風の届かないトラックで

 ホールルームも授業中も休み時間も、僕は教室の中に居ることを心がけている。人の少ないところに行くと、また天罰が降ってくるから。


 僕には友達もいないので、最悪の場合は机に突っ伏して寝たふりをする。そうやって、放課後まで耐える。


「じゃあこれでホームルールを終わります。気を付けて帰ってください」


 担任のこの一言を聞いたら一番に教室を出る。

 そして、一目散にグラウンドに向かう。


 僕は高校でも陸上部に所属していた。しかし、中二の頃に怪我をしてから、思い切り走れなかった。高校に入っても怪我のトラウマは改善されなかった。それでも続けていた。


 続けていれば、いつかは良くなるとそう信じて。


 僕が部室のドアを開けると、着替え終わった同級生の飯田瑞樹が椅子に座って、スマホをいじっていた。


「遅かったな」

「いや、飯田が速すぎるだけだろ」

「それもそうか」


 飯田はスマホから視線を外さずに僕と会話する。僕は飯田の様子を気にしながらも、ロッカーを開け、着替え始める。


「またソシャゲ?」

「うん。まあ、この前のとは違うやつだけど」


 飯田が部室に居る時、彼は大体スマホを横に持っている。その理由はゲームだ。部室は教員が入ってくることはあまりないため、生徒がスマホを使うにはもってこいの場所だった。


 しかしながら、飯田のゲームへの執着は常軌を逸しているように感じる。僕との会話でスマホから目を離さないのはもちろんの事、高校に入って間もない頃は、先輩の指示を無視してゲームをするほどだった。


 僕は飯田に「どうしてそんなにゲームがしたいんだ?」と質問したことがある。すると飯田は「スタミナ溢れちゃうじゃん」と首を傾げながら答えた。


 こんなゲーマーの飯田だが、陸上にはひたむきで熱心だ。


 練習は人一倍頑張るし、試合でも結果を出す。僕にとって飯田はペースメーカーだった。彼が前に居る限り、僕が一番手になることは無い。そして、彼が人一倍努力していることを見ているから僕が思い切り走れないのは努力不足だと、心から思う。


 しかし、彼の作るペースに僕はついていくことができなかった。彼のペースに合わせようと思うほどに、過去の怪我がちらつく。僕が一番前の景色を見ることはきっともうない。


「飯田は……なんで陸上やってるの?」

 僕は着替えながら聞いた。飯田は一瞬だけスマホから目を離し、僕の表情をロッカーについている鏡越しに見る。


「急にどうしたの、藪から棒に」

「いや、なんとなく気になってさ」

「うーん、言われてみればなんでだろ。あ、勝った」


 飯田はスマホを閉じて、ロッカーに投げ込む。


「まあ、そうであるべきだから、じゃね」


 飯田は苦笑いを浮かべ、誤魔化すように言った。彼はそのまま部室を後にし、練習に向かった。


 そうか。その通りだ。

 彼が一番手であるべきで、彼自身もそれを疑わない。


 きっとこれが一番である理由なのだ。そして、その「べき」を作るっているのは日々の練習だ。日々の積み重ねが彼の強さを作っている。こんなにわかりやすいことはない。


 僕は彼を追って、部室を後にした。

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