転生したら錦馬超だったので騎馬軍団を率いて天下を目指す

青嵐

第1話 涼州の風

興平2年(195年)春1月




ずしりとした頭痛が意識を縛りつけていた。


視界を開くと、粗末な天幕の中。鉄の匂いと乾いた血の臭気が鼻をつく。




(……ここはどこだ?俺は、確か……)




記憶が断片的に蘇る。乗馬クラブで馬に跨り、夕暮れの中を走っていたはずだ。


それが何故か、剣戟と怒号の渦に放り込まれ、そして——矛を振るう武将とぶつかり、落馬して意識を失った。




従兄あに上!」  




天幕の入口から駆け込んできた若者が声を張った。


鋭い目つきに、まだ幼さを残す顔立ち。


だが、その甲冑の姿は紛れもなく戦場の人間だった。  


彼は膝をつき、真剣な眼差しをこちらに向ける。




「気がつかれましたか、従兄上!閻行えんこうの突きを受けて落馬なされ、命が危ぶまれたのですぞ」




(……従兄上?俺に言ってるのか?いや、ちょっと待て……閻行?韓遂かんすいの部下の——?)  




混乱の中、頭の奥底から記憶が流れ込む。馬超ばちょう——字は孟起もうき涼州りょうしゅうの武名高き馬騰ばとうの長子。


そして今、自分はその身体に宿っている。  


信じがたいが、目の前の若者の名も口をついて出た。




「……たいか」


「はっ!従兄上、ようやく正気を……」  




馬岱は安堵の笑みを見せた。だが彼の言葉は続く。




「今日はなんとか韓遂の兵は退きましたが、彼奴らめ調子に乗ってまた攻めてきましょうぞ。次はどれほどの激戦になるか…」




(くそっ、なんて状況だ。いきなり馬超に転生して、しかも韓遂との抗争の真っ只中かよ!)




額に冷や汗を流しつつも、四肢に確かな感触を覚える。武人の肉体が持つ力強さ。  


そして——現代日本で学んだ乗馬の技術や鞍・鐙の技術、そして歴史などの知識が、何故かこの戦場で大きな意味を持つのではないかという直感があった。




馬岱は眉をひそめ、声を落として言った。




叔父上馬騰は、韓遂めを討ち滅ぼすおつもりです。互いに怨みを積み重ね、もはや和解の余地はございません。閻行のような猛将を抱える敵を討つは容易ではありませぬが……叔父上は決して退かれぬでしょう」




なるほど。正史の記憶にある通りだ。馬騰と韓遂は涼州の覇権をめぐって対立しているようだ。


確か曹操そうそうが進出してきて鍾繇しょうようが仲介するまで争い続けていたんだったか。


つまりこの戦は長引く。そしてその果てに待っているのは……。




(歴史通りなら、馬騰はやがて一族もろとも破滅する。まあその切っ掛けは馬超なんだが…どう立ち回れば良いものか)  




内心の動揺を抑えつつ、馬超はゆっくりと身を起こした。




「……たい。傷が癒えるまで少し休む必要がありそうだ。だが、それでかえってよい」


「従兄上?」




怪訝そうな目を向ける馬岱に、馬超は思案を巡らせながら言葉を選ぶ。




「矛を振るえなくとも、俺にできることはある。戦を制するのは兵の数や勇のみではない。馬を制する術もまた大事だ。……この涼州で、戦の要は馬だろう?」


「無論です。我らの軍は騎兵なくして成り立ちませぬ」




その答えに頷きながら、馬超の胸中に確信が芽生える。


現代で学んだ鞍や鐙の知識を、この時代に持ち込めば騎兵の力は飛躍的に高まる。


まずは自分自身で試し、実戦で証明するのだ。




「傷が癒えたら、革職人のところに行く。俺専用の馬具を作らせたい」


「……馬具を? 従兄上、何をなさるおつもりで?」


「ふふ、ただの工夫だ。だが、必ず役に立つ」




馬岱はまだ半信半疑の様子だったが、従兄への信頼が勝ったのか、深くうなずいた。




「承知しました。うまく取り計らいましょう」




天幕の外では、まだ兵のざわめきが止まぬ。血と鉄にまみれた涼州の大地で、ひとつの新しい流れが静かに芽吹こうとしていた。


◆◆◆

注(人物の経歴は正史準拠)


馬超 字は孟起。176年生まれ。馬騰の長男として生まれ、涼州に割拠した群雄の一人。錦馬超は演義での異名。曹操に敗れて漢中の張魯、次いで益州の劉備の元に身を寄せて蜀の将として最期を迎えた。正史を読むとよくいる地方の反乱勢力の一人でそんなに活躍した感じはしないがよくわからん勇名だけはあったようだ。父の馬騰が羌とのハーフだったからか異民族から人気があったらしい。なお死に際に自分の一門はことごとく曹操に殺されてもう馬岱しかいないので後を継がせてくれと上表しているが、殺された理由はだいたいこいつが曹操に対して反乱を起こしたからである。曹操に圧迫されて反乱するように仕向けられたとはいえ、人質みたいに朝廷で官職貰って働いている家族が殺されてもいいから反乱起こしたれってやったり、和議を結んで降伏してきた涼州刺史の韋康をぶっ殺して涼州人士に叛かれ妻子を皆殺しにされているので割と自業自得。ちなみに同じことは袁紹・袁術もやっている(董卓に反乱起こして中央にいた袁氏が族滅された)。


馬岱 字不明(作中では徳巌に設定)。生年不明(作中では178年に設定。実際はもっと若年かもしれないが最初から登場させられなくなるので)。馬超の従弟(族弟かも)。「ここにいるぞ」で有名。馬超の死後唯一の宗族としてその祭祀と軍勢を継いで蜀に仕えた。後世の書に、早くに父を亡くして母方の黄氏に身を寄せていた時に黄巌と名乗って馬飼いをしていたが後に馬超と合流する際に馬姓に復したとかいうエピソードがある。作中の字はそこから作った。


馬騰 字は寿成。生年不明(作中では156年に設定)。馬氏の本貫は右扶風茂陵県だが父の馬平が隴西に派遣され官途を離れた後も留まって羌の娘と結婚し生まれたのが馬騰だった。生まれ故か環境故か体がでかかった(180センチ余り)のと性格も思慮深かったため周囲から尊重されたらしい。中平年間(184年~)に涼州が乱れると涼州刺史耿鄙に仕えて軍司馬として反乱軍討伐に従事したが、耿鄙が敗死すると反乱軍側に転じた。その後は涼州軍閥の董卓や李傕・郭汜に与したり、李傕に邪険にされると劉焉と組んで長安を襲おうとして負けて涼州に逃げ帰ったり、仲間で義兄弟の契りを結んだはずの韓遂と仲違いして争ったり(作品開始時点)と割と無軌道な群雄ムーブを行っている。最後は曹操に殺されたので演義では漢の忠臣みたいに描かれているが史実では普通に漢にも弓を引いた梟雄である。殺された理由は先にも書いた通り馬超が地元で反乱を起こしてそれに連座したため。


韓遂 字は文約。元の名を韓約と言ったらしい。生年不明(145年前後か)。金城郡の人。名声があり同郡の辺章とともに「涼州大人」と称されたが、羌や氐の首長、宋建・王国・北宮伯玉・李文侯らが起こした反乱軍に辺章と一緒に捕らえられて半ば強制的に反乱に参加させられた。懸賞金を掛けられたせいで名前を変えたのもこの頃。その後は辺章・北宮伯玉・李文侯らを殺したり王国が敗死したり宋建は本拠地に引き籠ったりして反乱勢力の頭目へのし上がりそのまま涼州の一大軍閥として長きにわたって勢力を保った一代の梟雄。最後は地元勢力に殺されたとか病死した後に首を切られたとか諸説。子孫は一時的に曹操に恭順する際に人質として預けていたが、その後に馬超に誘われて反乱を起こしたので殺されている。


閻行 字は彦明。生年不明(作中では168年に設定)。金城郡の人。史実で若かりし馬超を殺しかけた猛者(作品開始直前の場面)。同郷の韓遂に長きに渡って仕えていたが、紆余曲折あって最後には仲違いを起こし曹操に降った。涼州近辺には割と閻姓の人物が多いので著姓の出だったのかもしれない。

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