拝啓 麗しのお姉さま

タウタ

拝啓 麗しのお姉さま

 拝啓 麗しのお姉さま


 冷たい風が吹いていますが、いかがお過ごしでしょうか。喉は、お肌は、乾燥していませんか。お姉さまはきちんとお手入れをされていることと存じますが、どうぞご自愛ください。

 お姉さまの妹にしていただいてから、今日で百日になりました。この百日間、私がどんなに誇らしく幸せだったか、お姉さまには想像もつかないでしょう。毎日がきらきらと輝いて、お姉さまを想うたびに胸がぎゅっとして苦しいのですけれど、とても満ち足りた気分になるのです。

 先日、学校の近くのカフェでお姉さまをお見かけしました。一番奥の窓際の席で、紅茶を飲んでいらっしゃいましたね。白地に濃いピンク色の薔薇が描かれたすてきなカップでした。お姉さまの白い指が細い取っ手を持ち上げる様子がとても優雅で、思わず見とれてしまいました。お姉さまは所作のひとつひとつが洗練されていて、上品で、私はこの方の妹なのだと、世界中の人に知ってもらいたい気持ちになります。

 私が見つめていたこと、お気づきではなかったでしょう。いいんです。お姉さまの大切な時間を邪魔したくありません。私は妹にしていただいただけで十分なのです。本当です。

 紅茶を飲みながら、御本も読んでいらっしゃいましたね。千鳥格子のブックカバーはお姉さまのお手製でしょうか。お姉さまはお裁縫も上手ですものね。ずいぶんかわいらしい柄で、少し意外に思いました。お似合いでなかったというのではありません。ただ、お姉さまはいつもレースのハンカチやカメオのブローチをお持ちなので、そちらのイメージが強いのです。お姉さまの新しい一面を見つけたようで、勝手にうれしくなってしまいました。

 御本は何を読んでいらっしゃったのですか。ゲーテやシラーの詩集でしょうか。いつか、お姉さまの朗読を拝聴したいと思っています。お姉さまのお声はガラスの鈴のように澄んでいるので、そのお声で美しい詩を読んでいただいたら、美しい詩がいっそう美しく感じられるだろうと思うのです。

 場所は、お花がたくさん咲いている温室はどうでしょう。甘く瑞々しい薔薇の香りに包まれて詩をお読みになるお姉さまを想像するだけで、うっとりしてしまいます。私、お菓子を作って持っていきます。母が料理上手なのできちんと習いますね。紅茶をおいしく淹れる練習もします。お姉さまのお口に合うよう一生懸命がんばります。

 お姉さまはドストエフスキーもお好きでしたね。私は今ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んでいます。分厚くて大変ですが、毎日少しずつ進めています。こんなに長いお話を読むのは初めてです。お姉さまに出会わなければ、読もうとすら思わなかったでしょう。

 以前にもお話ししましたけれど、私はほとんど本を読んだことがありませんでした。国語の教本に載っているような短いお話さえ、我慢できませんでした。でも、お姉さまの妹にしていただいて、これではいけないと思ったんです。だって、最低限の教養もないようでは、妹としてお姉さまに恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれません。

 お姉さまのおかげで、私はたくさん本を読むようになりました。難しい言葉も覚えましたし、物事がよくわかるようになったと思います。お手紙も、少しはまともに書けるようになったでしょうか。

 今まで私はお姉さまがお話してくださる芸術や、お花や、紅茶のことをうなずきながら聞くばかりでした。それでも私はしあわせだったのです。お姉さまがやわらかな微笑を浮かべてお話をしてくださるだけで、天にも昇る心地でした。けれど、ある日気づいたのです。私はあんまり無知で、気の利いたあいづちも打てなくて、お姉さまはさぞ退屈されているだろう、と。お姉さまはおやさしいから何も言わないでいてくださって、私はそのやさしさに甘えているだけなのだ、と。

 お姉さま、本当にごめんなさい。それから、ありがとうございます。こんな私を妹にしてくださって、下手くそなお手紙を受け取ってくださって、どんなに感謝してもしきれません。これからもたくさん勉強して、いつかお姉さまとお話しできるようになります。

 でも、少し不安なのです。お姉さまのお姿を見るだけで、お声を聞くだけで満足だったのに、お姉さまの妹にふさわしくあろうとすればするほど、いっしょにお話がしたい、お菓子を食べていただきたいと欲ばかり大きくなってしまいます。お姉さまは、こんな欲深い妹はお嫌でしょうか。それならそうとおっしゃってくださいね。私の欲がこれ以上深くなってしまう前に。私はお姉さまにかわいがっていただけることが、世界で何より大切なのです。

 これ以上書くとお姉さまを困らせてしまいそうなので、今回はここでやめておきます。

 私の麗しのお姉さま。

 いつもいつまでも健やかでいらっしゃいますように。


敬具


「あとはこの手紙を受け取ってくれるお姉さまを探すだけなんだけど……どうして見つからないのかしら」


おわり

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