第45話 萌と日和②(日和Side)




「も、萌……ごめん、あたしはそんなつもりで言ったんじゃなくて……」


 萌の珍しい表情に戸惑い、あたしは自分でも分かるくらいにしどろもどろだった。その様子を見かねたのか、次の瞬間には彼女の顔色はいつも通りに戻っていた。


「あ、もしかして日和先輩、もうお兄ちゃんから何があったのか聞いちゃってたりする?」


 もう少し段階を踏んでから本題へ入ろうと思っていたあたしの算段は、いとも簡単に瓦解してしまう。思いあたる次の行動は、謝罪しかなかった。


「あ、あの、その……ごめんなさい……」


「別に謝んなくっていいって! 心配かけちゃったのは萌だし、キラリと日和先輩にはいつかちゃんと話さなきゃなーとは思ってたから……」


「そ、そうなんだ……」


「あぁ〜、だから今日は珍しく誘ってくれたのかぁ〜。日和先輩って意外と空気読めるんだねぇ〜?」


 取り繕うように、おちょくるような声を上げる萌。彼女なりにこの場を和ませようとしてくれたことを頭では分かっていても、不覚にも少しだけイラついてしまった。


「……それ、馬鹿にしてる?」


「あはは〜違うよぉ〜、また怖い顔しないでぇ〜」


「萌の方こそ、怒らないの? あたし、勝手に萌のプライベートなこと聞いちゃったのに……」


 あたしの不安をかき消すように、萌はきょとんとした顔で始める。


「え? だってこうして誘ってくれたってことは、そのこと聞いても萌のこと、変な子だって思わないでいてくれたってことでしょ? やっぱ日和先輩は萌の理解者なんだなぁって思えて逆に嬉しいくらいだし」


 あたしは、萌のことを理解しているだなんて傲慢なことは全く思ってない。でも、本人の口からそう言って貰えたことは、身体のあちこちがむず痒くなるくらいに、嬉しかった。


「そっか……」


「アレレぇ〜、日和先輩なんかニヤけてなぁい?」


 したり顔で下から覗き込むように見つめてくる萌に、あたしは咄嗟に顔を逸らした。


「べっ、別に、ニヤけてなんか、ない。ただ、ちょっと、ほんの少し、嬉しかっただけ……」


「日和先輩……可愛いが溢れ過ぎてちゅーしたい……」


 とろんととろけそうな萌の表情に、あたしの背筋に悪寒が走る。


「は!? 何言ってるの!?」


「もぉ冗談だよぉ~。ま、半分はだけど」


「どこまでが本心なのか分かんないから……」


「全部本心だよ? 萌、嘘つくのもつかれるのも嫌いだし」


「でもあたしたち、女の子同士だし……」


「大丈夫だって、日和先輩にちゅーしたいって感覚はねぇ~、ペットとか赤ちゃんにしたくなるのと一緒だから!」


「それはそれで反応に困るけど……それに、あたしのほうが先輩なのに……」


「だって日和先輩超かわいいんだもん。こんなこと自分で言っちゃうのもなんだけどさ、萌はちょっとキャラ作ってるとこあるけど、日和先輩は自然に、素のままで可愛いから。だからやっぱ、羨ましいって思っちゃうんだよ……」


「キャラって何……? みんな、そんなの作ってるの?」


 青天の霹靂って、こういう時に使う言葉なんだと思った。


「ほらほらぁ~、そういうとこだよ日和先輩? 薺先輩はわかんないけど、キラリだってあんな顔して意外に腹黒だし、茶谷先輩もきっと、実際は真面目なだけじゃないと思うなぁ」


「よく見てるんだね……あたしはそういうの、全然わかんない。でもそっか、だから振られちゃったのかな……」


 ぼそりと、今は必要のない本音が無意識のうちに流れ出た。


「え……? フラれたって、誰に……?」


 まるで埋蔵金でも発見したかのような興味津々の萌の両手が、あたしの両肩を掴んだ。


「い、今のなし! 忘れて!」


「忘れませーん! そこまで言ったなら潔く吐いて楽になっちゃいなよぉ~?」


 既にガッチリとホールドされていたあたしに、逃げ場なんてなかった。


 全てを吐き出したあたしに、萌は目をうるうるとさせながら共に悲しんでくれた。


「ぐすん……日和先輩も、いっぱいいっぱい辛かったんだね……」


「なんで萌のほうが泣いてるの?」


「だって、だって、そんなの悲しすぎるんだもん……でも日和先輩なら、きっと次はいい恋できるよ。うん、きっと……」


「本当は今日、あたしが萌を励まそうとしてたのに……」


「萌はお兄ちゃんと一緒にいられない訳じゃないけど、日和先輩は次いつその人と会えるかも分からないんでしょ?」


「うん……でも白鳥くんに会いたいって気持ちは、前よりは随分薄くなった気がする。それもこれも、漫研のおかげなのかな」


「でも、辛くなったらいつでも言ってね? どこにいても萌がすぐに駆けつけるから」


「…………ありがとう……」


 これがたとえ社交辞令だとしても、あたしにはその言葉だけで十分だった。自分の為に泣いてくれる存在がいるという事実に、ついこっちまで泣きそうになってしまうから、それを堪える方が骨が折れた。


 しばらくして泣き止んだ萌は、もはや安心すら覚える笑顔を向けて言う。


「じゃあ、今日から萌と日和先輩は失恋仲間だね?」


「それ、なんか悲しくならない?」


 あたしの苦言を受けた萌は、人差し指を顎に添え、斜め上を見つめてしばし考え込んだ。


「んー、じゃあさ、頑張ろう仲間は?」


「ぷはは……なんか子供っぽい……けど、いいかもね。頑張ろう仲間……」


「じゃあ、そうと決まれば明日からもまた頑張ろう〜!!」


「うん……ありがと、萌」


「萌の方こそありがとうだよ。漫研を作って、日和先輩と仲良くなれてホントに良かったって、今めっちゃ思ってるもん。だからね、これからも萌とずっと仲良くして下さい……せんぱい……?」


 珍しく律儀に頭を下げてから、こちらを恥ずかしそうに見上げた後輩の姿に、あたしの胸の内が熱を帯びていくのを感じた。


 この日あたしは、なんでも話し合える友人がいることで、こんなにも心が軽くなることを知った。


 この時を境に、あたしは過去を受け止め、前に進むことができていたのかもしれない。

 

 次はこの友人と、楽しい記憶を共有したい。そんなことすら思えるくらいに――。




 ――――――――――――――――


 あとがき


 4/20より新連載を始めました。

『いとこの美人お姉さん宅に僕が居候すると知ってヤンデレ化した天才幼馴染が重メロい件について』


https://kakuyomu.jp/works/2912051597868337507


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