幻影

辻堂天音

第1話

 父が言う、男らしくあれと

 母が言う、頑張りなさいと

耳の奥で鳴る鐘の音が次第に大きくなる。


そんなある日、真っ黒なあいつが現れた。


真っ黒なあいつは、何を言うわけでもなく、何をするわけでもなく、じっとこちらを見ている。


 「あかり、顔色が悪いけど大丈夫か?」

幼馴染の海斗が心配そうに顔を覗く。

僕は、咄嗟に視線を逸らす。

 「あぁ、大丈夫だ」

僕の心臓がドキドキと脈打つ。

 急に背が伸びて、声変わりをむかえた幼馴染は僕を置いていった。


この胸の高鳴りはどこからくるのだろう……


鳴り響く鐘の音に僕の顔が苦痛で歪む。


こんな日は、決まって真っ黒なあいつが現れる。


 ほら、今日もこちらをじっと見つめている。


ーー鐘の音が鳴る

男らしくあれと


ーー鐘の音が鳴る

頑張りなさいと


いつか真っ黒なあいつが消える日はくるのだろうか?


 通り過ぎる秋風に僕の体が小さく震えた。


 僕の思いを乗せて落ち葉がカサカサと音をたてながら空を舞う。


僕は、灰色の空に手を伸ばし、いつの日か陽の光が差しますようにと願った。

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幻影 辻堂天音 @Chiyomame

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