第17話 大雅と匠の出会い。

高校三年の春、大雅はスティーブ・ヴァイに出会った。


もちろん、本当に出会ったわけじゃない。YouTubeの片隅に埋もれていた「Zeus in Chains」やPolyphiaと共演した「ego death」のライブ映像、あの二本の動画が、大雅の人生を変えたのだ。それからはスティーブ・ヴァイの昔の曲も聴き漁った。


彼のギターは、弦じゃなくて感情を震わせているように聴こえた。激しく、繊細で、狂気じみた美しさを帯びた旋律が、大雅の胸に突き刺さった。目の前の安っぽいストラトキャスターが、突然、手に余る聖剣のように感じられた。


「こんな風に弾けたら、世界が変わるかもしれない」


大雅はその日から、ギターを神聖なものとして扱うようになった。


放課後、誰もいない音楽室。埃をかぶったエフェクターと、備品のアンプ。誰にも聴かせることのない、へたくそな練習。指先の皮は破れ、時に血が滲んだ。でも、それでも止められなかった。


「スティーブ・ヴァイみたいに弾けるようになりたい」


それは夢じゃなくて、祈りだった。


「へぇー、ヴァイが好きなんだ。格好いいよな」


放課後の音楽室。アンプからわずかに歪んだトーンが鳴り響いた後、ドアの向こうから声がした。


長山匠、同じクラスの男子で、背が高くて、いつも無造作に髪を結んでいる。普段はあまり話さないが、なぜか今日は躊躇なく中に入ってきた。


「俺はドラムの方が好きだけど」


そう言って、匠は手にしていたスティックを軽くくるくると回した。どうやら、彼もこの音楽室を密かに使っていたらしい。雨宮大雅は、ギターを抱えたまま少し戸惑った。


「ドラム、叩けるの?」


「まあな。バンド組もうと思って。まだメンバーいないけどさ」


匠は笑った。何でもないように、けれど真っ直ぐに。ギターの神様を崇めていた大雅にとって、その言葉は不思議と耳に残った。


「お前、ギター弾けるんならさ、一緒にやってみねぇ?」


その一言が、大雅の人生を、音楽を、そして“自分自身”を変える最初のリフになった。


それから、何度か放課後に音楽室で会うようになった。

大雅はギター、匠はドラム。

誰に言われるでもなく、自然とそんなふうに時間を共有するようになった。


「やっぱ、お前、ギター上手いな」


スネアとバスを軽く鳴らしながら、匠が言った。


「そんなことない。まだ全然……」

思わず視線をそらす。


「謙遜か? それとも本気で言ってんのか?」

匠はニヤリと笑う。

その顔が、悪戯っぽくて少しだけ羨ましかった。

自信って、どうやって持つもんなんだろう。


「曲、作ったりすんの?」


「うん、ちょっとだけ。コード進行とか、思いついたメロディとか、スマホにメモしてる」


そう答えると、匠の目が少し真面目になる。


「聴かせてよ。もしよかったら、それで一曲作ってみようぜ」


その一言に、胸がちょっとだけ高鳴った。

誰かに自分の音を聴いてもらうなんて、今までなかった。

ましてや、それを“バンド”で形にするなんて。


「あのさ」


気づいたら、大雅は口を開いていた。


「……匠は、なんでバンドやろうと思ったの?」


スティックの先でリズムを刻みながら、彼は少し考えて、やがて、ぽつりと答えた。


「中学のとき、友達が学園祭ライブやっててさ。楽しそうだったんだよ。

なんつーか……音で誰かと繋がるって、かっけーなって思って。

それだけ。深い理由はないよ」


理由なんて、そんなものでいいのかもしれない。でも、その“それだけ”が、自分にはなかった。


大雅にも、何か見つけられるんだろうか。

音楽を通して、誰かとちゃんと向き合えるような、何かを。


「じゃあさ」

大雅は、スマホの録音アプリを開いた。


「これ、昨日思いついたリフ。短いけど……聴いてみて」


匠はイヤホンを片耳に差し、

もう片方を大雅に渡した。

ふたりで同じ音を聴く。

それだけで、なんだか少し、世界が変わった気がした。


「なあ、大雅」

匠がぽんとアンプの上に腰をかけて、ニヤリと笑った。


「地元のライブハウスでさ、熱狂的ファンがいるバンド、グリードファントムって知ってる?」


大雅はギターの弦を軽く爪弾きながら、目だけで応えた。


「……まあ、名前くらいは」


「俺らでさ、そのグリードファントムのカバーやったら、文化祭で、みんなの度肝抜けんじゃね?噂じゃヴァイのギター使ってんだぜ、ヤバくね」


匠の声は軽いが、どこか本気だ。

大雅は思わずため息混じりに呟いた。


「そんな自信ねぇよ。だって……全校生徒、五百人ぐらいいんだぞ。ステージ、逃げ場ねぇし」


匠は笑ったまま、大雅の背中をドンと叩いた。


「気持ちで弾いて、気持ちで歌え」

目がまっすぐだった。


「【3グラムの嘘と5グラムの恋】グリードファントムって、まさに“知る人ぞ知るバンド”って感じだろ? 俺、ああいう音好きなんだよ。だからさ、やろうぜ」


「……歌うのも、俺?」


「もちろん」


「叩くのはドラムだけにしとけよ。人の背中まで叩くなっての」


「いや、これも大事なリズムだろ?」


匠はまた笑った。

大雅は渋い顔をしながらも、ギターを抱え直す。否定しきれない自分が、どこかにいた。


音楽室の窓の外、夕日が差し込んで、ギターのボディがほのかに赤く染まっていた。


機材トラブル。

匠のアンプがうまく音を拾わない。

リハの時は何ともなかったのに、肝心の本番でまさかの沈黙。


焦る匠の背中をよそに

体育館に、ギターの音がジャカジャーンと鳴り響いた。


大雅の手が、ためらいもなくコードをかき鳴らしていた。


「しゃあねーな。『気持ちで弾け』……だっけか?」


マイク越しに、やや照れた声が観客席に届く。


「一曲目は、自作曲、TIME TO COME AROUNDで繋いでやるよ。ここが、俺たちの原点だ」


ステージ袖がざわつく。

体育館のしょぼい照明が、逆に彼のギターを浮かび上がらせる。

思わず漏れる歓声。


「きゃー! 大雅くーん、かっこいいー!」

「こっち見てぇ!!」


手を振る女子、生徒会の男子も目を見張る。

匠は笑いながら、なんとかアンプのジャックを差し直した。

ようやく音が復活する。


「……やっぱお前、やるときはやるな

いつか、その曲1万人の前でやろうぜ(笑)」


息を弾ませながら、匠がドラムセットに戻る。

スティックを握り直し、アイコンタクトを送る。


「次は、グリードファントムの……あの曲だ。

一緒にいくぞ!」


スティックが宙を舞う。

カウントが入る。


「ワン、ツー、スリー、フォー!」


爆音が体育館を震わせた。

グリードファントムの曲が始まる。

けれどそれは、ただのカバーじゃなかった。

匠と大雅、二人の魂がぶつかり合う音、

ミーティアライトの誕生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る