第18話

 街を歩くと時折他人からの視線を感じた。


 当たり前だ。


 俺の隣では獸人が歩いている。


 獸人を奴隷にしている人間は金持ちかそういう趣味の奴だけだ。


 みんな物珍しさや軽蔑の視線をこちらに向けてくる。


 普段だと俺のことなんか誰も見ないから少し緊張するな。


 すると一人の若くて目つきが鋭い男が俺を睨んできた。


「おい。おっさん」


「え? なに?」


「なにじゃねえよ。そんな危ないもん鎖も付けずになに野放しにしてんだよ」


 男はリズを指差した。


 まるで大型犬をリードなしで散歩させていたみたいな言いぐさだ。


 俺は苦笑した。


「そんなこと言ったって誰も襲わないよ」


「んなこと分からねえだろ? それともなにか? こいつが暴れたらおっさんが止められるのか?」


 俺はリズの戦闘を思い出してまた苦笑する。


 たしかに怪我をしていたリズでも俺より何倍も強いだろう。


 もし暴れたら止められる自信は微塵もなかった。でもそれを言うわけにはいかない。


「ま、まあ、これでも冒険者だから……」


「ああ? 見たことねえな? どこのギルドだ?」


「いや……、ギルドには入ってないんだけど……」


「んだよ。野良かよ。そんな雑魚が奴隷なんて飼ってんじゃねえよ」


 むかつくけどそう言われるのは当たり前だった。


 奴隷は高級品だ。


 野良の冒険者は普通手が出ない。


 男は俺を怪しんだ。


「なんか変だな。もしかして奴隷泥棒か? 通報してもいいんだぜ?」


「泥棒なんてするわけないだろ。言いがかりはよせよ」


 男はイライラしているみたいだった。


「なんだ? 口答えか? 言っとくけど俺はな――」


「やめるんだ。コール」


 男の言葉を遮り、聞き覚えのある声が聞こえた。


 声の方を向くとそこにはフリードが立っている。


「フリード……」


「ショーゴ。久しぶりだね」


 たった半年やそこらでフリードは勇ましくなっていた。


 新しいマントを着け、王者の風格が漂う。


 コールと呼ばれた男はびっくりしていた。


「え? フリードさんの知り合いなんすか?」


「うん。昔の仲間だよ。色々あって辞めることになったけど……」


 申し訳なさそうにするフリード。


 どうやら追放のことをまだ悪く思っているらしい。


 正直追放された本人でさえ仕方ないと思っているのに、相変わらず優しい奴だ。


「随分出世したな。聞いたよ。四天王に挑むんだって?」


「うん。準備が整ったらね。他のギルドとも協力するんだ。どうかな? ショーゴも。人が多ければ君の能力は役に立つはずだ」


 コールはまたしても驚いていた。


「マジかよ……。フリードさんに誘われるなんて……」


 きっと俺のことを凄腕の冒険者とでも勘違いしたんだろう。


 でも実際はただの荷物持ちだ。人が多いとその分荷物も多いんだろう。


 だけど今更戻るなんてできず、俺はかぶりを振った。


「遠慮しとくよ。俺なんかが行っても危ないだけだからな。それに」


 リズを見る。


 リズは不思議そうに俺を見上げた。


「他にやることができたからな」


 フリードは寂しげに微笑んだ。


「……そっか。また気が向いたら言ってよ。みんなは俺が説得するからさ」


「気が向いたらな」


 ありがたい誘いだけど、あんまり興味ない。


 今の俺がやるべきはリズの友達を探すことだ。


 それにフリードが頼んでくれたってミレーナやカレンのことを許したわけじゃない。


 まあ、あいつらが泣いて謝ったら考えなくもないけど、なにがあってもそんなことにはならないだろう。


「もう行っていいか? 買い物の途中なんだけど」


 俺がそう言うとコールは急に態度を変えた。


「え? お、おう……。すいません……」


 俺とリズが二人の横を通り過ぎるとフリードが忠告した。


「ショーゴ。獸人を連れて歩くならせめて耳は隠した方がいい。なにかとうるさいからね」


 それは今さっき身をもって知った。


 俺は前を向いたまま手を挙げる。


「そうする。がんばれよ。勇者様」


 本当は皮肉のつもりだったけど、もしフリードが四天王を倒したら本当に勇者になる。


 最強で、人気があって、みんなから尊敬される存在。


 それはまさに俺が目指していた異世界ライフそのものだった。


 まさに英雄だ。


 嫉妬がないと言えば嘘になる。


 選ばれなかったことを複雑に思いつつも、それでも与えられたのもでどうにかするしかない。


 俺は自分にそう言い聞かせながら歩き続けた。


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