最終話 あなた専属になります
その日、私は河内さんに初めて買ってもらったドレスを着て、二人で高級ホテルのラウンジに行った。
二人でソファに座って、都会の夜景をゆったりと眺めていた。
「優美」
河内さんを見ると、何か手に持っている。
「あ……もしかして」
「うん」
ケースの中を見ると、カタログに載っていた指輪が入っていた。
それは、紙で見るよりも、もっと美しく輝いていた。
「わー……すごく綺麗」
河内さんは私の手を取って指輪をはめた。
そして、私をじっと見た。
「どうしましたか?」
「初めて優美と会った日のことを思い出していた」
借金を返すために働いていたラウンジ。
そこに突然現れた河内さん。
なぜか選ばれた私。
次の日に会社で会って、それが勤務先の副社長だった。
借金を肩代わりする代わりに出された取引。
『俺専属の嬢になってほしい』
「まさかこうなるとは、あの時思ってもいませんでした」
指輪のピンクの宝石が美しく煌めく。
それを見つめていた。
「俺はこうなりたいとずっと思っていた。初めて会った時から」
河内さんが私の頬を撫でた。
「でもまさか、こんなにたくましくなるとは思っていなかった」
あの時はただ、借金返済のことで頭がいっぱいだった。
「私、河内さんに出会って、強くなれた気がします」
河内さんは私の手にそっと触れた。
「あの日、あそこに行ってよかった」
私もあそこで働いていてよかったと、今は思える。
でも──
「もうラウンジには行かないでくださいね!」
河内さんはクスッと笑った。
「俺には専属がいるからな」
優しく私を見つめる河内さんの瞳に安心する。
「はい、私はずっと河内さん専属です!」
私たちはそっと誓いのキスを交わした。
◇
ホテルから車で自宅に帰る道中、河内さんが呟いた。
「優美、今度一緒に行きたい場所がある」
「どこですか?」
「秘密」
◇
──そう言われてから一ヶ月が経った。
毎日のように「どこに行くんですか?いつ行くんですか?」と聞いても、「秘密」と言って何も教えてくれない。
そして、昨日の夜突然「明日行く」と言い出したから、急いで準備をした。
翌朝すぐに羽田空港へ。
河内さんが向かったのは、新千歳空港への搭乗口だった。
「北海道に行くんですか?」
「ああ」
──北海道
私たちにとって特別な場所だ。
前の職場の人たちは元気だろうか。
「なんで北海道に行くんですか?」
「秘密」
また「秘密」。
よくわからないまま飛行機に乗り、私たちは再び北の地へ──
新千歳空港。
車に乗って、黙ってついて行ったその先には、三年前のあの雪の夜を過ごした旅館があった。
「ここ……」
河内さんは優しくも、真剣な表情で私を見た。
「あの時の答えを、ここで聞きたいんだ」
──あの時
あの大雪の夜。彼が突然口にした言葉が蘇った。
『二人でどこかで暮らさないか』
その時、旅館の戸が開いた。
「おかえりなさいませ。この度はご婚約おめでとうございます」
女将さんは私たちを見て、目を細めて微笑んだ。
なんで女将さんが知っているの?
河内さんの方を見ると、笑みを浮かべている。
いつの間にか連絡を取っていたんだ。
案内された部屋は、三年前のあの日泊まった客室だった。
あの頃のまま、時間が止まったかのようだった。
――三年前、私はここで一睡もできなかった。
河内さんの言葉が冗談なのか本気なのかわからず、自分の気持ちすらわからず、ただ混乱していた。
河内さんもまた、翌朝「冗談だ」と言ってごまかしていた。
お互い、本当の気持ちを伝える勇気がなかった。
でも今は違う。
「本日は特別に、お祝いとして心ばかりの祝膳をご用意いたしました」
運ばれてきた料理は、三年前よりもさらに豪華だった。
鯛の尾頭付き、お赤飯、紅白のお吸い物。
「女将さんが気を遣ってくださったんですね」
「ああ。あの時も世話になったからな」
河内さんがお
私は烏龍茶の湯呑みを持った。
「乾杯」
お互いを見つめ合って、小さく笑った。
「あの時はこんな風に笑えなかったな」
河内さんがしみじみと言う。
「はい。私、あの時は河内さんがよくわからなくて混乱していました」
「あの時は……かなり精神的にきつかったな」
河内さんのお父さんから反対された私たちの関係。
あれがきっかけで離れ離れになってしまった。
今だから言える本音だった。
◇
食事を終えると、女将さんはお膳を下げて静かに襖を閉めて退室した。
窓の外では、夜が静かに更けていく。
「優美」
河内さんが正座をして、私の前に座った。
「三年前、この部屋で『二人で暮らさないか』と言った。あの時は冗談でごまかしたけれど、本当は真剣だった」
河内さんの声がいつもより弱く感じた。
「でも、あの時の俺は力もなく、覚悟もできていなかった」
私も正座をし直して、彼と向き合った。
「私も、あの時は自分に自信が持てなくて、河内さんの気持ちを受け止めることができませんでした。でも今は違います」
河内さんがまっすぐに私の目を見て、手を取った。
指には彼からもらった婚約指輪が煌めいている。
「改めて聞く。優美、俺と一緒にいてくれるか。この先ずっと」
私も彼の目をまっすぐ見つめた。
「はい。ずっと一緒にいます。もうどこにも行きません」
その瞬間、河内さんの表情が和らいだ。
「……やっと、あの時の答えをもらえた」
「はい。今なら、何の迷いもありません」
河内さんが私を抱き寄せる。
「優美」
「はい」
「永遠の専属契約だな」
その言葉を聞いた瞬間、少し笑ってしまった。
「はい。これは法的契約ですしね」
あの時のように迷ったり、恐れることもない。
ただ愛する人と共に在る幸せを、心の底から感じていた。
これからどんな困難があっても、この人と一緒に生きていく。
──fin
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