第12話 セドは意外といい性格をしてる
パタリと扉が閉まるのを確認して、宰相の男は小さくため息を吐いた。
「アマーリエが与えたもの……か。うちの娘は勝手に殺されただけだ。アレが守りたかったものなんて君しかいないというのに」
そう誰にも聞こえないほど小さな声でぼやいた後、男は俺へと首を向けた。その目には他の誰にも向けないような厳しい光が差し込んでいる。
「……君が行かなくてどうするのです。セドリック君のことは頼みましたよ」
「うん」
どうしてこの男が俺に対して複雑な瞳を向けるのかは分からなかったが、俺は言われた通りにセドの後を追い出した。どんなに強く蹴っても絨毯のせいで足音が鳴らないのがなんだか気持ち悪かった。
あと一歩で完全に並び立つというところでセドが振り返った。唐突な動きに足を止めてしまう。
黙り込む俺にセドはため息を吐き、滑らかに俺の手をすくい取って握り込んだ。
「遅かったですね。何をしてたんですか?」
尋ねながら歩き出すセドに自然と俺の足もついていく。
「なんか俺のことやけに怖い目で見てたから、ちょっと見てた」
「それ、旦那様のことですか?」
「ん、多分」
セドは俺の手を少し強く握り込んであからさまに視線を反らした。俺の方を見たくないというよりかは考え事をしているらしく、目が僅かに細められている。
「俺は、貴方に対して厳しい目を向けてしまう旦那様の気持ちも分かります。……ですが、貴方が悪いかと言われると判断しかねます」
「俺、石投げられちゃうかなぁ」
俺が悪くないと思っていて、たとえばセドが悪くないって言ってくれたとして。他の誰かがどう思うかなんて分からない。だからいきなり石を投げられるし、知らないやつに睨まれることもある。でも、もう仕方のないことなのだ。
「旦那様は石を投げるなんてことはなさりませんよ。でも、そうですね。そういうことです」
「うん」
なんだかしみじみとした気持ちになってふと前を見ると、聖女の友達がなんだか嫌そうな顔をしてこちらを見ていた。俺がそのことに気づいたのが分かったのか、聖女の友達は更に顔をしかめた。
「セドリック、あまりそれを甘やかすな」
「殿下……そういうことは聖女様に言ってくださいよ」
「でもコイツ聖女といるときは態度で示してくるぞ。すぐ聖女連れてどっか行こうとするもん」
「殿下…………はぁ」
セドは何かを言おうとしたが、結局大きなため息を吐いて聖女の友達から顔を反らした。
何かを言われるよりもそれを諦められる方が聖女の友達には堪えたらしい。一瞬顔をきゅっと寄せて泣きそうな顔をしていた。そしてそれを悟らせないようにか若干力強く歩き出す。その様子を見て更にセドがため息を吐くものだから、なんだか可哀想だった。
「ねぇ、セド。どこに行くの?」
「殿下の応接室です。ここからは俺たちだけの作戦になりますからね」
「へぇ」
俺たちは聖女の友達について歩き、一つの扉にたどり着いた。神殿の物ほどではないが、大きくて重たそうな扉だ。装飾がたくさん付いているとどうしてか重たそうに見える。
聖女の友達よりも先にセドが歩いて扉を開ける。聖女の友達は軽く礼を言って中に入っていった。
俺が扉を押さえると、セドは驚いたようにこちらを見上げた。
「どうしたんです?」
「先に入れば?」
「……ありがとうございます」
セドは小さく頭を下げて扉の向こう側に行き、俺はその後を追う。扉は重たくなかった。
俺たちは奥の大きな机ではなく、本棚のそばのソファが置かれた机に集まった。向こう側には聖女の友達、隣にはセドがいる。
「さて、例のものは用意できているのですか?」
「ああ」
聖女の友達は一つ頷くと、後ろの本棚から一つの小箱を取り出し机の上に置いた。
「ルミエール。西の言葉で光を意味するそうだ」
「その心は?」
「月の光のようだ、と。彼女は俺にとってそういう存在だと思ったから」
聖女の友達がそう言った途端。思い出したのは聖女のことだった。初めて会った時の、月を背負った聖女の姿を思い出した。ハッとして顔を上げる。
聖女の友達はうっすらと頬を染めていて、照れくさそうだった。セドはその様子にどこか満足気に頷く。
「月の光ですか……聖女様らしいですね。悪くないでしょう。……では次にアレニー伯爵令嬢についてですね。例の本は持っていらっしゃいますか?」
「ああ、そこの本棚にある」
聖女の友達がチラリと視線を向けたのは、一つだけ場違い感が拭えない『竜と乙女と恋なる魔法』と書かれた本だ。セド曰く聖女が騒いでいる原因らしい。
「では内容はご存知ですね。主人公は特別な魔法を使える平民の少女……恐らく聖女様のことでしょう。主人公は魔法学園に入学し、そこで王子と恋をする。そしてその恋の邪魔をする悪役令嬢を殺して二人はハッピーエンド。というまぁふざけた娯楽小説です。腹立たしいですが、悪役令嬢とはアマーリエ様のことでしょうね」
王子がナヨナヨしているシーンでは本当に腹が立ちましたとセドは今にも舌打ちしそうだ。聖女の友達は不味いものを食べたような顔をしている。
苦虫を噛み潰した顔って聖女は言ってたっけ。
「聖女が不安定になるのは当然だ。アレニーの件をどうにかしない限り、これは意味をなさないだろうな」
聖女の友達は小箱を強く握りしめた。その手は震えていて、机と小箱がぶつかっては音を立てている。
俺はその手を抑えた。その途端にバッと顔を上げて聖女の友達が俺を睨んだ。え? せっかく気を使ったのに。と思いつつも、出来るだけ淡々と理由を告げる。聖女の友達はビビリだから、なるだけ興味がないようにしたほうがいいだろう。
「箱、傷がつくかも」
「……ああ。すまないな」
「もう……殿下、気をつけてください」
こちらを警戒するような目を向けていた聖女の友達だが、しばらくして納得したのか小箱から手を話して視線を落とした。聖女の友達が落ち着いたのを確認してセドが声をかける。聖女の友達はセドを見上げて今度はもう少し温度が戻った声で「すまない」と言った。
やっぱり嫌いとかだけじゃなくて俺のことが怖いんだろうか。ちょっと爪が鋭かったかもしれない。刺さっていないだろうかと爪先を確認していると、セドがそっとその指先を手で覆った。
「爪が気になるんですか?」
俺は黙って頷く。というか何か下手なことを言ってセドに頷かれたら耐えられる気がしなかった。
「じゃあいろいろ終わってから手入れしましょう。その方が縁起いいです」
「うん」
セドは俺に頷き返して聖女の友達のとの会話に戻っていく。それが、なんだか寂しかった。
「どうにかして裁判に持ち込みたいですね。アレニー伯爵令嬢の確保はできそうですが、どうやって聖女様を説得するか……」
「そもそも神殿が《審判の時》だと
「先ほど王城に集まってくださった貴族の方々は《審判の時》に賛成ではないでしょう? あれだけの有力貴族が集まれば貴族は末端まで黙らすことができますよ」
「他の神殿や教会には?」
「やらかした神官長たちが必死に馬車止めているのを見ました。それに書き置きを残したので、僕のトモダチがどうにかしてくれているんじゃないでしょうか」
セドって友達いたんだ……。
「問題は馬車に異変を感じたり聖女様のお声を聞いてしまったりした民衆たちですよ。でもまぁここは一芝居打たせてもらいましょう。多少聖女様の印象が悪くなるかもしれませんが」
「やむを得ない……と。して、芝居とは?」
「アマーリエ様を悪役にしようとしたんです。とっておきの《悪役令嬢》に仕立てて差し上げようじゃないですか」
「うわぁ……セドなんだか楽しそ」
「流石宰相一家の右腕だな」
「お二人とも仲がいいですね。おんなじような顔してますよ」
セドにあきれ顔を向けられて俺と聖女の友達は顔を見合わせたが、そうは思わない。不思議に思ってセドを見上げると「あら、ぴったり」とセドがまたしてもジト目で言った。腹いせに言っているのか事実なのかしばらくよく分からなかったが、セドの口元が少し上がっていた。これはからかわれている。
俺が気づいたのが分かったのだろう、セドは苦笑した。その意味すら分からずに聖女の友達は首を傾げているから俺まで笑いそうになる。
「さて、最高の劇を見せてやりましょう。娯楽小説よりも滑稽で無様で、結局、楽しかったとしか言えないような」
「学校の文化祭のころは聖女候補関係で騒がしかったからな。今更好き勝手やってもいいだろう」
セドが収納魔法から紙を取り出して何かを書き始める。聖女の友達とも話し合いながら《劇の台本》は完成した。いつもの聖女ならノリノリでやるだろうなと思いつつ、結局どうやって聖女を説得するつもりなんだろうかとセドを見つめる。どうやら二人はもう眠たいらしかった。
「おい、ラグ」
「なに? 聖女の友達」
「お前らが泊まる場所として隣の客室を貸してやる。セドリックのことを寝かしてやれ」
「うん」
セドを抱きかかえて背を向けたとき、聖女の友達はまた声をかけてきた。
「あと、俺はもうすぐ友達より先に行ってやるからな。その呼び方はやめろ。俺はレニシウスだ」
「うん。分かった。ニージュ」
「お前耳ついてないのか!?」
聖女の友達?が何か言っているが放っておくことにする。もうセドは眠ってしまっているし、早くしないと多分首を痛める。扉を閉めるときに見たニージュは、なんだか満足気に笑っていた。やっぱりニージュって呼ばれたいのかな。突然「違うと思います」とセドが言ったのでびっくりしたが、寝言だったらしい。
セドは寝言言うんだ。かわいい。
丁寧に客室と書かれた隣の部屋に入るときには、セドの心地よい温かさも相まって俺まで眠くなっていた。眼鏡を取ってそばの棚の上に置き、セドをベッドに寝かせて俺もすぐ横になる。
セドが寝るのを見るなんて初めてで、心臓が静かに五月蝿く鳴っている。目を閉じているとセドのまつ毛が意外と長いのがよく分かる。どこか人形じみていて怖くなるけど、ちゃんと温かくて、柔らかい。
もう少し見ていたいような気がしたけど、気づけば俺は眠っていた。
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