スミレは可憐に返り咲く~絶望から救ってくれたのは、異世界の王女様でした~

緋色こあ

プロローグ


―――ノルスタシア王国、魔術協会王国支部。


国政や宗教に関与しない独立魔術機構として各国に存在し、所属する魔術師たちは日々研鑽に励んでいる。

ノルスタシア王国内における魔術協会には、いくつもの研究棟や演習場が立ち並び、その中でもひと際大きく堅牢な建物である本館には多くの人々が行き交っていた。


本館の最上階には魔術師長の専用フロアがある。

広い執務室には専門書や重要書類がこれでもかと収められ、入りきらないものは床に堆く積み上げられている。

その部屋の窓辺に、一人の女性がうなだれるように座っていた。

金糸のような美しい長髪を陽射に透けさせて、ラピスラズリのような青い瞳は瞬きを忘れたようにある一点を見つめている。憂いを帯びた彫刻のように整った顔で「スミレ…」と呟くその声すら、耳に残る余韻を帯びていた。

彼女は手に持ったコンパクト型の魔道具をじっと覗き込んでいる。


『私もう…どうやって生きていけばいいのかな、お父さん…』


コンパクトから聞こえてくるのは、女性のか細い嘆き声。

今にも消えてしまいそうな弱々しい声に彼女の表情は悲痛に歪み、何度も指先でコンパクトを撫でる。


「もうすぐ、もうすぐ救い出してみせるから…あと少しだけ耐えておくれ」


彼女はとうに決めている。

己の知識と技術と魔力すべてを注ぎ込んで、このディメンションスコープに映る一人の女性を救い出すと。


このまま何もせずに消えてしまうくらいなら、望まれずとも手を差し伸べる。それが、交わるはずのない異なる世界に攫ってしまうことだとしても。傲慢だとも、エゴだとも彼女は理解している。

それでも、この悲しみに沈む女性の笑顔がもう一度見たいと強く願った。

いつの日か見た、可憐な花が咲くような笑みを彼女は脳裏に夢想する。


コンコン、と静かな部屋にノックの音が響き渡った。

一呼吸おいて「入れ」と彼女が告げると、彼女と同じ白金を基調とした制服を身に着けた男が緊張感を漂わせながら入室した。


「失礼します。本部より師長幹部がお見えになりました」


「わかった、すぐに行こう」


彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、名残惜しそうにコンパクトを閉じる。

そうしてテーブルの上に置くと、気持ちを切り替えるように金の髪に手を入れて靡かせた。柔らかなウェーブの掛かった髪が光を帯びて宙を舞う。

瞬きをして開かれた瑠璃色の瞳には、既に確固たる強い意志が宿っていた。


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