第4話 謎の男と唐突な終わり

 声がした。


 俺の真横からだった。


 見れば、そこに立っていたのは男性だった。


 俺と同じように魔獣とメイドさんの戦いから退避してきたのか。


 男性は医者なのだろうか。白衣を身にまとっていた。


 眼鏡をかけた、あまり強い印象を抱かない温和な顔立ちだった。



「あなたは魔獣狩りの戦いを見るのは初めてですか?」



 と、唐突に男性は俺に話しかけてきた。


 急に話しかけられても困る。なんだって俺に話しかけたのか。全然良く分からない。世間話をする状況でもないと思うが。目の前では絶賛命の危機の素が展開中だ。


 しかし、話しかけられたら返さないわけにもいかない。悲しい社会人のサガというものだ。



「は、はい。自分は初めてですね」



 アルカイックスマイルを全面に押し出しながら俺は答える。



「そうですか。では驚いたでしょう」


「は、はい。まぁ」



 何が楽しいのか男性は笑顔だ。


 なんなのか。魔獣狩りマニアかなにかなんだろうか。



「とても人間とは思えない。狩技というのは恐ろしいものです。あれは魔獣狩りが狩る魔獣から生まれた技術だというのだから業が深い」


「そ、そういうものですか」


「ええ、魔獣がかわいそうだ」


「魔獣がかわいそうなんですか」



 相当意外な発想だったので俺は思わず口にしてしまった。


 魔獣側に立って発現する人間なんて初めて見た。魔獣と言うのは恐ろしい怪物で、時として人の命を奪う。さっき、俺がそうなりかけたように。


 それに生物ですらない。魔獣は命のない怪物だと言われている。物と生物の中間。そういう存在なのだとか。



「かわいそうに決まっていますよ。魔獣ほど美しいものはない」



 そして、男性は感情豊かにそう言った。


 相当な感情移入ぶりだった。



「あの、特殊な生態。個体ごとの個性。この世ならざる能力。魅力しかない」


「そ、そういうものですか」



 この男性は魔獣がどうやら大好きらしかった。


 正直ちょっと引いてきた。結構異常者なんじゃなかろうか。


 俺はなんとか会話を終わらせるタイミングを図り始めた。うん、早く会話を終わらせた方が良い。



「それがなんですあの魔獣狩りとかいう連中は。そんな美しい魔獣を処理してしまうんですよ。いや、まったく度し難い」


「は、はぁ」


「それもあんな野蛮な方法で。斧だの剣だので斬りつけるんですよあいつらは。前時代的にもほどがある。処理するにしてももっと魔獣が楽な方法であるべきだ。私はあの連中が嫌いです」


「ほ、ほぉ。そうですか」



 そうですか。その言葉を最後に俺は男性から視線を外した。もう、会話は終わりですよというサイン。言葉を交わす気はもうないですよという意思表示。


 俺は男性にそれを示す。



「みんな分かるべきなんですよ。こんなことは間違ってるって。あなたもそう思うでしょう?」



 しかし、男性は会話を止めはしなかった。


 困った。実に困った。かなり面倒な人間に関わってしまった気がする。



「は、はぁ」


「あんな活動は即刻止めるべきだ。魔獣は保護して、安全な場所で管理すべきなんです。それが必要だということがなぜ分からないのか。そう思いませんか?」


「へ、へぇ」



 俺は生返事を返しまくって興味がないことをアピールするがこの男性にはどうやら伝わりそうになかった。


 と、唐突に男性は何も言わなくなった。


 会話が終わったのかと期待したが、見れば男性の表情は険しかった。



「もしかして、あなたは分かってない人ですか?」


「は?」


「残念だ。どうやらそうなんですね。それはいけない」


「ど、どういう」



 男性の様子がどうやらおかしかった。


 というか、なにかヤバイ雰囲気だった。


 もしかして、俺は本当に危ない人に関わってしまったのか。そんな予感が脳裏をかけめぐる。



「もっと、魔獣と分かり合った方が良いですね。そうすべきだ」



 そして、男性はぽん、と俺の背中を押した。


 俺の体はつんのめってガソリンスタンドからはじき出される。


 俺は、地面に倒れる。


 そこに、



「危ない!!!!!!」



 遠くでメイドさんが叫んでいた。


 目の前には迫ってくる鳥の魔獣の姿があった。


 どう見ても魔獣は俺に向かって飛んでいた。



「え、え? 俺、このままじゃ死...」



 目の前に人生の終わりが迫っていた。


 俺の体は死の予感に支配されていた。


 どう考えても、もう終わりだった。



「良い旅を」



 後ろから上機嫌な声がした。


 なんでだ。なんで、俺がこの状況で上機嫌なんだ。頭がおかしいのか。


 しかし、まともに怒りを抱いている余裕さえなかった。


 目の前には大きな大きな鋭い爪が迫っていた。



「あ」



 俺のその言葉と同時に大きな衝撃が体を襲った。


 そして、俺の意識はそこで途切れた。

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