失恋

黒魔道士

第1話


高校2年生、11月のころだった。

本日の授業も終わった、時刻は17時。

冬も近づき、日もくれ始めているそんな時間に俺は教室で一人居残って掃除をしていた。


箒を片手にせっせとゴミを集める俺の名前は四十物柊一。

偏差値50そこらの高校に通う、どこにでもいるような平凡な高校2年生、16歳だった。

身長は173センチ。

体格はやや、やせ型。前髪が目に入るくらい長い。

成績は悪くない。そこそこのもので。

特別褒められるほど頭が良いとも言えないが、悪いとも言えない、ざ、中間。

性格はどちらかといえば善良な方だろう。

誰かに嫌がらせをしたがる歪な精神性を持ってるって訳でもないし、だれかれ構わず助けるようなヒーロースタイルの過度ないい子ちゃんでもない。


人間関係は浅く広くが多い。

学校では友達と呼べる人間がいくらかいるけれど、それは消しゴム程度なら貸しあえる仲だけど、放課後まで一緒に遊んだりはしない。

誰かに、何かに、誘われたらその時の気分次第では行く、そんな受け身の姿勢が多い。

陰気か陽気かと聞かれたら場面にもよるけど陰気。

そんなんだから、もちろん彼女とかもいないしできたこともないし。

だれだれちゃんが君のこと好きみたいだよー!

みたいな、そんな青春らしいあわずっぱい噂も一切として一ミリたりとて聞いたことがない。

つまりモテない。


ふむふむ、まったく、なぜだろうかね。

俺の顔はそこそこのものだと思うのだけど。

そりゃテレビに映る顔面強者のアイドルとかと並ぶかと言われたら負けるけどさ。

けど、決して悪いわけではない。

うん、

女子には俺のこういう少しスカした性格が見透かされてるのかもしれない。

だからモテないのかもしれない。


ま、そんなリアル。

四十物柊一はそんな人間。


部活は弓道部に所属している。

けどそこまで活発に活動していない、週に2~3回程度活動するくらいのこじんまりとしたもの。


俺自身、別に弓道が好きって訳でもないし、そこまで部活に対するモチベーションがあるわけでもなかった。ではなぜ弓道部に入ったのかと聞かれれば、校則で生徒は何かしらの部活か委員会に入ることを強要されているから。

つまり部員数の少ない部活の数合わせってところだ。

隠れ蓑のように入っているだけだ。

こうした俺みたいな人間はこの学校では少なくない、

それこそ

この学校を探せばどこにでもいるような、そんな男が俺、四十物 柊一だった。


「はぁ……」


窓から夕日の差し込む教室の中。

そんな俺は一人、ため息をついた。手に持っていた箒を教室の壁に立てかけて置いて誰のかもわからない机の上に座る。


放課後にわざわざ教室の掃除をしていた理由。

それはなにも誰かに頼まれたからとかじゃなく自分から率先してというか、自分勝手にやっていたことだった。

手持ち無沙汰だったから、いや、忘れたいことがあったから。


四十物 柊一には密かに思いを寄せている女子生徒がいた。

彼女の名は東堂 美咲。

俺のクラスメイトであり、そして学級委員。

東堂は明るく誰かれかまわず優しくて、そして俺にもそうだった。


そんな東堂は男と付き合っていた。


今日。

ついさっき、それも10分程度ほど前。

俺は放課後の弓道場に戻っていた。

先日、胴着を置きっぱなしにしてたのを思い出して、だるいなーって思いつつ回収しに行ったのだけど。

……そこで、運悪く、その場面に出くわした。


体育館裏で東堂は俺の知らない男とキスしてたのだ。


脳が破壊されたような感覚がした。

ずっと好きだった女の子が。

片思いしていた、俺に優しくしてくれた女の子が、実は彼氏持ちだった。

そんなことはよく聞く話だけど、

実際自分が体験してみるとキツかった。

しかもそのキスシーンをまじまじと目撃してしまった。


「やべ、マジで吐きそうなんだけど」


それを忘れたくて、

俺自身が東堂のことを好きだったという事実を忘れたくて俺はひたすら教室の掃除をしていたというわけだ。


吐き気を和らげるために窓の外を眺める。

夕暮れの暖色の中に運動部の男どもが活動している。

そろそろ閉校時間だというのに、相変わらずバカみたいに元気そうだ。じゃれあってふざけ合って。

今はちょっとそんなのが羨ましい。


ああ。

ちくしょう。

やっぱ、吐き気は消えない。


そんな時だった。

ガラガラとスライドのドアが開く音がした。

築50年を誇る我が学校のドアは良く鳴く。

俺は窓ガラスの反射を使い、その女が教室内に入ってきたのを確認した。

ソイツはクラスメイトの橘(たちばな) 優香(ゆうか)だった。


橘はなんというか。

教室で目にする彼女は、

無口で愛想の悪い、人嫌いの女子生徒という印象だった。

俺もそこまで人のことを言えたりなんかしないけど、それこそ根暗さという意味合いではこの教室で橘にかなう人間はいないであろう。

体育は持病があるらしく必ず休み、休み時間は独りでにどこかにすっと消える。

仲の良い人間の話は聞かず、会話とうも必要最低限の人間と必要最低限のことしか話さない。

青春をするために高校に通っているというよりは。

ただ学位を得るためだけに機械的に通っている。そんな印象を受ける。日頃の橘の行動を見る限りには、

たぶんそれは間違ってないのだろう。


別に否定してるわけじゃない。

橘は生きづらそうな生き方をしてるなとは思うけど、学生の本分は勉強だと言われるし、きっと間違った姿勢ではない。

人間、色々な種類がいる、性格がある、最近の言葉を使うなら『多様性』ってやつなのかな。

橘の様子もその多様性の一つなのかもしれないなぁと俺は思っていた。

だから特別俺からなにか橘に関わろうとも思わなかったし、接してほしくもなさそうだったから、あえて俺はそんな橘と距離を置いていた。


そんな橘が教室に入ってきていた。


「あの」


しばらくの間、

その声は自分に向けられたものだと思わなかった俺は結果として橘を無視する形になっていた。

無視して夕暮れの校庭を見続けるちょっと痛くて嫌なやつになっていた。


「あのっ!!」


少し大きな声を出した橘。

俺はびっくりして彼女に振り返る。


「…え?あ、え?な、なに?な、なんすか?」


「そこ、私の席なんですけど」


そう指を差した橘。

どうやら俺が座っていた誰のかも知らない席はピンポイントで橘の席だったようだった。


「あ、ああ…そうなんだ。

悪いね。

知らなかったんだ」


「どうでもいいけどさ。

そこ、どいてくれないかな?」


相変わらず棘のある言い方をする橘。

これは俺が特別橘に嫌われてるってわけじゃなく、橘は学校の全生徒に対してこんな感じである。

俺はそんな橘の席を立って、少し離れた席にまた座る。

橘は先程まで俺が座っていた自身の机をあさると、カバンに中身の教材とうを詰め込み始めた。そんな様子を見ていた俺はつい橘に声をかけてしまった。


「こんな時間まで学校に残ってるなんて珍しいね。

橘」


「…」


初めの声かけは無惨にも無視された。

いやまぁ、相手は橘だしまともな返答なんかは期待してなかったのだけれど。

だからダメ元ってやつだけど。

全然、傷ついてなんかいませんけど。


「橘は俺と同じ放課後即帰勢だと思っていたけどさ。

なにか用事でもあったのか?」


「…委員会があったの」


お!やっと、返事が返ってきた。

ようよう!

ドライな彼女にも、

トライし続けて見るべきだね、何度でも!へい。


「へぇ、委員会かぁ、いいね、なんの?」


「図書委員」


図書委員会。

静かな人間が多い委員会のイメージ。

それは橘らしいっちゃ橘らしかった。


「四十物くんは?」


「え?おれ?」


まさか橘から聞き返されるとは。

自分のことに興味を持たれると思わなかったから驚いた。

嬉しさ半分、奇妙さ半分。

自分から話しかけといてなんだけど、ちょっと身構えてしまう。


「あなたも私と同じ。

その…放課後即帰勢?ってやつだと思っていたんですけど」


「あーー。

おれは…その、部活だよ。

部活動で、今から帰る…のさ」


「ふぅん」


橘は少し目を細くして俺を見た。

なにかやましいことでもあるんじゃない?

とその目は語っていたように見えた。


「…なんだか。

あなたからは嘘の匂いがしますね。

弓道部は今日休みなはずですよ」


「なんだよ。

おれの部活知ってんだ橘。

そうそう、休みなんだけど、前回の活動の時さ。

道着忘れちゃってさ。

それ、取りに行ってたんだ、だって汗臭いの放置しちゃかなわんだろ?

おれもそうだけどさ、とくに周りが、さ」


迷惑ならまだしも、

悪臭を振り撒くような人間にはなりたくないからね。


「それだけでこんな時間までかかるもんですか?」


「はっはは、いやー。

なんかね、かかったね」


言えなかった。

今日。

しかもついさっきに失恋したとは橘には口が裂けても言えなかった。


「喋れ」


その時だった。

橘がいきなり俺にそう命令した。

「え?」


「なぜこの時間まで残っていたのかを。

ここで全て話せ」


分からない。

おれにはよく分からなかったが。

橘の言葉はなにか強い力を持っていた。

そのときの橘の瞳は、

純血日本人特有の黒い目は妖艶に緑に光り、

俺は確かに意識していたのにもかかわらず。

口を開いて話し初めていた。

まるで操られているかのように話し始めていた。


「失恋した」


「ふぅん、誰に?」


「おれは。

四十物柊一は、

クラスメイトの… 東堂 美咲が好きだった。

けど、東堂には…もう、恋人がいた」


「ああ…。あの、東堂さん…ねぇ。

それはそれは。

なるほど、“彼女”か…」


そういう橘の言葉はどこか含みを感じさせた。

まるで学校の問題児の話でもしてるときかのようなそんな含みを。


「で?それで?

落ち込んで教室の掃除してたってわけですか」


「そうだよ」


「落ち込んだら掃除するって。

四十物くん少し可愛いところがありますね」


「……うるさいな、あまり、揶揄うなよな」


何故だろう。

自分が自分じゃないみたいだった。

俺は橘に操られているようだった。


「まぁ、事情は分かりましたよ。

怪しいことをしてないってことも分かりました。

それに少し面白い話でした」


「なにが面白いんだよ?」


「人の不幸が」


「最低だなお前!!」


俺が指をさして言うと、橘は口を隠してくすりと笑った。

橘の笑い顔を見たのはそれが初めてだった。


「お礼に、いい話を教えてあげましょう」


「いい話し?」


「そうそう。

失恋して心傷状態の今のあなたにとっては多分いい話になるんじゃないかな?

あのね。

東堂さんはね、何人とも付き合ってるのよ」


「え?」


「それこそ二又どころの騒ぎじゃなくね。

彼女には数えるのも億劫になるくらいの彼氏(スペア)がいるの。

よかったね、四十物くん。

彼女のモノにならずに、ああ、それともなりたかったのかな?」


「…スペア」


「毎日毎晩、男を取っ替え引っ替え。

学校では優等生。

裏の顔は…誰とでも付き合って突き合うクソ〇ッチ。

まったく、下半身に節操のない女は品がなくてダメね。良かったじゃないですか、あんな女のモノにならなくて」


「やめろよ」


橘のその話は。

聞いていて、気分が良いものじゃなかった。


「はい?なにを?」


「東堂のこと、悪くいうの…やめろよ」


俺の言葉に橘は目を丸くした。

まるで信じられないものを見るような目だった。


「わお、驚いた。

男子高校生の性欲を侮ってました。

ここまで聞いて、まだ東堂さんにお熱だとは。

そこまで人を惹きつける魅力のある彼女がさすがと言うかなんというか」


「べつに、そういうわけじゃないよ。

性欲とかってわけじゃない。

ただ、その…違うと思う。

東堂がどんな人間だったと分かったとしても…おれは東堂が嫌いになったわけじゃないし。

それにさ。

ここにいない人間の悪口を言うのは…おれは好きじゃない。それはフェアじゃない。

だからさ。

…やめろよ」


「ふぅん」


橘は不機嫌そうに腕を組んだ。

もう、ここにきた用事は済んでいたのだろう。

荷物の詰まった学生鞄を肩にかけ、俺に興味をなくしたかのように帰ろうとしていた。


「橘」


「…はい?なんですか?

まだなにか用ですか?」


「それはそれとして。

助かったよ」


「なにが?」


「さっきの話し。

おかげで、東堂のことは完全に吹っ切れた」


「ああ、そうですか。

そりゃあ、よかったですね、おめでとう」


すごくつまらなそうな問答だ。

橘にとっての俺は面白そうなおもちゃから興味のないゴミへと変わったのだと感じた。

ギャルゲーでいうところの好感度大幅ダウンってやつだ。


「だからさ、お礼をしたいと思って」


「お礼?」


しかしそんな橘とは反対に俺は橘に惹かれつつあった。

橘のことを今、少しだけ知ったことによって、橘がどんな人間なのかもう少し知ってみたくなった。


「おれ、近所にあるうまいクレープ屋知ってんだ。

なんか一つ奢るからさ、今から一緒に行かない?」


「え、いやです」


まぁ、拒否されるとは思っていた。


「あー、分かったなるほど。

じゃあ聞いていい?

なにが嫌だ?

とり急ぎの予定があったりする?

それともさ。

あまりおれと一緒にクレープ食いたくない感じ?」


「四十物くんとクレープ食べたくない感じです」


「んーーー」


頭を掻く。

キツイか?

流石にここから挽回するのは厳しいか?

方法はあるのか?

誰か教えてください。

口説きのプロの方。

ここから気難しい女の子を放課後デートに誘える方法をどうかわたくしに教えてください。


「あの…すっごい。

めっちゃ、うまいんだけどさ。

とてつもなくうまいクレープ屋なんだけど。

そこでしかない限定の味とかもあるけど。

…一回、行ってみない?」


秘技。

クレープの味で釣る作戦。


「私クレープ食べたことないです」


まさかのクレープ食べたことなかった!!

おい!どうすんだこれ!?


「も、勿体ねぇよ!

人生でクレープ食ったことねぇってそれ勿体ねぇって!!」


「そうですか?」


「そうだよ!

うん!うん!

間違いなく人生損してる!

食ったら飛ぶぜ!人生観変わる!」


橘は顎に手を置いて考え込むように俯いた。

しばらく黙ったまま返事を返さない橘。


「橘?」

俺は心配になって声をかける。


「いいですよ」


「へ?」


「少しくらいなら付き合ってもいいです。

四十物くんがそこまで言うなら」


「ずいぶん上からの言い方だな…」


「じゃあやめましょうか?」


「いや!

いいよ、上からでいい。

いいからおれと来てくれ、橘」


そう心の中の俺はよっしゃっ!

とガッツポーズをしたのだった。

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