復讐の炎は愛へ ~禁断の薔薇
朧月 華
第1話 裏切りの夜
桜庭玲奈は、まさか自分のために設えられた婚約披露宴で、婚約者と親友の裏切りを目の当たりにすることになるなんて、思いもしなかった。五年間捧げた一途な愛情が、一夜にして無惨に引き裂かれるなんて、考えもしなかった。
クリスタルシャンデリアの光が煌めく中、オーダーメイドの純白のドレスを身に纏い、シャンパンを手にして、来客たちと談笑していた玲奈。周囲の歓声や笑顔が、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。その時、視界の端に、決して見間違えるはずのない光景が映り込んだ。
藤原悠斗――つい三十分前、彼と手を握り合い、「永遠に君だけを愛する」と誓い合ったばかりの、彼女の全てだった男が、親友の吉田麻衣とテラスの隅で、まるで世界を二人だけで占めているかのように深く口づけを交わしている。
その瞬間、玲奈の心臓は凍りついた。全身の血が逆流し、息が止まりそうなほどの衝撃が走る。手にしていたシャンパングラスが、まるで自分の手の中で滑り落ちるように、震えてこぼれそうになった。世界が音を立てて崩れ去るような絶望が彼女を襲った。しばらくは、視界がぼやけ、足元がふらついていたが、ふと冷静さを取り戻すと同時に、頭の中で母との誓いがよみがえった。
「絶対に、負けない。」
玲奈は深呼吸を一つし、震える手をしっかりと握り締めた。その一瞬の間に、彼女は自らを奮い立たせ、冷徹な決意を固めた。この場で、哀れな被害者として崩れ落ちることなど、絶対に許さない。
「ごめんなさい、少し失礼しますね。」玲奈はそう言い、瞬時にその顔に完璧な笑顔を貼り付けた。その声色は穏やかでありながら、どこか冷たい決意がこもっていた。大理石の床にハイヒールの音が響き、その一歩一歩は、まるで断罪の響きのようだった。
「悠斗さん、麻衣。」玲奈の声は、氷のように冷徹だった。「お部屋をご用意しましょうか?お二人には、もっと人目を気にせず愛を語り合える場所が必要でしょう?」
悠斗は麻衣を突き放すようにし、顔色を瞬時に真っ青にした。彼の瞳には狼狽と恐怖が色濃く浮かんでいた。「玲奈、違うんだ!君が思っているようなことじゃない。麻衣が急に…」
麻衣は、まったく慌てる様子もなく、玲奈の冷たい視線を受けても、むしろ挑発的な笑みを浮かべた。「玲奈、見られちゃったなら仕方ないわ。もう隠す必要もないものね。実は、私と悠斗さんは半年も前から付き合っているの。彼、玲奈のことを強すぎて、氷の女王みたいで、つまらないっていつも言っていたわ。」
玲奈の視線は悠斗の狼狽した顔から、麻衣の首元で光を放つダイヤモンドのネックレスへと移った――それは、悠斗が先週「顧客のためにオーダーメイドした試作品だ」と言っていたものだった。しかし、今、それは麻衣の首に輝いていた。その光が、玲奈の胸に鋭い痛みを刺した。
「半年…。」玲奈は小さく笑い、口元に冷徹な微笑みを浮かべた。しかし、その瞳の中には、少しの悲しみも感じさせない、鋭い刃のような冷徹さが宿っていた。「私の前で、よくもそんなに長く芝居を続けてくれたものね。あなたたちの演技には、心底感服するわ。」
会場の人々は、異変に気づき始めていた。低い囁き声が広がり、好奇と嘲笑の視線が玲奈に向けられる。
悠斗は、必死に玲奈の手を取ろうと試みた。「玲奈、僕たち、ちゃんと説明できるから…!」
玲奈は一歩後退し、彼の手を振り払った。その動作は、まるで汚らわしいものを拒絶するかのように冷徹だった。「その必要はないわ。」玲奈は冷たい声で言った。「婚約は破棄。関係も終わり。あなたたち、お似合いよ。どうぞ、末永くお幸せに。地獄の底まで、添い遂げてちょうだい。」
彼女は、左手の薬指に輝く悠斗から贈られた婚約指輪をゆっくりと外し、それをまるでゴミを捨てるかのようにテラスの手すりに置いた。そして、背筋をピンと伸ばし、一滴の涙も見せることなくその場を去った。流れるはずの涙は、内側の冷徹な氷に閉じ込められていた。この夜、桜庭玲奈は死んだ。そして、新たな“何か”が誕生した。
その夜、桜庭玲奈は姿を消した。まるで蒸発したかのように、誰にも探し出す手掛かりを残さず、彼女が去ったのは深い傷と、まだ気づいていない新たな力を胸に抱えてのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます