魔法少女は働かない

詩央

ハートラヴァー

 秋晴れが涼しい朝、紺のブレザーに赤いリボン。灰色のスカートと茶色のボブヘアを風になびかせながら、春日井かすがいひまりは軽やかに歩いていた。

 ひまりは、明るくて元気な中学二年生。友達も多く、先生からの信頼も厚い。誰が見ても「快活で真面目な優等生」だ。

 しかし、彼女には秘密がある──


 通学途中、友達と肩を並べて笑いながら歩くひまり。


「そう言えば、昨日も街に怪人が出てたね!魔法少女が直ぐに退治しに来ててカッコよかったぁ!」

「ふ、ふーん。そうなんだ、凄いねぇ」

 目を輝かせながら語る友達に、ひまりは何故か苦笑いで返す。

 怪人、怪獣──どこかから自然発生したり、強い悪意を持った人間が変異したりして、人や街を襲う災害そのものである。

 それらから人々を守るのが、魔法少女。文字通り魔法を使ったり、中には肉弾戦で戦う魔法少女も居る。彼女達は、“魔法妖精”と呼ばれる存在と契約し、力を授かることで魔法少女に変身出来るというが、彼女たちの普段の姿を知るものは居ない。

 もしかしたら、今隣にいる人が魔法少女──ということも十分有り得るわけだ。


「それにしてもひまりって元気だよねー。今日の体育の持久走とか余裕そうだったし」

「そ、そんなことないよー!ヘトヘトだったよ!」


 そう言いながらも笑顔で手を振るひまりに、周囲の子たちは自然と元気をもらう。教室でも、ノートを忘れた友達にさっと貸してあげたり、先生に「春日井はいつも真面目だな」と褒められたり。誰が見ても模範的な中学生だ。


 ……放課後までは。


 夕方、家に帰るや否や制服を脱ぎ捨て、くしゃくしゃな部屋着に着替えてベッドに転がり込むひまり。手にはゲーム機のコントローラー、傍らにはポテチと炭酸ジュース。部屋はすっかりくつろぎ空間だ。


「ふー、やっと帰れたー。体育で持久走とかマジ死ぬし。あたし今日一日ほんと頑張ったと思うんだよね」


 ひまりの秘密その一。彼女は、非常に自堕落であった──


 ゲームを操作するひまりの肩に、トカゲのような小動物がぴょこんと飛び乗る。


「頑張ったのは分かったけど、ひまり! 今日も怪人が街に出てるんだキュン!」


「えー、もう疲れたよー。魔法少女とか無理ー」


「無理じゃないキュン! お前は選ばれた魔法少女、ハートラヴァーなんだキュン!」


 ひまりの秘密その二。春日井ひまりは何を隠そう、魔法少女だった。

 りんごのような赤い体に、小さな羽でふわふわ飛んでいるこの小動物は、彼女と契約している“魔法妖精”キュエルンである。


「でもさぁ、今ボス戦の途中だし」

「ゲームのボスより、現実の怪人を倒す方が大事キュン!」

「……」


 ひまりはコントローラーをカチカチしながら、聞く耳を持たない。キュエルンは可愛らしい丸い瞳をしょんぼりさせる。


「ひまり、どうして……昔は元気に怪人退治してたキュン……」

 一度ゲームをポーズメニューにしてコントローラーを置き、ひまりはため息を吐きながら答えた。

「あのさぁ、確かに最初の頃は憧れの魔法少女になれたってはしゃいでたよ。でもさ……」

「でも?」

「どれだけ怪人や怪獣を倒しても!街や人を守っても!なんの報酬も無いじゃん!疲れるだけだし!ゲームする時間は減るわ、成績も落ちるわでやってらんないよ!」


 魔法少女は正体を知られてはならない──そんな鉄の掟などお構いなしに大声で怒鳴るひまり。キュエルンは唖然としながら、

「な!なんてことを言うキュン!魔法少女はやりがいのある仕事だキュン!人々の称賛が何よりも大きな報酬だキュン!」

「なんだそのやりがい搾取!ブラック企業か!」

「とーにーかーくー!今も怪人が暴れているキュン!ハートラヴァー出動だキュンー!」

 ツッコむひまりを小さな体で無理やり引っぱるキュエルン。こうして渋々魔法少女ハートラヴァーは街へと向かった。


 ─────


 街の広場では怪人が暴れており、悲鳴が上がる。ビルの影からひょっこり顔を出したひまりは、欠伸混じりに呟いた。


「うわー、強そー。今日は体育で持久走して疲れてるし、私じゃたぶん勝てないわー。他に任せとこ」


 建物の裏に隠れた瞬間、街頭ビジョンからアナウンサーの声が響いた。


『おおっと! ここで魔法少女サンシャインミントが登場! 颯爽と一撃で怪人を吹き飛ばしたー!』


 観衆の歓声。ビジョンの映像では、オレンジの髪と衣装の魔法少女が大きく映されている。ひまりは近くの自販機で買った缶ジュースを開けた。


「ほらね。私いらな~い」


「なにが“ほらね”だキュン!」


 ─────


 また別の日。キュエルンは必死だ。


「ひまり! 今日こそ戦うんだキュン!」


「その前にトイレ。お茶飲みすぎたかも~」


 街頭ビジョンには、別の魔法少女が華麗に戦う姿が映る。


『ルミナススターの活躍だ! 今日も街は守られたー!』


 ひまりは手を洗いながら口笛を吹いた。


「解決解決。はい終了~」


 ─────


 さらに別の日。コンビニ前のベンチで、スマホを充電しながらスナック菓子をつまむひまり。


「いやー、スマホ切れたら死活問題だし? 世界救う前に充電でしょ」


『おっと、今度はシャイニングルビーが怪人を撃破だー!』


「ほら見ろ。みんな頼れるわ~」


 キュエルンは泣きそうだった。


 ─────


 またある日は、宿題を広げながらため息をつくひまり。


「いやさ、私だって学生だし? 宿題残して死んだら先生に怒られるから」


『ブレイジング・サファイアが勝利したー!』


「はい解決」


 ─────


 そのまた別の日は、スマホ画面を見つめて慌てる。


「やばっ、推しの配信始まる!今日は絶対無理!」


『ゴールデン・フレアが大活躍!』


「ほらね、推しも街も守られて最高じゃん」


 ─────


 雨の日。窓の外を見て肩をすくめるひまり。


「えー、髪濡れるし。今日は無理~」


『アクア・ブルームが怪人を浄化したー!』


「おつかれさまー、風邪ひかずに済んだわ」


「そろそろ真面目に働くキュン!」


 ─────


 だがその翌日。駅前に出現したのは、これまでとは比べものにならない巨大怪獣だった。地響きと共に建物が崩れ、複数の魔法少女が必死に挑むも次々吹き飛ばされていく。


『これは強い!魔法少女たちも大苦戦! このままでは──!』


 ひまりは唇を噛んだ。胸の奥で、かつての記憶がよみがえる。


 魔法少女になりたての頃。恐怖に震えながらも必死で戦った自分。誰かを守れた時の達成感。キュエルンが「すごいキュン!」と褒めてくれた日のこと。あの頃は確かに、やりがいを感じていた──。


「……ヤバいじゃん、これ。私が行かないとダメ?」


「そうだキュン!今こそひまりの出番なんだキュン!」


 ひまりは迷い、拳を握った。


「しゃーないなぁ!ハートラヴァー、出陣っ!」


 決意を固め、変身する。

 光の中、ひまりの髪は赤みがかったピンクに染まり、短いツインテールがぴょこんと揺れる。

 フリルたっぷりの衣装に身を包んだ少女──魔法少女ハートラヴァーがそこに立っていた。

「よーし!やるぞ!」

 勢いよく怪獣へと走り出すハートラヴァー。しかし──


『きたーっ!!最強の魔法少女、ホワイトスノーだーっ!!』


 純白の衣装を纏った少女が颯爽と舞い降りる。その一撃で怪獣は粉砕され、観衆は歓声に包まれた。


 ハートラヴァーは立ち尽くし、呆然とした。


「……」


 無言で変身を解除して踵を返し、ぼそっと一言。


「……ほ、ほらぁ。私いなくても大丈夫じゃん!帰ってゲームの続きしよーっと」


「そんな!せっかくチャンスだったキュン!かつての輝きを思い出すキュン!真面目に頑張るんだキュンー!!」


 アイスを買って一口かじりながら、ひまりは涼しい顔で答える。


「福利厚生整えてから言え」


──彼女が真面目に働く日は、きっと来ない。

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