高橋くん、生きていてくれてありがとう

九文里

第1話 葬式ごっこ

 私が中学生の頃は、夏休み中に学校に来なければならない登校日があった。

 いまでも実施されてる学校はあるのだろうか。今では先生の給料は銀行振り込みであるが、昔は、手渡しで給料を貰いに学校に来ていたから、ついでに生徒も登校させて、生徒の様子を窺っていたらしい。


 そして、これは、その真夏の登校日での出来事である。


 朝から当たりが真っ白に見えるほどに、太陽光線が強い中、私は学校に入った。

 廊下には、既に人影は見えなくなっていた。たまに、廊下の端に誰かが横切るぐらいだった。

 教室のドアの前に立って取っ手に手をかけると、中から変な音が聞こえてきた。

 滅多に聞かないが、聞き覚えのあるリズミカルな音だった。

 鈍い引戸を横に滑らすと、何者かがお経を唱えていた。

 おまけに教室の中が白っぽい。鼻につく匂い。お線香の匂い。むせるような空気の中で席に座っている生徒たちが顔をあげた。

 お線香が焚かれているのは、教室の真ん中ほどにある誰も座っていない机の上からだ。


 あの席は、高橋くんの席だった。高橋くんは死んだのか?


 みんな席に着いているのに先生はまだ来ていなかった。担任の先生はお休みだと、教頭先生が云いに来ていたらしい。後で教頭先生が代わりに来るらしかった。


 お経は、教壇の上に置かれたテープレコーダーの音だった。


「高橋の葬式をしてるんだ」

 一番前の教壇の横の席に座る、八千やちが言った。


「高橋くん死んだの?」


 聞くと八千が答えた。


「いや、あいつ、いつも遅刻するからな、あいつが来た時に自分の葬式をやっていたらどんな顔するだろうと思って」


 高橋くんは、常におどおどしていた。教室で飼育していた金魚が死んだ時、八千が高橋くんに捨てに行かせたが、高橋くんは本当に捨てていいのか自信が無くなって、水だけ捨てて金魚を持って帰ってきた来たことがあった。そのとき、八千は高橋くんを怒鳴っていた。

 それに、高橋くんは、なにか臭い。

 だから高橋くんは男子だけでなく女子からも遠ざけられていた。

 特に、八千は高橋くんを嫌っていた。高橋くんが側によるだけで怒鳴っていた。高橋くんはその度におどおどしていたから、八千はそれも面白がっていた。他の人たちも高橋くんがおどおどしている様を面白がって見ていた。実を言うと、私もその一人だった。

 だから、高橋くんが教室に入って来たときに、自分の葬式がされていると知ったらどんな顔をするだろうと、みんな面白がっていた。

 八千とその仲間数人で、夏休みの登校日に高橋くんの葬式をしようと計画していたのだ。先生がしばらく来ないと分かって計画を実行したのだった。


 しかし、この葬式ごっこがとても恐ろしいことになるとは、みんな想像もしていなかった。


 私が席に着いてしばらくすると、教室の前のドアがガラガラと開いた。

 

 みんなの視線がドアに集まった。しかし、ドアから入って来たのは、高橋くんでも先生でもなかった。それは、背広姿の男の人で、中折れ帽を被っていた。帽子に隠れてその顔は見えなかった。 



 

 

 


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