8.告白から殺人宣言へ(二)
はい、もう次の日の朝です。
扉が勢いよく開いた。また蹴破られた。修理費どうするんだよ。
昨日ペルフィが颯爽と出て行ってから、俺は一応エルスにこの世界の設定について聞いてみた。驚くことに、この世界は思ったより俺の元いた世界と似ていた。文字は同じ、時間の概念も同じ、季節も春夏秋冬。新年もあるらしい。今はちょうど春。
ただ、どこもかしこも頭のネジが外れてるような奴ばかりという点を除けば、だが。
「ペルフィさん、落ち着いて」
エルスが優しく声をかけながら、ハンカチを差し出した。
「何があったんですか?」
「ひぐっ……それが……それがああああ!」
ペルフィは鼻をかみながら、昨日の出来事を語り始めた。
「まず、最大の問題は……」
彼女は拳を握りしめた。
「レオンとルナが一日中くっついてたの!」
「……は?」
「朝から晩まで!ずーっと!『ルナ、この書類見てくれる?』『はい、レオンさん』『ルナ、装備の確認を』『もちろんです、レオンさん』って!」
ペルフィが机をバンバン叩く。
「私が近づこうとすると、なぜかいつもルナが現れるの!まるで見張ってるみたい!」
『あー、これは……』
俺とエルスは心の中で同時に呟いた。
『完全にマークされてるな』
『ルナさん、意外と策士ですね』
「それで、どうしたんですか?」
俺が聞くと、ペルフィの顔が少し赤くなった。
「だ、だから……夜まで待ったの」
「夜?」
「お風呂!」
ペルフィが叫んだ。
「男湯の前で待ち伏せすれば、絶対に一人になるでしょ!?」
——おい、それストーカーじゃないか。
「で、隊長が出てきたら、タオル一枚の無防備な状態のところを——」
「待て待て待て!」
俺は慌てて止めた。
「それ、完全に犯罪だから!」
「違う!違います!」
ペルフィが顔を真っ赤にして否定した。
「ただ、偶然を装って、そこにいるだけで——」
「それを待ち伏せって言うんだよ!」
「と、とにかく!」
ペルフィが話を続けた。
「男湯の前で待ってたら……なぜかレオンが出てこなくて……」
嫌な予感がする。
「それで、様子を見に行ったら……」
ペルフィの声が震え始めた。
「レオンが外出してた」
「外出?」
「しかも……」
彼女の顔が急激に暗くなった。
「ルナも、いなかった」
……
……
……
『これ、まさか……』
『デートですね』
『完全にデートだな』
『二人きりで夜の街に……』
『ロマンチックですね』
『いや、そこ感心してる場合じゃないだろ』
エルスと俺の脳内会話が加速する。
「そ、それで?」
俺は恐る恐る聞いた。
ペルフィの表情がさらに暗くなった。いや、もはや般若のような顔だ。
「私、思ったの」
声が低い。怖いくらい低い。
「きっと、すぐ帰ってくるって」
「……」
「だから、レオンの部屋の前で待つことにしたの」
「部屋の前で?」
「そう。ドアの横に座って」
ペルフィが虚ろな目で続けた。
「一晩中」
「一晩中!?」
俺とエルスが同時に叫んだ。
「一晩中、座ってた」
「……」
「でも、帰ってこなかった」
……
……
『これ、完全に……』
『お泊まりですね』
『しかも、ペルフィに内緒で』
『最悪のパターンじゃないか』
ペルフィの顔色が土気色になっていく。
「朝になって……」
彼女の声がさらに低くなった。
「レオンだけが、帰ってきた」
「レオンだけ?」
「そう。しかも……」
ペルフィが歯を食いしばった。
「すごく、疲れた顔してた」
!!!
『ちょ、ちょっと待て!』
俺の脳内が大パニックになった。
『まさか、本当に……』
『いや、でも、ラノベとかアニメの主人公って、そういうことしないだろ?』
『でも、疲れた顔って……』
『いやいや、きっと夜通し話してただけだよ!健全に!』
『そうですよね!きっと星を見てただけですよね!』
『でも、一晩中って……』
『手、手を繋いだくらいじゃないですか?』
『いや、それでも十分アウトだろ』
エルスが慌てて話題を変えた。
「そ、それで!ペルフィさんは何をしたんですか?私たちの作戦通りに?」
ペルフィが泣きそうな顔で頷いた。
「したわよ……でも……」
「でも?」
「魔法を、間違えた」
「間違えた?」
ペルフィが頭を抱えた。
「一晩中起きてたから、頭がぼーっとしてて……」
彼女は震える声で続けた。
「『クール・マインド』の呪文を唱えるつもりが……」
「まさか……」
「『コールド・ハート』を唱えちゃった」
——は?
「コールド・ハート?」
「感情を凍らせて、冷酷になる魔法」
ペルフィが絶望的な表情で説明した。
「暗殺者とかが使う魔法なの。感情を殺して、冷静に任務を遂行するための……」
俺とエルスは顔を見合わせた。
なんでそんな物騒な魔法知ってるんだ、この子。
「それで、どうなったの?」
エルスが恐る恐る聞いた。
ペルフィが震え始めた。
「最初、作戦通りレオンをじっと見つめたの」
「うん」
「でも、なぜか彼、めちゃくちゃ怯えてて……震えてた」
そりゃそうだろ。冷酷な目で見つめられたら。
「それで、『何か言うことはないの?』って聞こうとしたら……」
ペルフィが顔を覆った。
「『貴様、何か言い残すことはあるか?』って言っちゃった」
「……」
「レオンが『ペ、ペルフィ?その、怖い目で見ないでくれる?』って言ったから、『あなたこそ見てたでしょ?』って返そうとしたら……」
「……したら?」
「『お前がやったんだろう』って言っちゃった」
何をやったんだよ!
「レオンがもっと怯えて、黙り込んじゃって……」
ペルフィが深呼吸した。
「だから、褒めようと思ったの。『あなたの|指揮が好き』って」
「それで?」
「冷たい声で『お前の指揮が好きだ』って聞こえたらしくて」
「彼が『し、死期!?』って言っちゃった……』
……噓だろ。
「レオンが真っ青になって『昨日帰らなかったのが悪かったの?本当に何もしてないから!ルナとは偶然会っただけで』って必死に弁解し始めて……」
『やましいことがあるから弁解してるんじゃ……』
『いや、死期とか言われたら誰でも弁解するだろ』
「それで、『君が守ってくれるところが好き』って言おうとしたら……」
ペルフィの声がさらに小さくなった。
「『君が迷ってるところが好き』って言っちゃった」
あ……
いやこれ完全に煽ってるじゃないか!感情面で優柔不断だって皮肉ってるようにしか聞こえない!
「レオンの顔が、もう……なんていうか……」
ペルフィが涙目になった。
「それで、最後に告白しようと思ったの」
「おお!」
「でも、恥ずかしくて……」
ペルフィが顔を真っ赤にしながら説明した。
「魔法のせいで冷酷な口調になってるのは分かってたけど、でも『好き』って言葉を言おうとしたら、急に恥ずかしさが爆発して……」
「それで?」
「魔法に逆らおうとしたの。恥ずかしさを打ち消すために、正反対の言葉を頭の中で必死に考えて……『嫌い』とか『憎い』とか……最終的に『殺したい』まで考えちゃって……」
ペルフィが頭を抱えた。
「魔法と恥ずかしさが脳内でケンカしてる感じで、もうぐちゃぐちゃで……」
「は?」
「そしたら、ちょうど魔法の効果が切れかけて……」
ペルフィが涙目になった。
「『好きです、殺したいです』って言っちゃった」
……
……
……
沈黙が、部屋を支配した。
重い、とてつもなく重い沈黙が。
「なんでそんな魔法があるんだよ!」
俺はついに爆発した。
「冷静になる魔法ならまだしも、なんで冷酷になる魔法なんか使うんだよ!?しかも、この一連の発言、ツンデレじゃなくてヤンデレだろ!完全に病んでるじゃないか!相手は恐怖しか感じないだろ!」
「分かってる!分かってるわよ!」
ペルフィが泣き叫んだ。
「だから、レオンは『あ、忘れ物を取りに』って言って逃げ出して……」
彼女の顔がさらに暗くなった。
「私、追いかけたの」
「追いかけた?」
「彼が前を走って、私が後ろから……」
完全にホラーじゃないか。
「追いかけながら、必死に説明しようとしたの」
「説明?」
「そう!誤解を解こうと思って……」
ペルフィの顔が青ざめた。
「『待って!』って言おうとしたら、『逃げるな』って出ちゃって」
「……」
「レオンがもっと速く走り始めたから、『誤解なの!』って叫ぼうとしたら……」
「……したら?」
「『無駄だ』って言っちゃった」
完全に追跡者じゃないか!
「それで、『話を聞いて!』って言いたかったのに、『観念しろ』って……」
ペルフィが涙目になった。
「レオンが振り返って『ペルフィ、落ち着いて!』って言ったから、『大丈夫、冷静よ!』って返そうとしたら……」
「まさか……」
「『もう遅い』って言っちゃった」
いやこわ、これ怖すぎだろう!?
「最後に、『違うの、本当に好きなの!』って叫ぼうとしたら……」
ペルフィが顔を覆った。
「魔法がまだ残ってて、『逃がさない、絶対に、すきだから!!!』って出ちゃって……」
「……」
「レオンが全速力で角を曲がって、見えなくなっちゃった」
ペルフィがぐったりとソファに沈み込んだ。
「きっと今頃、私のこと完全にヤバい女だと思ってる……」
「でも、一晩中起きてたから体力がなくて……途中で諦めて……」
ペルフィがぐったりとソファに沈み込んだ。
「気づいたら、ここの前にいて……」
俺とエルスは、再び顔を見合わせた。
これは……どうフォローすればいいんだ。
しばらくの沈黙の後、エルスがペルフィの頭を優しく撫でた。
「ペルフィさん」
「……なに?」
エルスが微笑んだ。
「…料理、できますか?」
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