第13話 聖裁の契
昼下がりの食堂。
四人掛けのテーブルに、しずくとエクリプス三人――アヤメ、ソラ、ミカが並んでいた。
賑やかなざわめきと食器の音に囲まれ、彼女たちはスープを啜りながら他愛もない話で盛り上がっていた。
「でさー! この前の訓練、ソラが転んだときの顔が、もー最高で!」
ミカが笑い転げる。
「わ、わたしのことはいいの! 同じミスをしなければいいんだから!」
ソラが頬を赤らめ、スープをかき混ぜながら小さな声で抗議する。
その様子に、アヤメも口元を緩めかけたが――ふと思い出したように真顔に戻った。
「でも……午後からは訓練、じゃなくて――正門警備が入っていたはずです。」
「うげぇっ! 忘れてたぁぁぁ!!」
ミカがスプーンを放り投げ、机に突っ伏す。
「そ、そうだった……。」
ソラも肩を落とし、ため息をつく。
「……え? 警備?」
しずくが首をかしげる。
「はい。聖裁の契が今日も来るそうです。」
「せ、せいさいの……ちぎり?」
しずくが聞き返すと、三人の視線が一斉に彼女に向いた。
「知らないの?」
ミカが目を丸くする。
「え、えっと……名前くらいはニュースで……。」
アヤメがスプーンを置き、簡潔に説明した。
「《聖裁の契》は、マガツは“神から与えられた罰”だと主張する宗教団体です。
人類は抵抗するのではなく、粛々と受け入れるべきだと――そう説いています」
「守られてるくせに“ありがたやありがたや”って祈りながら石投げてくるとか……ほんと意味わかんないし!」
「この前なんて、火を放とうとしたそうです。」
ソラが小さく声を重ねた。
「……見張ってないと、いつ何をするかわからない……だから警備が必要なんです。」
「そういうことです。」
アヤメは淡々とまとめる。
「愚かしいと片付けるのは簡単ですが、危険視すべき存在でもある。だから我々エクリプスの任務のひとつに組み込まれているのです。」
「なるほど……。」
しずくは胸の奥に複雑な感情を覚えながら、小さく頷いた。
と、ミカがげんなりとした顔で机に突っ伏した。
「でもさー、あいつらの相手すんのほんっとめんどいんだよねぇ……。午後、行きたくないなぁ……。」
「私もできれば避けたい……。」
ソラが弱々しく同意する。
アヤメも珍しく溜息をつき、
「正直、気の進む任務ではありませんね。」
肩を落とした。
――そのときだった。
「……なら、代わりを探すか?」
背後から響いた低い声。三人が一斉に固まる。
振り返った瞬間、顔が凍りつく。そこに立っていたのは――腕を組んだリサだった。
「他に任せたい仕事なら、いくらでもあるんだがなぁ……。」
いつの間にか立っていたリサが、腕を組みながらニヤリと笑う。
「な……リサ様!? い、いえ、その……!」
「ち、ちがいます違います! 断じて!」
「そ、そんなことは一言も!」
三人は慌てふためき、神速のごとく立ち上がった。
リサは口の端を吊り上げ、わざとらしく肩をすくめる。
「なら掃除任務でもいいんだぞ? ……ミカが泣きながらやった、あの大掃除とかよ」
「げぇっ!! も、もう絶対イヤ! あれだけは……!」
ミカは跳ね上がり、両手をブンブン振った。
「わ、私は信念と覚悟をもって! 正門警備に行ってまいります!!」
「は、はい! 私も!」
「……異論はありません!」
三人はほぼ同時に立ち上がり、軍靴の音を鳴らして駆け出していく。
ぽかんと取り残されたしずくに、リサは肩をすくめて言った。
「お前は任務に入っていない。だが一度見ておけ。……魔法少女として戦うなら、
あいつらがどういう連中か知っておいた方がいい。」
「……わかりました。」
しずくは頷き、胸の奥に小さなざわめきを抱えながら――正門へと向かっていった。
広場を埋め尽くす白いフードの群衆が、拳を振り上げ、喉を張り裂けんばかりに叫んでいた。
「マガツは神の裁きだ!」
「人間は逆らうな! 滅びを受け入れろ!」
手にした石や瓶が飛び交い、乾いた破裂音と共に地面で砕け散る。
煙と怒号の中で、整然と並んだ黒い装甲服の影――《エクリプス》の兵たちが正門を守っていた。
その中に――しずくの知る顔が三つ。
アヤメは盾を構え、微動だにせず群衆を睨みつける。
ソラは慣れない手つきで必死に仲間を支え、隊列を崩さぬよう気を張り詰めていた。
群衆の中から、石が放物線を描いて飛んだ。
ごんっ、と鈍い音が響き、ミカのヘルメットに直撃する。
「っのぉおおっ!! 石投げんなコラぁ!」
ミカが即座に怒鳴り返そうとする――が、その腕をソラが必死に押さえ込んだ。
「だめ! 反応しちゃだめだよ!」
アヤメは眉一つ動かさず、淡々と声を張る。
「退去しなさい! これ以上の行為は記録され、処罰対象となります!」
だが群衆の熱は収まらない。
祈りと叫びが渦巻き、門を叩く音はますます大きくなる。
その光景を、少し離れた歩廊から眺めるしずく。
思わず、息を飲んでいた。
(……これが、警備任務……?)
ニュースで見たことはあった。けれど、目の前で繰り広げられる罵声と暴力は、
画面越しとはまるで違う重みを帯びていた。
そのとき。群衆の中に、小さな影があった。
フードの下から覗く顔――まだ幼い女の子。
彼女は、目の前の騒ぎなんて気にしていないように、無邪気にしずくを見つめていた。
目が合った瞬間、その子は小さな手をぱたぱたと振った。
「……!」
しずくの胸が跳ねる。思わず、同じように手を上げかけた。
けれど――すぐに女の子の腕は、後ろから伸びた大人の手に強く引かれる。
「なにしてるの!」
母親らしき女性に抱え込まれ、そのまま群衆の中へと消えていった。
残ったのは、ほんの一瞬の笑顔の残像。
しずくの胸に、小さな痛みを残して、重く沈んでいった。
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