そのキスは毒薬

満月 花

第1話


ーーやられる前にやる。それしか方法はない。



私は邪魔な存在。

そう思われてる、と感じた。


同棲している恋人の不審な動き。


最近、スマホばかり気にしている。


優しさは変わらず、思いやる言葉をかけてくれる。

仕事で忙しくしてても、家事の分担や、気づいたら率先して

日々を整えてくれる。

よく付き合いが長くなればおざなりの扱いになる

と聞くけれど、そういう事はない。


優しく思いやりのある恋人。


それが逆に不安になる。


優しい男は誰にでも優しい。


マメな男は裏で遊んでる。


そんなネガティブな世間の常識。


彼もそうなんだろうか?と不安になる。


だって私にはもったいないほどの素敵な男性だったから。


好意を寄せられた時の驚き、真剣に想いを伝えられた。

周りからは、これ以上ない男、絶対に捕まえて離すな

って押された。

その人柄と有能さで随分とモテてたらしい。

なのに、地味で真面目しか取り柄のない自分を選ぶのが不思議だった。


どうせ長く続かない、すぐに飽きて新しい女性を見つけるに違いない。

と陰口も叩かれた。


同棲してもうすぐ一年。


幸せな日々にそんな事はない、と思ってた。

思いたかった。


スマホで頻繁に誰かとやり取りをする機会が増えた。

嬉しそう画面を読み返している。

私に見えないように画面を逸らす。


そんな事今までしなかったのに。


誰にも相談できずにAIチャットに聞いてみても


ーー辛いですね、彼の愛が本物でありますように

と温かい励ましに心が晴れる事はなかった。


日々の違和感が心を蝕んでいく。



思い悩む日々、元気がない私に気遣う言葉をかけてくれる彼に

仕事を理由に誤魔化せば、そのうち何処か旅行に行くのもいいね。

と期待をしてしまう言葉を口にする。

そんな彼が少し憎くなる。


眠れない日々が続く。


最近、夜中に何度か目が覚める。


でも目を開けたら何かが起こってしまう気がして、ずっと寝たふりをしていた。


そして決定的な夜。


手を触られた気がした。

スルリと何かが手に触れる。


彼だ、彼が私に何かをしようとしている。


彼が息を凝らして私の動向を伺っている。

私は必死に寝たふりをする。


やがて彼が体を寄せてくる。

息遣いが近い。

私の首に触り、ゆっくりとその下に何かを押し込んでいる

首の周りをぐるりと細い紐のように物が巻き付く。

クッと前で交差すると、スルスルとそれを回収していく。


やがて彼は静かに横たわった。


心臓が早鐘のようになる。

何をしたの?

何をしようとしていたの?


あの紐は何?

私の首を絞めようとした?


怖さよりも悲しさに胸がいっぱいになる。


声を押し殺して布団の中で泣いた。


だけど、そんな事があっても聞き出せないまま、

普段と変わらないような日常が続いている。


ある日、

急な仕事が入ったとか、休日に彼はそそくさと家を出た。


夜からまた一緒に出かけようと約束してくれたけど

部屋にいると思い悩みそうなので

気晴らしに一人ブラブラ街を散策。


その先に彼を見つけた。


私の憧れのお店に入って行く。


何で、こんな場所にいるの?


立ち止まって動向を伺うと

待ち合わせしてたのか、

彼が宝石店で嬉しそうに女性と寄り添っていた。


ケースを指差しながらあれこれ会話してる。


微笑み手を叩いて喜ぶ女性。


遠目からしかわからないが、品の良さそうな素敵な女性。


そうか、そうなのね。

新しい女性がいたんだ。

私はもういらない存在。


足先から凍りついていく感覚。


絶望とはきっとこんな風に襲ってくるのだろう。


ネットで検索


浮気の兆候

長すぎた恋愛の倦怠期

怪しい行動

突然の別れ話


不安を煽るような経験談

報復、ざまぁ展開のストーリー


どれも正解があるようで無いようで


画面を更新するごとに心が病んでいく。


切り出されて惨めな思いをするくらいなら

こっちから引導を渡してやろう。


そう決意した。


疲れて帰宅した彼に、好物の夕飯を並べる。

感謝の言葉と笑顔。

美味しそうに好物を頬張り、破顔する。

その様子を見つめながら、私は微笑む。

これが最期の晩餐なんて思いもしないだろう。


ーー今は何でもネットで手に入るから


突然彼が前のめりになり咳き込む。

謝りながら、その不穏な状態をなんとかしようともがき出す。


私は箸を置き、その様子を観察する。


動くが緩慢になり、止まった。

静寂な空気と私の吐息だけが部屋で響く。


動かなくなった彼を見届けると彼のスマホを掴む。

この状況を彼の新しい女に見せつけてやる。


スマホのパスコート、前は私の誕生日だった。


きっと今は違うのだろう。


未練がましく番号を押すとロックが解除された。

驚きつつも、確実な証拠を掴み取ろうとSNSをチェックする。


そこにはありきたりの伝言、呟きと感想。

何一つ不審な所がない。


AIのアプリを見つけた。


今、評判のAIとの対話型チャットアプリだ。

彼が使ってたなんて、今気づいた。


ポンと開くと、1番上のタイトル


“プロポーズ大作戦”


プロポーズの準備、順調ですねーー

ーー彼女の好きなもの全部を詰め込んで最高のプロポーズにしたいんだ。

彼女さん、とても喜びますよ。是非とも成功させましょうね。ーー


そこには

同棲中の彼女にプロポーズをしたい、との相談だった。

チャットで、惚気の会話がたくさん

思い出に残るようにしたい

愛してる彼女に最高の瞬間を


サプライズプロポーズの計画。


アクセサリーと花束と婚前旅行付きの

プロポーズ大作戦計画。


手からスマホがスルリと落ちた。


そんな、じゃあ、私は何のために……。


もう愛されてないと思った。

邪魔な存在なんだと


深夜に怪しい動きが、

プロポーズの記念のお揃いのネックレスと指輪のサイズを測るための

ものだったなんて


冷たい彼を抱きしめる。


ゆっくりとその唇にキスをする。

深い口づけをして口内に残る毒を絡め取っていく。


私の涙が彼を濡らしていく。


優しい彼、愛してた彼、だけど


もうキスにも応えてはくれない。



どうして、疑ったの?

幸せな未来が待ってたはずだったのに

サプライズなんてしなくても

飛び上がって受け入れたのに


……全てが遅い。


遠のく意識、体から熱が奪われていく。

もう二度と離れることがないように彼の体をしっかりと抱きしめた。



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