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「……彼だったんですね」
小学校の卒業アルバムを前に、白木の声は意気消沈したかのように小さく弱々しかった。
久則と洋子の関係性は隆一の協力もあって辿り着く事が出来た。
【村越久則】
それが久則の本当の名前だった。隆一に戸籍謄本を取り寄せてもらった事で判明した。久則はどこかのタイミングで養子入りし松林姓となっていた。
ちゃんと久則が全ての事情を開示した遺言を残していれば、こんな齟齬は生まれなかっただろう。久則の遺言はあまりに情報量が少なすぎた。死後に託した想いであればそれなりに強い願いだったはずだろうが、息子への信頼があったからこそ言葉少なでも伝わるとでも思ったのだろうか。
「やっぱり、呪いだったみたいです」
「え?」
「彼いじめられてたんです。わたしのせいで」
小さい時の事なので記憶は曖昧ですがと言いながら、呪いであると言った理由を洋子は語ってくれた。
小学一年の頃、洋子は久則からある日突然告白された。告白と言ってもただかわいいから好きになったと言うだけのものだった。ただこれを当時洋子は気持ち悪いと感じ、すぐに教室にこの事実をばら撒いた。
内気だった久則はもともと友人もほとんどおらず静かに教室にいるだけの存在だったが、洋子の告発によりいじめが始まった。主導したのは主に男子だったが、クラス全体が彼を無視したりと自然にいじめに加担する形となった。そして洋子も当然のようにこの流れに乗った。小さな小学校だったのでクラス替えを行っても大してメンバーは変わらない。
以降六年間、久則の地位は変わらないようだった。
彼の地位を決定づけた要因は、間違いなく洋子のせいだった。
「包丁の数は、きっと彼にとっての苦痛の年数だったんでしょうね」
六本。それはつまりイジメを受け続けた不遇の六年間を表していたのかもしれない。
久則の遺言の理由が色々と見えた気がした。
死を間近にした時、彼の中に残り続けた幼少期の恨みが大きく再燃した。この恨みを晴らしたい。そこからどうして包丁の手段に辿り着いたのか、どうやって洋子の居所を突き止めたのかは分からないが、自分の代わりに呪いの代行を息子へと託した。
詳細をあえて語らなかったのは、おそらく恥じらいに近い気持ちがあったのではないだろうか。片想いの相手に告白した事で酷いイジメを受け続ける事になったという事実まで息子に知られたくはなかった。だからこそ詳細を省いて手段だけを残した。
「こんな事に巻き込んでしまって、本当にすみません」
洋子はそう言って頭を下げた。
ーーお蔵だろうな。
薄っすら覚悟はしていたがおそらく内容的に放送は厳しいだろう。
「あつかましいんですが、一つお願いがあります」
「なんでしょう?」
「隆一君に会わせてもらえないでしょうか。今更ですが彼らに謝罪したいです。なので、出来れば一緒に来てもらえたらと……」
本当に厚かましいなというのが正直な気持ちだった。洋子の悲痛そうな表情にも特に同情は湧かなかった。
ただ、ここまで来たなら最後まで見届けたいという思いは純粋にあった。彼らの物語がどう幕を閉じるのか見届けたかった。
「検討させて下さい」
*
「仕方ないですね……」
洋子は少し残念そうな顔を見せたがそれ以上何も言う事はなかった。
「でも、隆一君には感謝しないとですね」
寂し気な笑顔を浮かべた洋子を見てその解釈は合っているのかと少し疑問に思ったが、特に俺はその事には触れず、依頼を送ってくれた事、この回がお蔵になる事などを事務的に伝えてその場を後にした。
“謝罪なんかで簡単に済ませられても困るので”
完全に隆一の言葉に同意だった。
洋子と久則の関係性について全てを伝えた時、隆一は静かな怒りに打ち震えているようだった。当然のように洋子との面会は拒否された。俺はそれで正しいと思った。そして六本目の包丁を彼女に贈りつけてやればいいと思った。
“でも彼女への贈りものはもう辞めます。父の遺言には反しますが、それで彼女がもし死んでしまったら、生きている僕としては後味が悪すぎるので”
立派だと思った。生きている人間は前を向き続けるべきだ。肉親であれ、死んだ人間に引っ張られる必要はない。親達の因縁に子供が無理に巻き込まれる必要はどこにもない。
「ありがとうございました」
洋子に必要なのは感謝ではなく贖罪だ。あの女は最後まで結局自分を被害者として見ているようだった。個人的には全てを放送してやりたかったがそれこそ隆一の想いを私情で踏みにじるようなものだし、お蔵と判断された以上自分に出来る事は何もなかった。
ただ、『放送は無理だが最後まで見届けろ』と言ってくれた上司には素直に感謝している。
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