第7話指輪の捜索

 翌日。

 僕は寝坊せずに起きることが出来た。やれば出来るんだ、僕は。

 身支度も完璧に調え、約束の時間前に玄関ホールに向かえば、すでにディノスが居た。

 ちょと待ってくれ。今は七時半だぞ。


「ディノス、君は一体何時からここに居るんだ」

「……つい先ほど来たばかりですよ」


 にっこり笑いながらディノスが言うが、僕は疑いの眼差しを向けた。

 絶対にさっき来たわけじゃないはずだ。


「嘘つけ。もっと前に来ただろう」

「そんなことありません」


 しれっとそんなことを言う彼に、僕は何度か本当のことを話せと脅したが、ディノスは答えなかった。

 彼には頑固な一面があるな。覚えたぞ。

 そうこうしているうちに、兵舎玄関前に馬車が横付けされた。

 まってくれ、まだ八時前じゃないか。早く起きて良かった!

 

 馬車に乗り込めば、目的地は事前に知らされていたのだろう、僕らが何も言わずとも走り始めた。

 馬車に揺られること一時間程度。商人街の端にその家はあった。

 馬車から降りれば、クロウが一軒家の玄関前で待っていた。


「お、予想より早かったな。寝坊せずに偉いぞ」

「昨日はたまたまです。それよりも時間、早すぎませんか。家族の方も迷惑では」


 ここが番頭の家なのだろう。庶民が持つ家にしては大きいし立派だ。これだけ立派なら、結婚もしているのではないだろうか。子供も居るかも知れない。

 朝早くからお邪魔しては迷惑だろう。

 そう思ったのだが、クロウは肩をすくめて見せた。


「番頭さんは独り身だよ。それでこれだけ大きな家を持てるんだ。商会ってのは儲かるんだな」

「……」


 偏見良くない。改めてそう思った。


「さて、入ろうか。亡くなった後から、商会長が一度入った程度だというから、ほとんど手つかずのはずだ」


 クロウが手にしていた鍵を使って、扉を開けた。

 かび臭い匂いがして、僕は眉をしかめる。家ってのは使わないとすぐにダメになると聞くけど本当なんだな。


「ちょっと窓を開けるか。クロスター、開けるのを手伝ってくれ」

「はい」


 二人が部屋の窓を開けるために散り散りになった。僕はとりあえず部屋を散策する。

 二階建ての立派な家だ。庭もある。一階は応接間と居間。二階には寝室と書斎があった。僕は書斎に入る。

 書斎には商会のものと思われる書類が山積みになっていた。自宅にも仕事を持ち込む体質だったようだ。

 壁の本棚には、衣装関係と思われる書籍が並んでいる。

 机の引き出しを開けてみる。インクの瓶やペン軸の換えが転がっていた。


「二重底になってないよな」


 底を指で叩くが、一枚板のようだ。


「何やってんだ」


 窓を開け終えたクロウが、書斎にやって来た。


「二重底になってないかなと」

「ご苦労なことで。商会長が一通り捜索はしたそうだ。見てのとおり商会の仕事も持ち帰ってたようだからな。それでも印章指輪は見つからなかった」

「そうですか。じゃあ僕も無理ですね」

「そう言わず、魔法士なんだろ。魔法でなんとかならないものか」

「魔法士ですけど、僕は印章作りに特化した印章官です。魔法兵士と一緒にしてもらっては困るというか……」


 印章作りに特化したというけど、印章部でもない僕には印章指輪を作る権利はない。その辺は徹底してるんだよな。


「じゃあ地道に捜索していくしかないか」


 諦め顔になったクロウに、僕は肩をすくめて見せた。

 僕とクロウが書斎を調べ始める。ディノスも合流して三人で書斎をひっくり返し始めた。本も一冊一冊開いて確かめる。


「こりゃ時間が幾らあってもたりないぞ」


 クロウがぼやく。確かに手当たり次第に探すのは効率が悪い。せめてどの部屋にあるかくらい分かればいいのだが……

 僕は僕の出来る魔法を思い返す。

 うーん、指輪の捜索に使える魔法って何があるかな。


「セレスト、魔石の感知はできないのですか」


 本棚を確認していたディノスが言う。

 魔石の感知。僕はその言葉でピンときた。


「あぁ! 魔石鑑定! 鑑定範囲を広げればいけるかも」

 

 印章指輪の魔石には魔力が込められている。その魔力を僕は鑑定する。鑑定範囲をこの家に設定すれば、この家に魔石があるかどうか分かるかも知れない。

 

 「使える魔法があるなら、試してみてくれ」


 クロウが目を輝かせて言った。

 これだけ広い鑑定範囲は初めてだけど、やるしかないだろう。

 僕は手をかざし「解析開始」と宣言する。


 僕の魔力が僕を中心にして同心円状に広がっていく。それは書斎を取り囲み、隣の寝室を取り込む。当然一階の居間や応接室も取り込んだ。

 魔石の魔力を感知しようと神経を集中させる。

 ところが、そこで急激に体から力が抜けていった。

 やばい、魔力枯渇だ。

 

 魔法を行使しすぎると、魔力が枯渇するのだ。それは体力気力を奪い、酷いときは生命まで奪っていく。

 今まで行使したことがない範囲の魔法を使ったことで、僕は僕の限界を超えてしまったようだ。

 

 やばいぞ。

 急いで魔法を解消するが、目の前が真っ暗になって、体が傾く浮遊感に包まれる。

 手先から冷たくなっていく感覚がする。

 これ、死ぬな。

 直感的にそう思った。


 □ □ □


 体がぽかぽかする。

 口から暖かい飲み物が流され、それが全身に行き渡っている。

 心地よいそれに、もっと浸っていたくて、僕は暖かい飲み物をねだった。

 ねだれば与えられる。それが嬉しくて、もっと欲しいと思ってしまう。

 

 幼い頃から何かをねだることに躊躇していた。

 孤児院では何もかもがギリギリで。誰も彼もが飢えていた。

 例えば食事。例えば絵本。例えば洋服。例えば――愛情――。

 この暖かさは院長から与えられた、優しい言葉に似ている。どこまでも僕を包み込んでくれる無情の愛。

 

 愛?


 今僕は愛を受けているのか?

 次第にはっきりとしてきた意識に、僕は呻いた。


「セレスト!」


 間近でディノスの声がする。

 はて、僕はどうして眠っているのだ。


「……ディノス……」


 目を開ければ、想像とおり僕を間近で見下ろすディノスが居た。

 周囲は見慣れない寝室。

 あれ、ここはどこだ。

 僕はどこかの寝室で寝かされていた。その上にディノスが覆い被さっている。

 この体勢も不思議な体勢だ。

 なんでディノスが覆い被さってる?


「僕は……」

「おぉ、良かった。一時はどうなるかと思ったぜ」


 ディノスが僕の上から退いた。代わりにクロウが僕を見下ろす。


「まさか魔力枯渇をやらかすなんて思ってもみなかったよ。そこは加減してくれよフィノン印章官」


 そうだ。僕は印章指輪を捜索するために、魔法を使ったんだ。それで今まで使ったことない魔力を放出してしまって……意識を失ったんだ。


「すいません、僕、倒れたんですね」

「死にかけてました」


 冷静な突っ込みが入った。ディノスが怒った顔で僕を睨む。


「急激な魔力放出のせいで、命まで奪われていました。……応急処置を取りましたが、具合が悪くありませんか?」

「いや、むしろ心地よかったというか。助かった。ありがとうディノス」

「……いいえ」


 そこでなぜかディノスが頬を赤らめた。なぜ赤くなるんだ。

 クロウも笑っている。


「まあ、良かった。今日はもう魔法の行使は出来ないだろう。フィノン印章官はこの部屋で休んでいてくれ。俺たちは指輪を探してくる」


 寝室から出ようとする二人を僕は止めた。


「待ってください。恐らくですが、魔石は寝室にあります」

「なんだって」

「え」


 僕が倒れる直前、僕は家全体の鑑定に成功していた。そこで感じた魔石の力は、この寝室だ。おそらくこの部屋のどこかに魔石がある。僕は寝かされていたベッドから降り、シーツを剥ぐ。

 綿を使った敷布をペシペシとたたき、指輪の感触がないか確かめた。

 クロウやディノスも、寝室にある机やランプに手を伸ばした。

 僕はベッドの下をのぞき込む。ベッドの裏を手で摩っていくが、見つからない。


「面倒だな。ベッドを解体するか?」


 クロウがそんなことを言う。


「……使う度にベッドを解体するような場所に隠しますかね」


 ディノスの言葉も最もだ。僕は枕を掴み、グニグニと揉んだ。そこに硬い何かがあった。


「!」

 

 僕はその硬い物を掴む。


「ハサミを!」


 ディノスが書斎に向かった。

 枕を覆っていたカバーを外せば、枕の真ん中に縫い目があった。不自然な縫い目だ。

 ハサミを持ったディノスが、縫い目を裁断する。

 開いた箇所から綿が零れ出た。僕は綿をかき分け、それを摘まむ。


「あった」

「おぉ」

「良かった」


 緑色の魔石が輝く、印章指輪がそこにあった。

 本当は続いて魔石の鑑定もしたかったけれど、それはディノスに止められた。クロウも無理はよせと言う。

 仕方なく指輪をクロウに渡す。


「これは城に戻って他の印章官に調べてもらおう。ついでに登記部で記録を漁ってみるさ」

「そうですか。一応これで僕はお役御免ですかね」


 そう言えば、クロウがにやりと笑った。


「一応な。よくやったぜ、フィノン印章官」

「それはありがとうございます。これ以上厄介ごとに巻き込まないでくださればそれで結構です」

「はははは、それはどうかな。あの王子の暴れ馬っぷりは予想がつかないからな」


 恐ろしいことをさらっと言ってくれる。

 僕が沈黙すれば、クロウは指輪をハンカチで包み、懐にしまった。


「さて帰るか」

「はい」


 歩き始めたクロウに続こうとしたとき、僕の足下がふらついた。


「うぉっと」

「!」


 さっと僕の腰に腕が回され、倒れかかった体を支えたのはディノスだ。


「大丈夫ですか」

「あぁ、ありがとう。そういえば、さっき応急処置をしてくれたと言ったが、護衛騎士はそういうことも学ぶのか?」

「え、えぇ、まあ。魔法が使える方を護衛をすることもありますから、一通りは」

「へぇ。ちなみに後学のために教えてくれ。応急処置ってどんな風にするんだ? 僕も知っておきたい」


 するとディノスの顔が赤くなった。


「? ディノス?」

「腕や首からの皮膚接触による魔力投与が一般的だが、本当に緊急時は経口投与だな。それが一番確実で、大量に魔力が渡せる」


 クロウが笑いながら答えた。

 僕は固まる。

 けいこうとうよ。

 経口、つまり口。僕は死にかけてた。緊急時だ。緊急時だったということは、経口投与が必要だったというわけで。

 

 顔が熱くなっていく。

 ディノスが顔を赤くした意味も、今なら分かる。

 あのぽかぽかした暖かい飲み物は、ディノスの魔力だ。それを僕はゴクゴク呑んでいたということになる。

 はしたないにも程がある。なんてことだ。節操のないやつだと思われなかっただろうか。


「その、すみません。嫌だったでしょうが、緊急だったので」

「い、いや、むしろ僕の方がすまない。君に迷惑をかけてしまった」

「いえ、これも任務ですから」


 任務なら経口投与も厭わないのか。

 護衛騎士の鏡だな。

 それにしても、まさか彼と接吻をしてしまったとは思わなかった。

 人命救助だとは分かっていても、恥ずかしさが勝る。

 僕はうつむき、ふらつく足に叱咤しつつ、歩き始めたのだった。

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