16.カップル大作戦(二)

俺はペルフィと肩を並べて、この異世界の街——フランケルの中央広場を歩いていた。


石畳の広場は思ったより広くて、中央には巨大な噴水がある。水は魔法で浄化されているらしく、虹色に輝いていた。周りには露店が並んでいて、焼き菓子やアクセサリー、謎の光る石とか売っている。空中には何故か浮遊している看板があって、「本日特価!竜の鱗!」とか書いてある。


竜の鱗が特価って、この世界の経済どうなってるんだ。


「……まさか演習って言うから練習かと思ったら、いきなり本番なのかよ!」


俺は心の中で叫んだ。てっきり店の中で「じゃあ手を繋ぐ練習から」とか、そういう段階的なものだと思ってたのに、ペルフィは「じゃ、行きましょう」って俺の腕を掴んで外に引っ張り出したんだ。


しかも二人とも、この微妙な雰囲気のせいで会話が続かない。ただ黙って並んで歩いているだけ。気まずい。超気まずい。


仕方ないから俺は周りをキョロキョロ見回した。異世界観光って感じだ。


広場の端には巨大な時計塔があって、なぜか針が13本ある。12時間制じゃないのか?いや、でも昨日エルスが24時間制って言ってたよな。じゃあこの13本目は何だ。秒針にしては動きが変だし。


「それにしても、結構変なものが多いな。異世界っぽくていいけど」


思わず呟いた。


「そうね、私も精霊の森で育ったから、初めてここに来た時は同じこと思った——」


ペルフィが相槌を打ちかけて、急に止まった。


「待って、但馬は人間でしょ?なんで人間の街の建築物に新鮮さを感じるのよ。そもそも異世界って何?」


やばい、つい口が滑った。


いや、でも前から思ってたんだけど、なんで異世界転生の主人公たちって必死に自分の正体を隠すんだ?普通に「実は異世界から来ました」って言えばいいじゃん。


ああ、でも確か面倒なことに巻き込まれるとか、実験台にされるとか、そういう理由があったような……やっぱり黙っておこう。


ペルフィは俺をじっと見つめて、顎に手を当てて考え込んだ。


「そういえば前から気になってたんだけど、但馬って本当に名前なの?こんな名前の人、聞いたことないわよ。顔つきもこの辺の人っぽくないし……あ、そうだ。確か遠い東の方に変な名前の人が多い国があるって聞いたことがある」


ああ、来た来た。異世界転生あるあるの「なぜか日本っぽい国が存在する」設定だ。ヨーロッパ風ファンタジー世界なのに、都合よく侍とか忍者とか出てくるアレだ。


じゃあ、それに乗っかろう。


「ああ、俺はその国の出身だよ」


「へえ、本当だったんだ。でも、その国って今鎖国中じゃなかった?但馬は特使か何か?」


特使がカウンセリング店なんか開かないだろ。


「いや、鎖国前に出てきただけだよ」


「え?でも鎖国って200年前から——」


「その話は今度な」


「なんで隠すのよ!ミステリアスなのはいいけど……あ、そうだ。但馬のフルネームは?その国の人は苗字も変わってるって聞いたけど」


「丹波」


「ちょっと待って」


ペルフィが立ち止まった。そして数秒考えてから、突然吹き出した。


「苗字も名前も、両方タンバなの!?」


そうだよ!何か問題でもあるのか!


「親が名前つける時、本来は丹波但馬たじまにするつもりだったんだけど、『たんばたんば』の方が面白いからってそうしたんだよ!」


ペルフィは腹を抱えて笑い始めた。


「じゃあ、これから『タンタン』って呼んでいい?」


「ダメだ!変すぎる!」


「何よ、可愛いじゃない」


「絶対ダメ!」


「じゃあ『ばば』は?」


「もっとダメだ!ばばあはエルスだろ!」


「え!?」


ペルフィが驚いた。


「エルスさんをばばあって!確かに銀髪だけど、そんな言い方——」


「あ、いや、その……」


しまった、つい本音が。


「但馬とエルスさんって、本当にただの同僚なの?」


手刀で殴られたり、トイレ封印されたり、ろくなことを考えつかなかったり……


「まあ、色々あってな」


俺の疲れた表情を見て、ペルフィは何か察したらしい。


「ああ、なるほど。タンタンとエルスさんはそういう関係なのね」


おい、何を勘違いしてるんだ。


「だからタンタンって呼ぶな!」


「あ、タンタン!あそこの噴水、光ってるわよ。コイン投げて願い事すると叶うんだって!」


「へー、すごいなー」


完全に棒読みだった。こんなベタな設定、驚くわけないだろ。それに俺、金持ってないし。ペルフィに出してもらうのも気が引ける。昨日の食材も酒も全部彼女持ちだったし。


エルスから借りるか。でもこの距離で精神感応通じるかな。


試してみたが、通じなかった。


そうだ、魔法がある。


俺は咨询室に置いてあったフランケル観光ガイドを思い浮かべて、小声で呟いた。


「サモン」


ポンッと手に雑誌が現れた。


「なんで急にそれ出すの?」


ペルフィが不思議そうに見ている。


これは実験だ。本番はこれから。


俺は目を閉じて、コインの形を思い浮かべた。エルスのポケットから直接……


「サモン」


何も起きなかった。


手を見ると、空っぽだった。


はあ、やっぱりか。そんなに都合よくいくわけないよな。


でも待てよ。あいつ、ポケットになんか金入れてないかもしれない。もっと別の場所……


そうだ!


俺は目を閉じて、エルスの光る繭——いや、魔法製寝袋を思い浮かべた。あいつ、絶対あそこに私房钱隠してるはずだ。


「サモン」


手に重みを感じた。


目を開けると、金貨が10枚も!


やっぱりな、隠し場所なんてそんなもんだ。


「よし、願い事しよう!」


噴水の前には数人並んでいた。俺たちも列に加わり、順番が来たらペルフィに金貨を一枚渡した。


コインを投げ込んで、目を閉じる。


頼むから面倒事が起きませんように。平和に過ごせますように。


目を開けると、ペルフィも願い事を終えたところだった。なぜか頬を赤らめて、小さく微笑んでいる。


「何願ったんだ?」


「秘密よ」


まあいいか。


俺は観光ガイドを開いた。噴水の説明を読んでいると……


ん?


噴水の先は……ラブ……ホテル街!?


なんで異世界にラブホがあるんだよ!しかも堂々と中央広場の隣に!風営法とかないのか!


その時——


「……レ」


ペルフィが震え声で呟いた。


「レ?」


「レオンとルナが……い、いる!」


俺が顔を上げると、確かにあの二人が並んで歩いていた。


向かっている方向は……


ラブホテル街。


……マジかよ。

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