第04話「集い始めた灯りたち」

 クラウドファンディングの反響は、翔太と沙織の想像を遥かに超えるものだった。公開から一週間で目標金額を達成すると、その後も支援の輪は広がり続け、最終的には目標の二倍近い資金が集まった。それは、汐見町という小さな町が、外の世界とまだ確かに繋がっていることの証明だった。


 しかし、翔太たちを驚かせたのは、集まった金額だけではなかった。支援者からのメッセージの中に、これまでとは少し違う種類のものが混じり始めたのだ。

『東京で小さな設計事務所を営んでいます。週末になりますが、もしよろしければ、店の改装を手伝わせていただけませんか。僕も、ここのナポリタンで育った一人です。』

『京都の料亭で板前をしていますが、家の事情で近々、汐見町に戻る予定です。新しいメニュー開発など、何かお役に立てることがあれば。』


「手伝いに、帰る」。その言葉は、翔太の胸に温かい衝撃を与えた。お金だけでなく、人々がその時間と技術を、このプロジェクトのために持ち寄ろうとしてくれている。沙織と顔を見合わせ、二人は興奮気味に頷き合った。これは、ただの改装作業ではない。町を離れた人々と、今ここにいる人々が再び出会い、何かを一緒に作り上げる「祭り」になるかもしれない。


 最初の週末、約束通り、東京から一台のワゴン車が「海猫」の前に停まった。運転席から降りてきたのは、日に焼けた快活な笑顔の青年、柏木拓也だった。翔太と同い年で、高校時代は野球部で汗を流した仲間だった。

「よぉ、翔太! なんか、すげえことやってるじゃんか!」

 十年ぶりの再会だったが、空白の時間を感じさせない拓也の屈託のない声に、翔太の緊張もほぐれた。拓也は、設計図の描かれた大きな紙を広げ、熱心に語り始めた。

「巴おばあちゃんの店の雰囲気は、絶対に残したい。この太い梁とか、カウンターの傷とかな。その上で、光がもっと入るようにして、若い奴らも気軽に入れるような、開放的な空間にしようぜ」


 拓也の言葉は、翔太が漠然と考えていたイメージを、見事に形にしてくれた。翌週には、京都から戻ってきた元板前の女性、早川美月も加わった。彼女は少し人見知りな性格だったが、厨房に立つと、その鋭い眼差しはプロの料理人のものに変わった。

「祖母の味を再現するのも大切だけど、今の若い人たちが喜ぶようなメニューも必要だと思う。地元の野菜や魚を使った、ここでしか食べられない何かを。」

 彼女の提案に、誰もが頷いた。


 週末になると、「海猫」はまるで秘密基地のようになった。拓也の指示のもと、翔太や沙織、そして噂を聞きつけて集まった地元の若者たちが、ペンキを塗り、床を磨き、壁紙を張り替える。慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、そこには絶えず笑い声が響いていた。東京で一人、パソコンのモニターと向き合っていた孤独な日々が、翔太には遠い昔のことのように思えた。額に汗し、誰かと冗談を言い合い、一つの目標に向かって力を合わせる。その単純な喜びが、乾ききっていた彼の心を潤していくのが分かった。


 沙織も、観光協会のパンフレット作りで培ったデザインセンスを活かし、店のロゴやメニュー表のデザインを担当した。作業の合間に、翔太と沙織は自然と話す機会が増えた。東京での暮らしのこと、お互いの家族のこと、そして、この町の未来のこと。

「翔太、なんだか顔つきが変わったね。こっちに来たばかりの頃と、全然違う」

 休憩中に、麦茶を飲みながら沙織が言った。

「そうかな」

「うん。なんていうか……楽しそうだよ、今」

 その言葉に、翔太は少し照れながらも、素直に頷くことができた。楽しい。そう、今、自分は確かに楽しいと感じている。それは、競争に勝ち抜くための興奮ではなく、誰かと何かを分かち合う、穏やかで満たされた喜びだった。


 店の改装作業は、町の人々の関心も引いた。最初は遠巻きに見ていただけだった年配の人たちも、次第に興味深げに声をかけてくるようになった。潮田組合長は、新鮮な魚を差し入れに持ってきては、「壁の色はもう少し明るい方がいいんじゃねえか」などと口を出し、楽しそうに帰っていく。近所の農家の主婦は、採れたての野菜を使った煮物を持ってきてくれた。

「若い衆が頑張ってるのを見ると、なんだか嬉しくなるねぇ」

 その言葉に、翔太は気づいた。この改装作業は、ただの建物を直しているだけではない。バラバラになりかけていた町の人々の心を、もう一度繋ぎ合わせる作業でもあるのだと。

 夕暮れ時、作業を終えた皆で、差し入れの煮物を頬張る。ペンキの匂いと、潮の香りと、醤油の香ばしい匂いが混じり合う。窓の外では、茜色に染まった空に一番星が瞬き始めていた。完成は、もう間もなくだった。

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