第4.5話

「あれ?いない……」

 まだ完全に朝日の昇っていない澄んだ青空の下、鬼神の島にて少女と一匹は静かに佇んでいた。世界を壊そうなどそんなことはさせまい、とやってきたのに当の本人がいなければ意味がない。

「ユキア?どうしますか?帰りますか?」

 胸元に潜んでいた子狐、コンがユキアに問いかける。ユキアは残念そうな息の多い声で「そうだね」と答えた。先ほどまで起きていた嵐を破壊を始めた合図だと察知していち早く来てみたものの、来る頃には嵐など綺麗に止みずぶ濡れな自分だけが残っていた、とりあえず誰もいないであろう浜辺でぎゅうっと服を強く絞り少しでもはやく服を乾かそうとする。

「あーあ、きた意味なかったよ~……」

 下着一枚になり服を乾かす、悲観に陥りながらユキアは砂に埋もれていた。コンは相変わらずと思いせっかくなら!と海でチャプチャプ犬搔きするかのように泳いでいる。そんなコンをユキアは愛しく思う、自分がこの世界にやって来てからずっとパートナーとして共に旅をしてくれていた存在だ、楽しそうであれば愛くるしい、悲しそうであれば哀くるしい。

「ん~っ!お水が気持ちいいですねぇ~」

 おいおい、今冬だぞ。と呆れ顔でユキアはコンを観察する、時期は真冬であるというのに真夏のプールを楽しむかのように海水浴を楽しんでいる。一方ユキアは、次はどこへ行こうかと思考を巡らせていた。

 ユキアは異世界からきた、いわゆる、異世界転生というものである。本音を言えば夢にまでみたものだった、幼いときからなろう系小説にハマり自分も異世界行きてぇ!とずっと思っていた。

 そんなある時バイトへ向かおうと夜にコンビニへと向かっていたところをストーカーに刺され殺されてしまったのだ。

 この地に転生してからはそこそこ充実した日々を送っている。わからないことはコンに聞けばよいし冒険して簡単に金を稼ぐことができる。どっかの日本の就職より何倍もマシだ、履歴書みたいな書類に生年月日を書けばはい終了。簡単にお金を稼げるのだ。

「ふぅ!楽しかったです!ユキア、次はどの国に行きましょうか?」

 ブルブルと体を揺らして毛に溜まった水を払う、水が飛んで少し冷たい。しかしそんなところも可愛い。

 砂浜にお座りし大きな尻尾をゆらゆらと揺らす、ユキアはそれを見ながら真剣に考えていた。

「え~っと、どんな国があるんだっけ」

 この世界に来て随分と経ったが未だにどんな国があるのか理解できていないユキア。そういう時コンが活躍する。

「ステイト、キマイラの住む森、竜の暮らす集落、エビデンスとか色々とありますよ!」

「あっ!そうだよ!エビデンス!あそこは私の故郷にすっごく似てたんだ!」

 電脳都市エビデンス。アトラシアの東側に位置し発展の目まぐるしい国だ。ユキアは遠くからしかみなかったが、日本の東京と同じような高々なビルが、建物が聳え立っていたのを船で移動していた時見えたのを鮮明に覚えている。

 もしかしたら、夢にまで見たスマホがゲットできるかもしれないそのためにもあの国にはぜひとも寄ってみたいのだ。

「日本、でしたよね?ユキアがかつて住んでいた国は」

 コンはユキアの胸元に入って定位置に戻った。ゆっくりと歩いていく中彼女らは楽しく雑談している。興奮したユキアは少し速い足取りで歩いていく。

「そうだね、私の国は、多分あそこ以上に発展してるよ」

 この世界に来てから解放された感覚はあったものの、日本の素晴らしさもわからされた。何より生活の良さだ、娯楽がいくつもあり無限に時間が溶けていく。そしてご飯、これが本当に素晴らしい。白米とみそ汁、それだけで今なら何倍でもイケる。

「そうなのですか!?わちきビックリ……」

 モフッとした感触が肌にくすぐったい、慣れたものだが、それでもだ。

 早朝は特に寒い、魔法である程度火を扱えるようになったとはいえ手のひら程度の小さなものだ。暖を取るには到底及ばない、それでも濡れた身体を少しでも温めるためにユキアは手のひらサイズの炎を出す。最初は熱いんじゃないかと怯えていたが、何事もやってみるもので実際はほんのり軽い物体がそこにあると感じる程度だ。精度によるものかもしれないが、全てファンタジーの世界ということを理由に考えないことにした。

「やはりまだ使いこなせてませんね……そこら辺の魔物でも狩りましょうか?」

 小さい炎に当たりほわぁっと柔らかな顔をしながらコンは言った。

「嫌だよ、ここの魔物、でかい虫ばっかじゃん」

 森林の光合成により酸素濃度が高くなっているこの島は虫たちの宝庫である。酸素濃度が高くなると細胞が損傷されるリスクがある、そのため巨大化しそのリスクを抑えるのだ。小さくても気持ち悪いのに、そんなのがでかくなってもらっては非常に困る、正直ユキアは早くこの島をでたかった。

「魔物なんて全部キモイですよっ!いまさらですっ!」

 コンの言うこともごもっともだ。アニメや漫画でみてきた魔物とここまで酷似しているとは思わなかったが。何も言い返せないユキアは「わかったよ……」と仕方なく応じることにした。

 とはいえ気を付けなくてはならない、この島の虫たちの脳には弱肉強食という言葉以外にない。自分が生きるために進化の過程で生存本能だけを超越してきた、自分の弱点を理解し弱点を突かれないよう工夫する。

 一筋縄ではいかないのがこの島の魔物だ。ましてやこの世界に来てまだ日の浅いユキアにとって相当な苦戦を強いられる…………だろう。

「ユキア、くるのですっ!構えてっ!」

 コンの叫びに、ユキアは慌てて杖を構えた。目の前に飛び出してきたのは人間の体長の何倍にもある大きさを持つ、ユキアの一番嫌いなムカデであった。

 このくそキモイ多足類の何が嫌いかというと、うねうねと動き百本以上もある足をテクテクさせる、しかも無駄に毒を持つし気づけば人の家に侵入している。

「許さん……許さんぞムカデ……!」

 ユキアは昔、この所詮生態系の底辺に体を這われおまけに脇をガブッとやられたのを思い出した、あれは本当に屈辱だった。この恨み、今晴らずしてどこで晴らす。生態系の頂点に君臨する人間様を侮辱したこと、後悔させてやる!

 杖を握り締めて、ユキアは真っ正面に走って行く。ムカデの魔物は体をうねり防御の体勢をとる。

 刹那、ムカデは口を大きく開け迫りよってくる。しかしその程度でやられるユキアではない、空中でそれを華麗に回避し魔法を放つ準備をする。

(貴様は私の最高級の魔法でぶっ殺してやる……!)

 ここはやはり、かつてアニメでみたあの魔法を使おうか……。

「闇に覆われし金色よ。夜を纏いし劫火よ。我が名のもとに原初の崩壊を顕現す。始まりの王国の血に力の根源を隠匿せし者、我が前に現れ目の前の障害を全て焼失させよ!くらえ!エクスプロー……」

「ダメです!それ以上言ってはいけない気がするのですっ!止めるのです!普通にやるのです!てかダサいのです!」

 何を想像してしまったかはあえて黙っておくが、このネタを知らないはずの、なんなら詠唱をバレないように多少書き換えたはずなのにコンにやめろと言われてしまった。

 せっかくハイになっていたところをユキアは邪魔されてしまい仕方なく普通に倒すことにする。近接戦は得意ではない、なのでユキアは一程度の距離を保ちながら効くかもわからない魔法を杖を使い放つ。しかし一歩の大きいくそでか多足類ムカデは秒以上に短い単位でこちらにすぐ近づいてくる、攻撃も一回が大きい、逆に隙も大きい。

「敵の急所を狙うのです!コンが合図を出すのです!そこで一気に押し込むのです!」

「……あんな奴に弱点なんて……はっ!そうか!」

 ムカデという多足類は変温動物だ。変温動物というのは急すぎる環境の変化にとても弱い。ユキアは落ち着いてコンの指示をただ待ち攻撃の準備をしていた。例えでかくなろうと所詮変温動物に変わりない、ならば。

「ユキア避けて!」

 敵はお構いなしに次々と降りかかってくる、噛みついてくるだけではない魔物と呼ばれる立ち位置に移り変わってしまった虫たちは自分たちの使う武器だって強化されている。

 ムカデの武器といえばその鋭い刃と強力な毒だ。ぽたぽたと口から垂れる毒の塊は地面をじゅーッと溶かす、あんなのが人間に当たればもうお終い、肌が瞬時に溶けて気づけばあの世にバイバイだ。

 コンの指示に従ってユキアは磨いた身体能力で軽くジャンプして避ける。

「今なのです!ぶっ飛ばしてやるのです!」

「よしっ!いっけぇ!およそ百度の熱湯だよ~!」

「ね、熱湯!?あ、あっついのです!」

 ユキアは水魔法を使い、沸騰寸前の流水を杖から召喚した。まさかの行動にコンは驚いている。

 放たれた熱水はムカデの体表に難なく直撃した。

 多足類などの動物の体はタンパク質でできている、タンパク質は50度以上の熱湯に触れれば凝固し組織が固まって動けなくなり最終的に死に至る。ユキアはその性質を狙ったのだ、こんなでかい魔物をわざわざ真っ向に受ける必要などない。戦術というのは知識があるだけ多彩なものになる、敵の弱点を知りそこを突いて攻撃を仕掛けるのだって立派な戦術なのである。というか戦場においての基本の動きであるといえるだろう。

 形成は一気に逆転されるものかと思われた、熱湯でもがき苦しむ姿をユキアは想像していたのだが、どうやら違うようだ。

「ぜ、全然効いてない!?」

 進化の過程において鱗が異様にも発達してしまったようで、その強固さは爬虫類の水さえ弾くほどの固さだ。多少なりとも動揺はみえたが一程度の熱さも弾くみたいで、熱に強い耐性を持ってしまったみたいだ。

「ゆ、ユキア!バカなのですか!?いやもといバカだとは思っていましたけれど!」

 さりげなくディスってきやがったこの小狐をどう調理するかは置いておくとして。

「ムカデはタンパク質で体が構成されてるの、だから熱湯かければ倒せるかなって……」

「ちゃんと考えていた策だったのですね」

 この狐、一言余計というか。ムカつく……。

 狐は少し考えたそぶりをしてゆっくりと口を開いた。

「あの鱗が固いせいで弾かれてるのですよね?」

「う、うんそうだけど」

「あの鱗を剥いでやればいいのです!ユキアにはできないでしょうから、コンが手伝ってやるのです!」

 このクソキツネ、なんて差し出がましいことか。わからせてやりたいがユキアはこの世界にきて日が浅い、それに魔法だってまだ自在には扱えない。しかしこの出しゃばり野郎はどうだろうか。多種多様な魔法を使用し巧みに敵をいなし、着実に撃墜する。戦闘センスの差があまりに違いすぎる、こんな小動物一匹にさえユキアは負けているのだ、そんな自分にユキアは怒りが湧いてくる。

「では行くのですっ!」

「うわっ……!」

 肩から軽く空中へとジャンプしたその瞬間。ユキアの手にある不思議な形の紋章とコンの額についている同様の形の印が煌々と輝きだす、その光は敵も見ていられないようで丸まって目を隠し怯んでいた。

 光は段々と収縮していきその向こうに黒い影がみえてくる。ゆっくりと姿を現すでかい何かはこちらに歩いてきた。力を解放したコンである。毛皮は変わらず白、しかし少量の赤が所々混じり先ほどまでとは違った強者感のような何かが、カケダシ冒険者のユキアでも心に襲い掛かってきた。

「さっ!行きますよ!ぶっ飛ばしてやるのです!」

 脳内に語りかけてくるかのようにその言葉は響いて聞こえた、「魔物使い」の能力の一つであろうか。

「わ、わちきは魔物じゃないのです!可愛い小狐、コンですよ!」

 テレパシーでこちらの思考もバレているようで、コンは自身が魔物ではないことを全力否定。それもそうか、魔物なら今頃ユキアを食べていてもおかしくない。

「ユキアはまだ「職業」についての知識が足りませんね、あとでお勉強するのです!」

「嫌だよ!この世界にきてまで勉強したくないもん!」

「無駄話は後ですよ!ユキア!魂機装アニムギアの準備をして!」

「あ、あれやるの!?ハズかしいし慣れないよ!」

「弱音を吐かないで!これも練習なのです!」

 そんな会話の間にあのデカムカデは態勢を整え再度攻撃を仕掛けようと口を開きユキアたちを睨む。ユキアは集中して、まだ慣れない武器を心臓部から取り出そうと試みる。

『我が魂底の神髄たる偶像の望みよ、「野心」のための根源となり我が前にあるすべての障壁を「氷結」せよ……!』

 実際、ユキアは唱えているだけである、魂から出てくるのは見ることのできない「何か」だ。その詠唱に呼応するかのように、コンの牙からは絶対零度とも言える冷たさの冷気が放出され始める。そうこれはユキアとコンの魂の契約、ユキアが「テイマー」であるのならコンは「ビースト」だ。ならば攻撃を行うのはユキアではない。絶対零度の冷風に、魔物に怯えの感情が脳を襲う、本能は常に「生存」を求めており生きるためなら全てを捨てようとするのだ。

 しかしコンは逃がさない。

氷炎の牙サイオンノキバ!!』

 そう叫んだ刹那、コンは目にも留まらぬ速さで魔物の体へと走る。ムカデ野郎もそれを勘づくことはできなかった。あっという間に腹部辺りを噛みつかれ緑の気持ち悪い液体が付近に飛び散る。

「寒さ」と「暑さ」を兼ね備えたこの牙は細胞を凍結させ皮、骨といった部位を溶融させる。体は冷たいという死を感じ、骨または細胞以外の部位は暑いという死を感じる、二つの痛みが敵を襲うのだ。

「ユキア!熱湯をぶっかけちゃうのです!273度以上でお願いしますよ!」

「よ、よし、行くよ!」

 273度の水なんて水として存在できない気がするのだがと内心ツッコミながらもユキアは開いた体の中に熱湯を流し込んでいく。絶対にいらないと思うのだが。

 コンが強すぎるのだ、そもそも普通の生物がマイナス273度の温度に耐えられるはずがない、わざわざ熱湯を注ぎ込むようなことはしなくてよかった。

 でもそれは「あの世界」での話だ「この世界」では物質、生物の理論が書き換えられていても何ら異常はない。

 現に多分、恐らく、きっと、今ユキアの杖から273またはそれ以上の水が放出している。じゃあ気体はここにどう存在しているのか。地球がうまく調和されているように、この世界もうまい具合に調和されているのだろう。

 ムカデの体は生物から動かない物質へと変わるかのように色褪せ砕けてゆく。

 こんな奴一匹にここまで時間が掛かってしまうものだとは、この世界は恐ろしいものだ。日本にいたときは殺虫剤ほ噴射すれば一撃死で済んだというのに。

「ふう、ユキア、こんな害虫一匹に時間を割いていては……まだまだですね」

「うん、ほんとほんと……」

 反論できる言葉はない、ただ本当にそう思うだけだ。

 コンは「疲れた」と言わんばかりに変身を解いてユキアの胸元に入る、出会った時からの定位置でそうとう気に入ってるようだ。

「仕方ないですねぇ、少し経ってから、エビデンスに向かうとしましょう」

「自分が休みたいだけでは?」

「後でみっちりお勉強ルートが確定したのです」

「それは嫌ぁ!」

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