第4話 黒い心臓
北極圏、ノクティスの本拠地——氷に閉ざされた白銀の要塞。その中で遺伝子改造を施された精鋭兵士たちは、無駄のない動きで持ち場を守っていた。全身を覆う黒い軍服に、肩にはハーケンクロイツの腕章。その目は冷徹で、機械のように正確だった。
だが、その整然とした空気を乱す情報が駆け巡る。日本海に出動していた潜水艦から、突如として通信が途絶えたのだ。
管制室には緊張が走り、モニターに映るノイズ混じりの画面に兵士たちが目を凝らす。通信員の指が慌ただしくキーボードを叩き続けるが、応答はない。
「……どうしたのだ?」
低く、だがよく通る声が管制室に響く。兵士たちは一斉に姿勢を正し、声の主へと顔を向けた。
氷のように冷たい空気をまとい、ゆっくりと現れたのは、アウグスト・ヒトラー。長身に黒い軍服を纏い、金髪は几帳面に撫でつけられている。冷徹な碧い瞳は、まるで生気を奪うかのような威圧感を放っていた。
通信員は緊張で喉を鳴らしながら報告する。
「に、日本海に出動していた潜水艦との通信が途絶えました」
アウグストは一瞬、考える素振りを見せたが、すぐに薄く笑みを浮かべた。
「さすがは、かつての同盟国・日本だな。しかし、些細なことだ」
彼は通信員の肩を軽く叩き、片手に持っていた軍帽を静かに被る。その所作には、敗北を恐れぬ余裕と、絶対的な自信が滲んでいた。
「総統、どちらへ?」
別の兵士が恐る恐る問いかける。アウグストは振り返らずに答えた。
「我が祖国、ドイツへ向かう」
その瞬間、基地全体がわずかに震え、氷原に巨大な亀裂が走る。轟音と共に分厚い氷塊が割れ、その隙間から鋼鉄の巨艦が姿を現した。氷を押しのけ、現れた艦隊は鈍い光を放ち、その中心には圧倒的な存在感を誇る巨大戦艦が浮かび上がる。
その戦艦は、二つの巨大な飛行甲板を有し、艦首には九門の重砲を備えていた。空母と戦艦を融合させたその設計には、旧ナチス・ドイツの戦艦ビスマルクを想起させるものがある。しかし、これは単なる模倣ではない——より強大な力を宿す、鋼鉄の怪物だった。
その名は——「ビスマルク・シュヴァルツヘルツ」。
“黒い心臓”を意味する名が刻まれたその巨艦は、冷たい氷原に不吉な影を落としていた。
アウグストは艦橋へと足を運び、そびえ立つ砲塔を見上げながら静かに呟く。
「……まるで鉄の聖堂だ」
その言葉は、かつてアドルフ・ヒトラーがビスマルクを称えた言葉と同じ。だが、アウグストの声には、かつての総統を超えるという決意が滲んでいた。
ビスマルク・シュヴァルツヘルツ率いる艦隊は、その後、イギリス・ロシア連合艦隊との交戦に突入する。重砲の咆哮と空母から飛び立つ戦闘機の編隊。その激戦の果てに、連合艦隊は壊滅した。白い氷原は、鉄と炎の残骸に染まり、再び静寂が訪れる。
そして、その中心には——なおも鼓動を続ける「黒い心臓」があった。
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