3 珠玉の杖

“珠玉の杖”


 ワンド。大人の片腕分ほどの長さ。重い。

 月長石でつくられており、内側から乳白色に光る。その周りには金細工の蔦葉が飾り付けられており、非常に美しい。

 魔力を増幅する力は絶大であるが、扱いに慎重になる必要がある。


 この書をまとめるにあたり、同門のキシュカ・アラウンに協力を賜ったのは先述の通りである。

 アラウンは偉大な術師ではあるが、その特異なところは、彼が魔具を求めるかのように、魔具のほうも彼を求める、という点にある。

 アラウンは稀代の魔具使いなのである。

 そのため、アラウンの元には、古今東西さまざまな魔具が持ち込まれて、それにまつわる事件や事故などの真相解明を求められるようになっていった。

 アラウンの手にかかれば、どんなに扱いが難しい魔具であっても、その秘められた力を示すのである。

 

 この“珠玉の杖”も、アラウンがその真なる力を見極めた魔具のひとつである。


 この杖は、極西にある小国の王子から、アラウンに調査依頼がきたものであった。

 いわく、その国の王妃は、王子を生んでまもなく、産後の肥立が悪く亡くなってしまった。政略結婚とはいえたいそう仲睦まじい夫婦であったため、王の嘆きは深いものであり、形見である王子を、それは目に入れも痛くないほどに溺愛していたという。

 王妃を亡くして二十年あまりの時が流れ、王も自身の体に不調を覚えるようになってきた。それとともに気も弱まっていったのか、亡き王妃への思慕の念はますます強まっていった。

 そこで、高名な、とある魔具師に作らせたのが、この杖であった。

 杖は、王妃のしっとりとした白い肌を思わせる月長石と、黄金の豊かな髪を彷彿とさせる精緻な金細工で仕立て上げられ、献上された。

 月長石が使われたのは、もうひとつの狙いとして、亡き王妃の魂と会話できるよう、王の感応力を最大に引き上げるためでもあった。

 術師諸君ならば、白色や透過色にちかい石ほど、術式の影響を受けやすく、力を込めやすいことはご存じだろう。月長石や水晶に簡単な術を込め、その色合いの変化を観察する実験を思い出す読者諸君もいるのではないだろうか。

 王は杖の出来栄えにいたく感嘆し、魔具師に法外な褒美をとらせた。そして何をするにしても杖を手放さず、しきりに杖に話しかけるようになっていったそうである。


 そのうち、王の心身はますます弱ってゆき、国も徐々に乱れるようになっていった。ついに病床に伏してしまった王を見かねて、王子が杖を秘密裏に王のもとから回収し、アラウンに、その何が王を弱らせているのかを調査するよう依頼して来た、というわけである。

 王子によれば、生前の王妃の話を聞くに、もし本当に王妃の霊であるならば、そもそもこのような杖を依代として顕現することなぞ、ありえないというのである。王妃は気高い人物であった。


 アラウンはまず、この杖を数日間放置しておくことにした。

 数日経って杖に話しかけてみると、やはり、杖に乗り移った霊は王妃を名乗り、気高く美しい言葉でアラウンに話しかけたという。

 アラウンは恭しく話しかけながら、対話を続けることにした。杖は、王と王妃しか知りえぬことを事細かに話をしたうえに、王の身を案じるようなことを口にしていたという。

 

 数日間、杖に宿った王妃の霊と対話し続けたアラウンであったが、とある奇妙なことに気づく。

 王妃の霊が話題にする内容が、まるで同じ内容だということに。

 表現や話の長短こそ巧妙に変えてあるが、ほぼ同じ内容の話題を、まるで初めてのことを喋るかのように喋っているのであった。そして中には、ひどい出鱈目や、醜聞も混じっていて、それはまったく根拠の無いものであった。だが、王妃の威厳ある声色でそれらを言われると、なんだか本当のことのような気がしてくるのである。

 さらに王妃の霊は、杖の置き場所を、数日おきに変えるようにアラウンに命じて来た。とある日は、人影の無い書庫の暗がりに。とある日は、人目につく玄関の正面に。陽が降り注ぐ窓際に置いてほしいということもあれば、変わったところでは、水の中に安置してほしいということもあった。

 そして王妃の霊が杖の置き場所を変えて欲しいと言いはじめる前日には、杖のそばに置いてあったものがことごとく壊れていたり、酷い時には杖自体が床に転がっていることもあった。

 それでもアラウンは、根気強く、粘り強く対話を続けるとともに、杖をじっくり何日間も観察することにしたのである。


 そこでわかってきたことは、王子の予想通り、杖に宿っていた霊は、王妃のものではないということであった。

 そしてそれは、姿形を持たない低級の悪霊や精霊、動物霊、死霊の類だということであった。

 

 悪霊や精霊、死霊といったものは、最初は姿形を持たない、いわば霞のような存在であることがわかっている。それは空気とともに、あまねく存在している。

 その中から、偶発的に、または召喚の儀や術者の術式によって依代や霊力を得たものが姿を結び始め、悪魔、妖精、死せる術師などと呼ばれる存在になっていくとされている。

 つまり、自らの自我を得るためには、まずは自らのかたちを得ることが必須なのである。

 

 この杖は、あまりにも完璧な姿に作られてしまった。

 姿形をもつ我々が魅了されるほどである。姿形をもたないものたちにとってはなおさら、本能的に吸い寄せられてしまうのだろう。

 杖の素材が、感応力を最大に高める月長石であったことも、それらのものたちを呼び寄せる原因となっていたようだった。

 そしてそれら形を持たぬものたちは、その美しい容れ物の中になんとしても留まりたいと願い、その素材によって感応力が最大まで高められた杖の力を用いて、持ち主、つまり王の思考を読み取っては、拐かしていた、というのが事の真相であったという。

 しかし、王の元を離れては、王の思考をそれ以上読み取ることはできず、また知恵もまわらずに、既に得ていた情報や出鱈目を繰り返すしかなかったのだろう。

 また、杖のそばのものが激しく壊れていたのは、杖をめぐっての低位な霊同士の争いが起こっていたからで、置き場所を日ごとに変えるよう命じていたのは、そのとき宿っていた霊や精霊の好みを反映していた、ということもわかったというのである。

 アラウンは、粘り強く杖と対話することで、乗り移った低級精霊から、これらのことを包み隠さず教えてもらったらしい。そして彼は、精霊に杖から出るよう頼むとともに、その精霊に新たな依代を用意することで、杖の中身を空にすることに成功したという。

 アラウンは、これ以上杖に姿なきものたちが取り付かないよう、杖の周囲に飾られている金細工の蔦葉のうち、葉の一枚をわざと裏返しにつけ直したという。


 かくして、この杖に取り憑くものはなくなった。

 杖は国に返された。

 自分が話していた者が王妃でなかったと知った王はかなり気落ちしたという話であったが、王子の助力もあり、徐々に正体を取り戻し始めたという。


 完璧な美しさは邪を呼ぶとも言う。

 とある極東の地では、神殿を建立する際、霊に憑かれることを避けるため、わざと柱を逆さまにつけたり、文字を逆さまに書いたりして不完全なものにする、といった呪いをほどこすこともあるという。

 完璧で美しいものに惹かれるのは、われわれ人間だけではないようだ。

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“杖”を巡る物語 @youpyon

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