第1話 コンビニとメイドさん

 爽やかな青空が広がっていた。


 吹き抜ける風は清々しく、体にほっとするような心地よさをもたらしていた。


 季節は秋。ここ数年でも珍しいくらいの秋らしい秋と言った感じの天候で、過ごしやすいことこの上ない。


 俺はそんな健やかな秋空の下、休日出勤から帰宅していた。


 工事現場で機械がトラブルを起こしたのである。けが人の出る事故ではなかったが、機械のオペレーターである俺が呼び出され、こうしてたまの土曜休日が半日消滅したのだった。


 そう、俺は社畜と言って差し支えない人物だった。



「なんで、現場が止まってる日に機械動かしちゃったんだよ...」



 俺はぼやきながら車を走らせていた。


 ド田舎の小都市、滝見台市は土曜日だというのに車通りは大して多くない。休日なのだから遊ぶ人々で街が賑わうとかいうことはない。


 人々は皆都市部に遊びに行くからだ。


 高い建物なんか全然ない。走り回れば少しの街と後は田んぼ。それから工業地帯。観光地らしい観光地は競馬場くらい。


 山と海に挟まれた平野にある都市と言って良いのか迷う小都市。そういった文字通りに何もない街である。


 俺はそんな街で建設作業員として暮らす一般会社員だ。



『...として、魔獣の出現現場では魔獣駆除業者が戦闘に当たり........魔獣は無事に駆除されましたが付近には被害が広がり.....』



 カーナビからはニュースが聞こえる。


 どうやら近くの街で魔獣が出たらしい。


 最近結構頻繁に出現している。


 魔獣、昔から出現して人々を脅かす化け物。じかに見たことは数えるほどしかないが出会いたい存在じゃない。


 こうして遠くの出来事としてニュースで聞くくらいが一番だ。



「コンビニにでも寄るか」



 俺は独り言を言いながら目についた国道沿いのコンビニに車を入れる。


 昼飯となにか美味しいスイーツでも買おう。


 そうでもしないとやってられない。俺の貴重な休日の半分がえぐり取られたのだ。ご褒美がないと耐えられない。


 俺は車を停めて外に出る。



「でさぁ、白石の方の工場だったらしいよ。テレビで映った工場知ってたもん」


「白石の方だったのか。この前は沢城の方だったなぁ」



 おっさん二人とすれ違いざまに会話が聞こえた。さっきのニュースの話か。おっさんたちにとっても魔獣というのは世間話に重要なトピックなのだろう。


 そんなに珍しい話でもないが、話題にするにはもってこい。それくらいのものだ魔獣というのは。


 そんなおっさんたちを横目に俺は店内に入る。


 適当におにぎりをふたつ取り、フライドチキンを棚から取りつつスイーツコーナーへ。


 今日は何にしよう。そう思いながら棚を眺める。


 目に留まったのはクリームどら焼きだった。


 ラスト一個。ありがたくいただく。


 と、



「あ」



 横から声がした。


 見ればそこには人が一人。ただ、服装が尋常ではなかった。


 そこに立っていたのはクラシカルなメイド服を着た美女だったからだ。


 金色の髪を後ろで結わえ、その上にメイドさんがつけるフリルのついたカチューシャみたいなやつを乗せている。


 切れ長の目は青色でどうやら外国人のようだ。


 かなり整った顔立ちであり、俺は少し圧倒されるほどだった。



「どうぞどうぞ」



 そしてメイドさんは言った。



「え?」



 なんのことか分からず、俺は返す。



「いえ、最後の一個ですが、仕方ありません。あなたが先だったのですから。仕方ありませんよ」



 メイドさんの目は俺ではなくただ一点を見ていた。凝視していた。俺が手に取ろうとしたクリームどら焼きを。



「あ、欲しい感じですか?」


「え? いえいえ、そんなことは。あなたが先ですから」


「いえ、別にそこまで欲しかったわけでは。欲しいならどうぞ」



 そう言って、俺はどら焼きを譲った。



「良いんですか!?」



 メイドさんは目を輝かせていた。


 ここまで喜ばれるとは思わなかった。


 なんとなく譲るように誘導された気がしたが別に良かった。



「申し訳ありません、ひょっとしたら譲ってもらえないかと期待していました。言動にそれがあふれていた気がします」



 やはり、そうらしかった。



「い、良いですよ別に」


「感謝します」



 そう言って、上機嫌でメイドさんはレジにどら焼きを持って行った。


 なんだったんだ。



「コスプレの人かな」



 こんな田舎にメイドさんが居る理由なんかそれくらいしか思いつかなかった。



「まぁ、良いか」



 謎の遭遇だったが、たまにはそういうこともあるだろう。深く考える意味はないような気がしたので記憶のかなたにメイドさんは消えていく。


 俺はシュークリームを手に取りレジに向かった。

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