治癒魔法使いは教えたい! 〜治癒魔法の凄さを教えるがために体を張りすぎてみんなが病んでしまう〜

シュミ

第1話 治癒魔法に魅入られた少年

 ―――俺は治癒魔法に魅入られてしまった。


 怪我をしてもすぐに治せる。

 風邪を引いてもすぐに治せる。


 そんな治すことだけが取り柄の魔法に。


 多分、前世が病弱だったからというのもあるのだろう。『治る』というのは俺にとって、すごく幸せなことなのだ。


「へぇー⋯⋯⋯⋯! 治癒魔法は水に溶けても効果を発揮する性質があるのか⋯⋯⋯⋯⋯!」


 俺はルーグ・ビクトリア。

 10歳。

 前世は病気のせいで一度も外に出て走るなんてことも出来ず、その短い生涯に幕を閉じた。

 ふと気づけば異世界に転生していた。

 俺の家は一応貴族らしく、家は結構大きい。

 そんな今世の俺は病弱とかではない健康優良児―――なんてことは無く、小さい頃はよく風邪を引いていた。


 だが今となってはそんな生活もおさらばした。

 なぜなら治癒魔法に目覚めたからだ。

 この世界では5歳になると三人に一人が魔法に目覚める。


 目覚める魔法には多くの種類が存在する。

 その中でも多いのが水・風・土・雷・炎の『五大元素』と呼ばれる属性魔法だ。

 治癒魔法も存在自体は珍しくはないが、目覚める人口も多い訳でもない。

 希少性でいえば中堅くらいの魔法だ。


 治癒魔法の効果としては傷を癒したり、毒を消したり、病原菌を殺したり出来る。

 俺がもし風邪をひいても喉にいる菌を治癒魔法で殺せば一瞬にして治るのだ。


 俺は驚いた。

 こんなにも簡単に治せるんだと。

 そして気が付いた。


 ―――治癒魔法さえあれば、怪我や病気なんて敵じゃないと。


 それからはずっと治癒魔法の事ばかり調べている⋯⋯⋯のだが治癒魔法についての記述は他の魔法に比べて少なく、明らかに研究が進んでいないのだ。理由は単純。

 治癒魔法は他の攻撃に使える魔法ほど応用の必要性がないというところだ。

 俺の住むミリスティア王国は魔国アゼフェルトという国と戦争をしているらしい。

 戦いとなれば当然、攻撃系の魔法を使う。

 そして戦闘で勝つには実力差の他に相手をどれだけ欺くかの機転も必要になる。となれば攻撃系の魔法は応用が必須レベルで必要になる。

 対して治癒魔法は怪我を治す支援系の魔法だ。それにこれは実際にやってわかった事だが、外傷程度なら基礎的な使い方でも簡単に治せる。

 戦争となればそれだけでも十分なのだ。


 そしてその応用というのも治癒魔法は他の魔法よりも難易度が高い。

 というのも治癒魔法には他人に使う場合、ある制限が存在する。

 そしてその制限を応用でカバーするためには医療分野の知識や技術が前提として必要になるのだ。

 そのため治癒魔法の進歩には医療の進歩も欠かせないということ。この世界の医療はまだそれほど進歩していないので、治癒魔法も同様に研究が進んでいないという訳だ。


 だが俺には分かる。治癒魔法のポテンシャルはまだまだこんなものではないと。

 だから決めたのだ。俺が治癒魔法を研究し、この魔法の凄さを皆に教えると!


 という事で多少だが今分かる治癒魔法の凄さを教えよう。


 例えば全治一週間、いや一ヶ月をも越える大怪我をしたとしよう。

 その傷に治癒魔法をかけると、何とものの数秒で完全に傷が癒えるのだ! しかもその怪我が前世では助けれないような致命傷であっても、高度な治癒魔法を使えれば救うことが出来る!

 まあこれは治癒魔法なんだから当然だ、と思うかもしれない。


 正直これだけでも俺は凄いと思うんだが⋯⋯⋯⋯治癒魔法のポテンシャルはこんなものではない!


『治す』というのが取り柄だからこそ日常的に使える場面がある。


 例えば筋トレだ。

 とりあえず筋肉がちぎれそうな程に追い込む。普通なら数日は寝込むほどの筋肉痛に悩まされるだろう。

 だが治癒魔法を使って治せば、一瞬で痛みは消えトレーニングした分筋力が上がるのだ。

 そしたらまたすぐに筋トレが出来る。

 無限筋トレ編の始まりだ。

 短期間でムキムキになるのも夢じゃない!

 しかも筋トレ中は治癒魔法を使い続けるため、自然と魔法の精度も上がり、魔法を行使するための魔力量も増やせる!


 一石二鳥どころか三鳥だ。


 どうだ! すごいだろう!


 てな感じで治癒魔法には他にもたくさん魅力があるのだ。

 その事をみんなにもっと知って欲しい。

 なので俺は伝える努力をすると決めた。


 後5年か⋯⋯⋯⋯⋯。


 この世界では15歳になる年にハンターになることが許される。


 ハンターは俗に言う冒険者みたいなもので、魔物を狩ったり、ダンジョンに潜ったり、他にも身を呈する仕事がたくさんある。


 ハンターは世間でと言われるほどに、怪我人やら死者が桁違いに多い。


 そう、ハンターはまさに治癒魔法の輝ける職業! 天職と言っていいだろう!

 それにハンターのする怪我は何も外傷だけじゃない。魔物の中には毒持ちもいたりするからな。

 そんな傷だらけのハンターたちを俺が全員、治癒魔法で治してやれば⋯⋯⋯⋯「治癒魔法すげー!」ってなるはずだ!

 それに実戦で試す方が、新たな魔法の使い方も見つかりやすいってものだ。研究も捗る。


 俺はそれをするためにハンターになると決めた。

 だから日々努力をしているのだ。

 筋トレもその一環。

 ハンターは腕っ節がものをいう職業だからな。

 そんなこと考えてたら体を動かしたくなってきた。


 午後にある父の剣の稽古が楽しみだ。


 ―――なんて思いながら本を読み漁っていたところ。


「ルーグ様ッ! また散らかして。何度言ったらわかるんですか?」


 と後ろからそんな声が聞こえてきた。

 その声には怒りの感情が含まれているように思えた。


 俺は声のする方に視線を向ける。


 そこには背中の中ほどまで伸びた漆黒の癖のない長い髪に、氷のように冷たく鋭い紅い瞳を持つ少女がいた。

 彼女の名前はセルカ・アルセトナ。

 歳は俺と余り変わらず12歳。だが精神は大人びており、とても12歳には見えない。

 セルカは俺の専属使用人だ。

 歳が近いのは父が友達感覚で接することが出来るだろう的な考えでそうしたらしい。

 とは言ってもセルカは雇われの身で俺はその家の息子だ。対等な関係にはなれない。

 使用人であれば、どんなに嫌いで、どんなに嫌なことであっても、この家のものに対しては逆らえず笑顔で了承しないといけない、はずなんだが⋯⋯⋯⋯⋯。


 今俺を見ている彼女の表情はとても笑顔なんてものではない。愛想なんてものは1ミリも感じず、感情が読み取れるほど表情に変化もない。だが俺に向けられる彼女の紅い瞳はまるでゴミでも見つめるかのように冷たく、背筋が凍りそうな程に鋭い。


 まあ正直、無理に笑顔を作ってまで接して欲しいとは思わないが、そんなに睨みつけなくても良くない? とも思う。


「ご、ごめん⋯⋯⋯」


「謝るくらいでしたら片付けてください」


 ごもっともです!


 と言っ感じでセルカは隠す気がないほどに俺を嫌っている。

 彼女に嫌われた原因は何となく分かる。

 だってセルカがこんな態度を取り始めたのは、俺が治癒魔法に魅了されていることに気づいてからなのだから。

 治癒魔法を試すために色々奇行をおかしてきた自覚はある。変人を前に彼女は引いているんだろう。


 セルカはため息をつきながら本を片していく。


 その最中。


「コホッ、コホッ―――」


 と軽い咳をした。


「大丈夫か? セルカ。風邪だというなら治そうか?」


「ご心配なく。ただの空咳ですから」


 そう言ってセルカはどこか急いでいるように本を片付け、部屋を出て行ってしまった。

 その最中も軽く咳をしていた。


 さすがにあの咳で空咳はないよな⋯⋯⋯⋯。

 となると風邪かな。

 まあ治癒魔法で治すなんて言っても、

 セルカもそれは知っていると思う。

 だからまだ未熟で魔法においての信頼が皆無な俺に治してもらいたいとは思わないだろう。

 しかも嫌っている相手だしな。

 尚更だ。


 急いでたのは俺に風邪を移してはいけないという彼女なりの優しさと、単純に俺が嫌で早く逃げたかったからかな。

 セルカはそういう人間だ。


 風邪なら治癒魔法なしでも治るし、心配し過ぎるのも返って気を遣わせてしまうだけだ。


 ここはそっとしておこう⋯⋯⋯―――なんてな。


 治癒魔法を使えば風邪の苦しみなんて秒で消える。


 俺の前で風邪を引いておいて見逃してもらえると思ったのか?

 有り得ないだろう。だってセルカに治癒魔法の凄さを教えるチャンスなのだから!


 今に見ていろセルカ。

 絶対その風邪治してやるからな―――!



 ※



 俺は先程、治癒魔法を他人にかける際にはある制限が存在すると言った。


 その制限というのは治癒魔法で他人を治す際、障害のある部分に直接かけなければ作用しないというところだ。

 仮に胃の調子が悪い、と訴えている者がいたとしよう。

 その者の胃を治そうと皮膚の上から治癒魔法をかけたとする。何故かは分からないが治癒魔法は中に浸透せず皮膚の上からでは胃を治せないのだ。つまり他人の胃を治すには胃に直接治癒魔法をかけないといけない、それくらいに直接なのだ。

 そしてこの制限によって医療の知識や技術がいるとも言った。

 例えるなら薬だ。

 風邪薬を皮膚に塗ったところで何の効果もない。飲んで初めて薬に含まれる成分が溶けだし喉に効いて効果を発揮する。それと同じで治癒魔法で風邪を治すには菌がいる喉に直接、治癒魔法をかける必要があるのだ。


 このように風邪を治すには風邪の菌が喉いるってことを知らないと、そもそも治すことは出来ない。まあ風邪くらいならみんな分からかもしれないが、これも一応は医療の知識だ。


 こういった知識がないと、まず治癒魔法でどこを治せばいいのか分からず、応用のしようも無いわけだ。


 今回はセルカが風邪を引いた。

 俺が風邪を引いたとしても自身の魔力で満ちている体であればどんな所にでも治癒魔法を掛けられるので簡単に治せるが、セルカはそうでは無い。

 風邪くらいなら口に指を突っ込んで治す力技もあるが、セルカが拒絶するだろう。

 だから別の方法を取ることにする。


 俺はコップに水を入れた。


 治癒魔法にはある性質がある。

 それは水に溶かすことができ、効果を残せるというのも。

 直接、治癒魔法をかけるより効果は劣るが、水に溶かしておけば回復薬となり、しばらく保存しておくことが出来る。

 そうすればいつでも! どこでも! 誰でも! 簡単に! 回復薬をかけて怪我を治すことが出来るのだ。


 うん、凄すぎる。


 俺はコップに入った水に目掛けて手を伸ばす。

 魔法を使うにはイメージが重要になる。

 治癒魔法なら傷を癒す魔力を出すイメージだ。


「<治癒ヒール>」


 すると手の先から緑色の魔力が放たれ、水の中へと吸い込まれていく。

 回復薬ができると言っても、そこそこ効果のあるものを作るのは簡単なことでは無い。

 水に溶けると治癒魔法の効果は半減近くまで下がってしまうからだ。なのでより強く濃密な治癒魔法を数十分かけ続ける必要がある。


 まだ体が未熟な俺ではコップ一杯分の回復薬を作るのにも結構な魔力と体力を持ってかれてしまう。


「ふぅ〜⋯⋯⋯やっと完成した⋯⋯⋯⋯」


 数十分、水に治癒魔法を当て続けついに完成した回復薬。出来としては普通くらいかな。

 色も匂いも味も変わらないので、パッと見では普通の水だが、よく見ると魔力が籠っているのが分かる。


 見た目は同じだが、水と回復薬は全くの別物だ。例えば足に傷を負ったとしよう。

 その傷に水を垂らしても普通に流れていくだけだが、回復薬を垂らすと水は傷に吸収され、治癒の効果で完全に傷が癒えるのだ。


 この回復薬をセルカに飲ませれば、喉にいる風邪の菌くらいなら倒せる。


 この時間、セルカは庭の手入れをしている事が多い。日の照っている外での仕事、当然喉が渇いているだろう。

 少し不自然だが、水の差し入れだ。


 俺は回復薬の入ったコップを持って庭に出た。


 思った通りセルカは庭の手入れをしていた。


「ゲホッ、ゲホッ! ⋯⋯⋯⋯はぁー⋯⋯⋯はぁー⋯⋯⋯⋯」


 さっきより酷い咳だな。

 俺の前だから我慢してたのか?

 それに息も荒い。結構重症だな。

 だが心配するなセルカ、すぐに治してやる。

 そして知るんだ、治癒魔法の凄さに!


 俺はセルカの元に歩み寄る。


「おつかれ、セルカ」


 するとセルカは辛そうな表情を隠し、姿勢を正した。

 こういう所は真面目だよな。

 無理をさせるのも悪い。早く済ませよう。


「何か御用でしょうか⋯⋯⋯? ルーグ様」


「いや、用はないよ。ただ庭の手入れは暑いだろうと思って、水を持ってきたんだ。水分補給はしっかりしないと」


 そう言って俺はセルカに回復薬を差し出す。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 セルカはムッとした表情になり、回復薬を見た後、俺を睨んできた。ものすごく嫌そうだ。そして怪しんでいる。

 当然だ、こんな事一度もした事がないんだから。


「心配しなくても毒とか入ってないからな! それに飲んだからって何も無いし。ただセルカが体調を崩すと俺も困るってだけで。だから気にせず飲んでくれ」


 俺が念を押してそう言うとセルカははぁ〜、とため息をついて嫌々だが回復薬の入ったコップを受け取ってくれた。


「使用人である以上、断ることはできませんし、喉も乾いてましたからありがたくいただきます」


 そう言うセルカの顔は先程と何も変わっていないが、瞳に宿る光は完全に消え失せており、まるで将来に何の希望を持てず、抵抗することを諦めた奴隷のように曇った暗さ感じた。


 何だろう。この罪悪感は⋯⋯⋯⋯。


 セルカは少しの間、コップの中に入った回復薬を見つめていた。

 多分微妙に魔力が見えていたんだと思う。

 だがセルカに飲まないという選択肢はない。

 そして彼女は覚悟を決めたように一度深呼吸をしてからグビっと一気にコップの中にある回復薬を飲み干した。


 その後、拍子抜けたような顔をした。


「えっ、本当に毒入ってないんですね⋯⋯⋯⋯」


「いや、そこは信用してよ!?」


 とりあえず回復薬は飲んでくれた。

 これで風邪は治るはず。

 あとはセルカが気づいてくれれば⋯⋯⋯⋯⋯。


「っ!? ―――ゲホッ、ゲホゲホゲホゲホゲホゲホッ⋯⋯⋯⋯はぁー⋯⋯⋯⋯はぁー⋯⋯⋯⋯あッ⋯⋯⋯⋯⋯」


「えっ⋯⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯ルーグ、様⋯⋯⋯⋯失礼しま、しッ⋯⋯⋯⋯」


 セルカは激しい咳をしたかと思えば、苦しそうに荒い息を吐きながらその場に倒れ込んだ。

 まるで我慢の糸がプツリと切れたかのように唐突に。


「セルカ!?」


 俺は倒れたセルカに駆け寄る。


「はぁ⋯⋯⋯はぁ⋯⋯⋯はぁ⋯⋯⋯⋯」


 セルカは辛そうに呼吸をしている。


 俺は彼女の額に触れた。


「熱い⋯⋯⋯⋯」


 彼女の額は触ってわかるほどに熱く、そして汗でびっしょりになっていた。

 確実に熱が出ている。

 それも結構な高熱だ。

 よく立っていられたな⋯⋯⋯⋯。


 でも何で? 回復薬は飲んだんだぞ。

 何で効いてない。

 そりゃ回復薬を一杯飲んだだけで菌を完全に殺せるとは限らないけど。

 でも症状は大幅に緩和するはずだ。


 変化していないということはつまり―――。


 これは風邪なんかじゃない。


 ―――もっと酷い別の病気なんだ。

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