不思議生物辞典

氷山アキ

第1話 しんぺえざめ

 しんぺえざめ。

 その姿はジンベエザメに似ているが、ジンベエザメよりのんびりしている大型のサメ。

 住んでいるのは成層圏辺り。だけど地上から見上げても、宇宙から見下ろしても、その姿を確認するのは難しい。


 しんぺえざめは、たまに空へ潜って餌をとる。

 餌は誰か(人とは限らない)の心配事。


 例えばシマウマの群れ。

「ライオンの群れが来る気がする」

「心配だ」

「どうしよう」

 しんぺえざめはシマウマの心配を大きな口で飲み込んで、心配をエラで濾して安心を出す。

 安心したシマウマはこう思うのだ。

「俺達の俊足にはライオンも敵わないだろ」


 例えばライオンの親子。

「シマウマに追いつけない」

「このままだと子供が飢え死にするわ」

「心配だ」

「どうしよう」

 しんぺえざめはライオン親子の心配を大きな口で飲み込んで、心配をエラで濾して安心を出す。

 安心したライオン親子はこう思うのだ。

「まあ、一頭でも獲れたら飢えはしないか」


 たまに安心したシマウマと安心したライオンが鉢合わせることもあるけど、それはしんぺえざめのせいじゃない。

 しんぺえざめは餌を濾して食ってるだけだから。


 さて。

 あなたの周りやあなた自身にも、こんなときはないだろうか。

 仕事や恋や人間関係、懐具合エトセトラエトセトラ。

「どうしよう」

「あんなこと言わなければよかった」

「失敗した」

「「「心配が絶えないよ」」」

 こんな日々を送ってきたのに、ある日突然

「「「まあ、なるようになるか」」」

と、肩の力が抜けていくとき。

 そんな風になるのはきっと、しんぺえざめが心配を大きな口で飲み込んだから。


 しんぺえざめの餌は心配。大きな口で心配を飲み込んで、エラで濾して、出てくるものは安心。

 心配を食べられたものは皆、いい具合にふにゃりとする。


 でも、これじゃあいつか、しんぺえざめの餌が無くなるのでは?

と思ったあなた。

 大丈夫。しんぺえざめを心配するあなたの心配は、しんぺえざめの立派な餌です。

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