器具を付けられて、どうやら小さな部屋みたいなところに居て。



「え、意識が! すみません、この方の意識が戻りました!」



 声がしたので目を向けるとそこに居たのはメイドさんだった。



「あれ、あんたは」



 そこで記憶が蘇ってきた。


 そうだ、俺は魔獣の戦いに巻き込まれて、それから魔獣に襲われて、重症を負って...。



「生きてる?」



 そうだ。明らかに死ぬのだと思ったけど、なぜか俺は今生きている。



「葛籠さん、聞こえますか?」



 救急隊員と思わしき人が俺の視界に入る。


 足元を見れば開け放たれたバックドア。そうか、俺は救急車に乗せられていたらしい。


 そこから救急隊員が色々聞いてきて俺はそれに答える。



「傷が...」



 そして、そのうちの一人が俺の前が開けられた作業着から見える体を見て目を見開いていた。


 俺も見る。吐き気がするほど真っ赤だったが、どうやら無傷だった。


 無傷? なんで? 確か俺は腹に大きな傷を負っていた気がしたが。



「そんな馬鹿な」


「葛籠さん、少し体を動かしますね。痛かったら言ってください」



 他の隊員も服の裾を上げたり、ズボンを下ろしたりして俺の体を確認し始めた。


 なんというか、救急隊員の方々はともかく、そばにメイドさんが居るから少し恥ずかしいな。



「本当に傷がひとつもない」


「どういうことだ?」



 救急隊員は驚くやら首をかしげるやら。どうにも現状を受け入れられないようだった。


 だが、同時に俺も驚いていた。


 これだけ血まみれで無傷? そんなことあるのか。ちなみに体を動かされて痛みとかもまったくない。


 あった傷がなくなっている。確かにそうとしか思えない状況だった。



「と、とにかく。一度病院に搬送します。そこで改めて検査しますので」


「あ、はい」



 何がなんだか分からない。全部傷が治ったとでもいうのか。それはそれで逆に怖い。ぜひとも検査してもらいたい。


 救急車が発車する。けたたましいサイレンが響き渡る。


 と、そこでまたメイドさんが目に入った。



「あんた、助けてくれたんだな。ありがとう」


「い、いえ。私は何も...」



 メイドさんは言いよどんでいたが確かにこのメイドさんに助けてもらったのだと思う。


 とにかく、なにはともあれ、どうやら命が助かったらしいので良かった。
















「とりあえず、一旦退院です。また検査があるのでよろしくお願いします」


「はい、でも異常なしなんですよね」


「どういうことなのか分からないですが、そういうことです」




 そんなことを最後に医者に言われて俺は市民病院を後にした。


 病院に着くと血を拭きとられ、採血だのレントゲンだのMRIだの色んな検査をされた。しかし、どこにも異常は見つからなかった。


 一般成人男性の平均的な健康体がそこにあった。


 医者は首をひねりっぱなしだったが、何も異常が見つからないのなら仕方がない。


 半日くらい検査されまくって、もう日が傾いていた。



「帰るか」



 そういえば車がおしゃかになったんだった。


 後日警察の事情聴取も受けないとならないし気分は憂鬱だった。


 まぁ、命があるから憂鬱になれるわけだが。


 というか、どうやって帰ろうか。


 ここから家までは普通に距離があるし、タクシーを呼ぶしかないか。


 そんな風に思いながら出入口の自動ドアを出ると。



「お疲れ様です。本当に異常がなかったんですね」


「ええ、まぁ」



 出迎えてくれたのはメイドさんだった。


 メイドさんは付き添いとして、俺の診察に付き合ってくれたのだった。


 それでこうして外で待っていたのか。



「良ければ、家までお送りします」


「え? いや、悪いよ」


「いえ、送ります」



 それからメイドさんは少し言いよどんで、



「申し訳ありません。私の不手際であなたが重傷を負ってしまって」



 深々と頭を下げた。


 俺はびっくりしてぶんぶん手を振る。



「い、いやいや。あんたのせいじゃないよ」


「ですが、魔獣狩りは市民の方の安全を確保する義務があります。私は魔獣狩り失格です」


「そんな大事にしなくても、大体無傷だったんだし」


「不思議なことにそういうことですが、でもそれでも、私の不手際だったことに違いはありません」


「違うんだよ。あの時変な男が俺の背中を押してきて、それで襲われたんだ」



 そう口にして。一気に記憶が蘇った。


 そうだった。俺は、あの訳の分からん男に背中を押されたんだった。


 なんだったんだあの男は。というか、どう考えても殺意のある犯行じゃないか。あいつは犯罪者だどう考えても。



「押された? それはどういう」


「だから、変な男が変なこと言ってから背中を押して、それでガソスタの屋根の下から出されたんだ」


「........。その話を詳しくお聞きしても? とにかく、車に乗って下さい。話を聞きがてら家まで送ります」



 メイドさんはどうしても俺を送迎したいようだった。



「分かったよ」



 根負けで俺は承諾した。


 メイドさんに話してどうなるものかも分からないが、とにかく誰かにこのことは話した方が良さそうだった。

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