第24話保護
神官は、まともな服を着ていなかったリザロ卿に、服を与えてくれた。
お湯も用意してくれて、僕はリザロ卿の体を拭くことができた。
その体には痣がいくつも残っていた。目を背けたくなるような惨状だった。
可能な限り体を綺麗にし、服を着せる。
リザロ卿は大人しく、ニコニコ笑いながら僕のしたいようにさてくれた。
新しい服を着せて、神官が待つ食堂へと歩いていった。
食堂では神官が暖かいスープとパンを用意してくれていた。
「お待ちしていましたよ。さあまずは、朝食を取りましょう」
僕らは食堂の椅子に座る。
神官も座って、食事の前のお祈りを始めた。
本当は今すぐにでも食べ始めたいのだけど、ぐっと我慢してお祈りが終わるのを待つ。
「母なる大地、父なる天の、豊かな恵みに感謝いたします。日々私たちを愛してくださる女神カテナ様に感謝を」
お祈りが終わった。
僕はスプーンを持って豆スープを掬う。
少しの野菜と豆のスープだったが、腹ぺこだった僕の胃はものすごく喜んだ。
こんなに美味しいスープは生まれて初めてかも知れない。
歯でかみ砕く豆の甘みが、口いっぱいに広がる。
僕の隣では、リザロ卿がゆっくりとスプーンを使ってスープを飲んでいる。
ホッとした顔をしているので、彼もお腹が空いていたのかも知れない。
「おかわりもありますから、落ち着いて食べてくださいね」
神官が僕を見て笑った。
しまった。美味しすぎてガッツき過ぎてしまったようだ。
僕は赤面してしまい、うつむいた。
嫌だな、恥ずかしい。
それでも僕がスープのおかわりをもう一杯頂いて食べ終わった頃、リザロ卿もご飯を食べ終わった。
腹が満たされて、ようやく張り詰めていた気持ちが落ち着いた気がする。
それを感じ取ったのだろう、神官がようやく事情を尋ねてきた。
「これから、あなた方はこれからどうするおつもりですか。神殿の庇護下に入ることをお望みですか?」
つまり神官見習いになりたいのか、ということだ。
こうやって神殿に逃げ込む人達には、帰る場所がないことも多い。そういう人達の受け皿に神殿はなっていた。
「いえ、王都に戻りたいと思っています。馬車の手配か、とあるお屋敷への伝令をお願いしたいのですが。お代はこの指輪で」
僕はリザロ卿の指に嵌まっていたディノスの指輪を指さした。
ディノスには悪いけれど、僕が今持っている中で換金性のあるものはこれしかないんだ。
一生かかってでも、この指輪に見合う魔石を見つけて渡そう。そう思った。
「三等級の魔石です。正しく鑑定してくれるところで売れば百万ギルはすると思います」
本来なら、一千万ギルはくだらないだろう魔石だった。
けれど、魔石の魔力のほとんどを使ってしまったせいで、ただの綺麗な石の指輪になってしまっている。
それでも百万ギルするのは、元々が品質の良い火属性の魔石だからだ。馬車の手配には十分な価値だと判断した。
「まあ、そんなに。良いのですか、対価としてはあまりにも高額になりそうですが」
「残りは神殿に寄付いたします」
「そうですか。では馬車を手配しましょう」
「よろしくお願いします」
「では、手配が終わるまで神殿で休まれると良いでしょう」
「ありがとうございます」
神官の気遣いに感謝しつつ、僕は頭を下げる。
百万ギルが効いたのか、神官は食後のお茶として紅茶を出してくれた。
その紅茶をゆっくりと飲んでいると、表の方から神官と誰かが諍いあう声が聞こえてきた。
僕は食堂の扉に耳を押しつけて、その声を聞く。
「ここに逃げ込んだ二人組が居るだろう。大人しく差し出せ!」
「ここは神殿です。何人にも侵害されない神聖な場所です」
「煩い。奴らは犯罪者なんだ。隠しておくなら、ただじゃおかないぞ」
追っ手だ。
神官が粘ってくれているが、いつここに踏み込んでくるか分からない。
僕は座って紅茶を飲んでいるリザロ卿の手を取った。
「追っ手が来ました。逃げましょう」
「にげる」
「さあ、早く」
彼の手を引いて食堂を出る。
神官と追っ手の声がする方とは、反対の方向へ逃げた。幸いにも神殿の裏口にたどり着き、僕らは外に出ることが出来た。
リザロ卿の手を取り、街の端を目指して走る。
馬車の貸し出し屋は大抵街の端っこにあるからだ。厩舎の場所を確保する必要があるから。
街の大通りを走っていると、背後から男の怒声が聞こえた。
「いたぞ! 追え!」
僕はリザロ卿の手を強く握りしめた。
どうしよう、追いつかれる。
ただでさえリザロ卿の足は遅い。
追いつかれるのは時間の問題だった。
大通りにはそこそこの人が歩いていた。だが誰も僕らを助けてくれようとはしない。
明らかに訳ありの二人が、城の兵士らしき男達に追われているのだ。
誰だって関わりたくないと思うだろう。
僕だって関わり合いたくない。
ここまで逃げ出したのに、またあの牢屋に逆戻りか。
ここまでか。
僕が観念したその時――――馬の嘶きが聞こえた。
大通りを一人の騎士が、馬を走らせこちらに向かって走ってくる。
遠目でも分かる。その騎士の服は近衛騎士団のもの。
まさか。
まさか……
それは僕が見たいと思っていた幻なのか。
だけど、その幻は確実にこちらにやって来ていた。
そして僕と交差する。
馬が僕と追っ手の間に割り込む。
「なんだ貴様!」
「ダグラス王国近衛騎士団、ディノス=クロスターだ! 貴様らこそ何者だ。彼らが印章院の印章官と知っての狼藉か!」
「!!」
高らかに名乗りを上げる騎士。いや、ディノス。剣を抜き、追っ手たちに向けた。
「くそっ」
男達が踵を返して走り去る。
その姿を確認し、ディノスが馬を下りた。
そして駆け足でこちらに寄ってきて、腕を伸ばした。
「でぃの…………」
名を呼ぶ前に、きつく抱きしめられた。
「良かった。無事で」
苦しいほどの抱擁に、僕は息を詰める。
「く、くるしい」
「すみません! つい」
抱擁を解かれ、僕は息をついた。
そして繋いだ手を掲げてみせる。
「っ、リザロ様……」
ディノスが声を詰まらせて名前を呼んだ。
無事とは言いがたいが、リザロ卿は生きていた。
それだけで救いになるかもしれない。
「でぃのす、あいたかった」
子供のような言い方に、ディノスの目が見開かれる。
何があったのか想像がついたのだろう。
その顔が悔しそうに歪み、うつむいた。
「申し訳ありませんでした。私が至らなかったばかりに」
「でぃのす、なかないで」
リザロ卿が、ディノスの顔を撫でる。
その優しい手に、ディノスはついに嗚咽を漏らした。
ずっと探していた人と逢えた。だがその人は心を壊していた。
ディノスの心境を思えば、僕も胸が痛んだ。
「良かった、無事だったか」
蹄の音が聞こえ、僕が振り返ると馬に乗ったクロウが居た。
僕とリザロ卿を見て、ひどく安堵した顔になった。
すぐさま馬を下り、僕の方へ来て頭を下げた。
「すまなかった。俺の落ち度だ。お前を危険な目に遭わせた」
「クロウ、頭を上げてくれ。何とか逃げ延びたし、こうして合流出来たから」
「本当にすまなかった」
心の底から申し訳ないと思っている声だった。
僕は首を横に振り、気にするなと言った。
確かに拉致されて、怖い目にもあったけども、こうして合流もできた。
それに、ペロー伯爵の悪事の一端も抑えた。
僕は服の下からチェーンにぶら下がった指輪を引っ張り出した。
「それよりも、伯爵だ。伯爵はリザロ卿を使って偽の印象指輪を作らせていた。これが証拠だ」
作りかけの指輪を見せる。
クロウの顔が引き締まった。
「僕の拉致も立派な罪状だろう? 生きた証人が二人もいるんだ。もう逃げられない」
僕はニヤリと笑う。
「それに、伯爵は意図的に高等級魔石をはじいてる。どこかにその魔石があるはずだ」
僕が拉致された時、あの女が言っていた。魔石の準備が出来たらずらかると。手土産に十分な魔石ということだから、高等級の魔石に違いない。
「根こそぎ悪事を暴いてやろうじゃないか」
僕がそう言えば、クロウがいつもの笑みを浮かべて頷いたのだった。
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