キミの気持ちに気づく瞬間
山本 歩乃理
第1話 好きな髪型
週末、髪を切った。
それだけのことでも、月曜の朝は緊張を覚える。
毛先を揃えた程度のときでさえそうだったのだから、肩甲骨まであったロングを思い切ってミニボブにした今朝はなおさらだ。
でも──
「朋子、ばっさりいったね。すごくいい」
「ホントだ。頭の形がいいから、短いのも似合ってる」
昇降口で遭遇した友人から褒められ、早々にその緊張は解けてしまう。
教室へ向かう足取りは自然と速くなる。
早く見てほしい──
「わっ、紗弥? イメージ変わったな。びっくりした!」
あと数メートルというところで教室から漏れてきた夏輝の声に、私は失速する。
「ストパーかけたの」
照れ笑いが続く。
想像の中では、ちょうど今私がしているはずだった。
「ずっと憧れてて」
紗弥は赤茶色の天パだった。
少なくとも先週金曜までは。
「そういえば夏輝、女子はさらさらのロングがいいとかって言ってたよな?」
夏輝としょっちゅうつるんでいる柊一郎が言う。
そこには、冷やかすようなニュアンスが含まれていた。
「あー、そんなようなこと言ったかも……」
「えっ、そうなんだ。知らなかったあ」
一段高くなっていた紗弥の声は、少しも驚いているようには聞こえなかった。
きっと知ってたんだ。それでストパーかけたってことは、紗弥も夏輝のことを……?
胸の中心にあったものが冷えていくのを感じる。
「おはよう」
涼しい顔を作って教室に入った私を見て、皆がぎょっとする。
さらさらロングがいいという話をした直後に、それを放棄した女子が現れたのだ。
さぞかし気まずいことだろう。
「お、おはよう」
「朋子もイメチェンしたんだね」
うんそうなんだ、とだけ返す。
自分の机だけを目指して、ほかは何にも見ないようにしながら。
髪、切らなきゃよかった……
そんな後悔でいっぱいになった──
□
ようやく帰りのHRが終わると、リュックをひったくって立ち上がる。
一刻も早く家に帰りたかった。
「朋子!」
けれど、もうすぐ正門というところで、背後から夏輝に呼び止められてしまった。
仕方なく、振り返った。
「……何?」
「今朝の聞いてた? 俺がロングが好きとかって話してたの」
あのタイミングで教室に入っておいて、聞いてないと答えるのは、あまりにも白々しい。
だから、正直に返事をするしかなかった。
「うん、聞いてた。でも……」
私には関係ないし。
気にしてないから。
顔がひきつってしまって、言葉がうまく出てこない。
「あ、あのさ、ロングは好きだったっていうか、今も好きだけど、俺今日からはおかっぱも好きになったから」
「おかっぱって……?」
私は自分の頬にかかるサイドの髪を一筋摘んだ。
「その髪型のこと!」
夏輝はそれだけ言うと、ものすごい勢いで校舎に戻っていく。
私はぼう然と、その背中を見送ることしかできないでいた。
しかし、しばらくして我に返ると、慌ててくるっと向き直った。
そうして、通学路を歩き始めた。
地面を蹴るたびに、短くなった髪は軽やかに浮くのだった。
END
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