第25話 セドは心配性


 セドがアイツと旅行に行く間、どうやらルミ達も休んでいるらしい。何故か俺の部屋に居座る二人をぼんやり見ていると、ルミの目の前に連絡用の魔法陣が展開された。


「はい、もしもし〜ルミエールです〜」


『リグルです〜。ルミちゃん聞こえてる?』


「げっアイツかよ」


「こらラグ。この距離だと声入るぞ」


『ちょっとセドリックから離れなくちゃでさ〜。現地の女の子に預けてるんだけど、どうせだし面倒見てあげてよ』


「どこですか?」


『今座標送った。その宿を拠点にしてる。女の子……マギちゃんとは約束があるから、そこは気をつけて』


「了解です」


 トントン拍子で話が進み、連絡用の魔法陣が消える。ニージュはのんきに何時頃出発だとルミに問いかけていた。


「うーん。明日にでも出ようか。二人とも、旅行の準備だよ」


「りょーかい。王宮に戻って準備してくる」


「はーい。こっちはラグと準備してるよ。」


 ニージュは本を俺に返して王宮に戻っていく、ルミが俺を立ち上がらせた。そして準備をするようにクローゼットへと歩かせる。


「着替えとかこの鞄に入れて準備して。私は自分の準備終えたら様子見に来るから」


「はーい……」


 ルミとニージュと出かけるのは正直億劫だ。二人は意外にも所構わず仲良しする。そのうえ外泊なんてセドの家にしか行ったことがないので、準備のしようが分からない。しかし、セドに会いに行くと思えばやる気が出た。

 ルミが放った鞄に着替えとトカゲを入れる。後は歯磨き等に使う道具やタオルだろうか。あ、爪切り。俺は爪切りが好きじゃないし、旅行中に使うことはないと思うけど……

 

『じゃあいろいろ終わってから手入れしましょう。その方が縁起いいです』

 

 セド、絶対忘れてるよな。もしかしたらセドは俺が自主的にすると思ってるのかもしれないけど、俺はセドにやってもらう気だったのに。てか、セドはそういう言い方をしていたと思う。

 俺は鞄のポケットに爪切りを入れる。あとでヤスリもルミに借りることにした。



 翌朝、ソファで本を読んでいると珍しくドアがノックされた。返事をすると大して間も空けずにルミが入ってくる。


「準備は万端?」


「ばっちり」


「じゃあニージュが港で待っているから早く行こう」


「りょーかい」


 ルミたちは先に転移魔法陣で荷物を向こうに送ってしまったらしい。俺だけ荷物を持っているのも場違いで気まずかったが、どうせひとりで暇だろうとルミは笑った。

 もしかして前の話根に持ってる?

 

 船は思ったよりもこぢんまりしていた。派手にいくわけにもいかないんだってルミは言った。聖女や王子にはそれなりの事情があるらしい。それらを見ないふりしてでも駆けつけてしまうなんて、ルミたちも相当セドのことが好きだ。

 何をするか分からないなんて言ったセドの言葉が今になってよりクリアになる。

 甲板の先端ではしゃいでいた二人が、いつの間にかこちらに来てにまにまと俺をのぞきこんでいる。ねぇ、セド、俺たちはやっぱり二人きりじゃないみたい。

 海鳥が群がるあそこには魚群があるのだとニージュが指差す。空と海が埋め尽くす真っ青なそこに、白い海鳥がポツポツと浮かび、波の反射光のように混ざり合っている。


「海に行くんだから釣りがしたいよな。王都は海が遠いから川釣りしかできない」


「えー嫌だよ。それ楽しいのニージュだけだからね。私たちが暇になっちゃうよ」


「………いや……」


 何か言おうとしたニージュだが口を噤み、俺の袖を掴んで耳打ちする。


「ルミの買い物につきあうのだって俺たち暇だよな」


「釣りも買い物も暇」


「おい普通の声で言うなよ」


「ちょっと!ひどいよニージュ!」


「さいてー」 


「はぁ!? おいラグ!」


 ルミの言葉に乗っかって俺もニージュをジトリとした目で見る。ニージュは焦ったように俺に掴みかかって、言い切れなくなって顔を背ける。


「ごめん。ルミ、ラグ」

 

「多目に見てあげましょう。私も暇だって言っちゃったし」


「ありがとう」


「ごめーん」


 俺も一応謝っておく。それにニージュはまたぎゃあぎゃあ騒いだ。ちゃんと謝ったのに。

 また不服そうな目で見られたニージュは更に騒いで、ルミが口元も隠さず大笑いする。ここにセドがいたら、俺の隣でため息でも吐いてるんだろうと思って、胸の奥がソワソワする。


「楽しみだね、お二人さん」


「あぁ」


「うん」


 

 着いた港から少し離れた海の家と呼ばれている施設に向かう。まさかの俺とニージュが同じ部屋だった。俺を一人部屋にするのは心配だって二人は言うけど、どうも納得いかない。

 少し観光を楽しんだ俺たちは海の家でセドを待っていた。セドが見えてくる。隣に誰かいるけど、俺は構わず駆け寄った。


 どうやらアイツがセドをあの女に貸す約束をしたらしい。あのクズ親父。一体なんてことしやがる。

 そしてセドがその女のことを悪く思っていなさそうなのが余計に嫌だった。

 ルミは大してそのことを気にしていないらしく呑気に女に提案をする。

 明日はペット同伴のダブルデートをするらしい。

 また俺がペット枠。


 深夜、俺はうまく眠れなくてロビーに出ていた。皆眠っているらしくて、月の明かりだけが窓から差し込んでいる。

 ぼんやりと外を眺めていると、小さく木の板の軋む音がしてきた。どうやら同じく眠れない誰かさんがやってきたらしい。


「何してるんですか? ラグ」


「んー、ちょっと眠れなくて。セドも?」


「……どうでしょう? 眠れないんですけど、眠れないというよりも……アンタのことが心配というか」


 そこまで言って一度俺を見上げ、それからそっぽを向いて項垂れる。


「って、何を言っているんでしょうね。貴方の事を忘れて現地を楽しんでいたというのに、馬鹿な話です」


「それでも、俺を気遣ってくれて嬉しいよ」


「はいはい。貴方はもっと恥じらいを持ってくれませんか?」


 二人してロビーのソファに座り込むと、話すべきことも見つからなくて互いに黙り込む。しばらくしてポケットにつめ切りが入っていることを思い出した。俺はそれを取り出してセドに手渡す。セドは大人しく受け取ったものの困ったように眉を下げて俺を見た。


「爪、いろいろ終わったら手入れしてくれるって言ったでしょ」


「いろいろ、終わったんですかね」


「セドにとってどうかはよく分からないけど、ここずっと何か起こってるじゃん。ああだこうだ言ってたらいつまでも何も終わらないだろ」


「はぁ、それもそうですね」


 セドは爪切りを構えて、まず俺の右手を捕まえた。ぱちぱちと人差し指の爪を切って、きゅっと眉を寄せる。


「……やりづらいです。自分で出来ませんか?」


「なんで?」


「普段自分の爪しか切らないから不慣れなんですよ」


「じゃあここに座る?」


 股を開いて太腿と太腿の間に隙間を作ると、セドは明らかに嫌そうな顔をした。それでもそのほうがいいと判断したのか、恐る恐る座ってくる。やはりセドは猫みたいで、少し脅かしたくなる。

 今度は逆に左手をとって、人さし指から爪を切っていく。鋭くとがった俺の爪と人間のものは都合が違うのか、眉に力を込めながらも着実に切っていた。こう見るとルミは龍の姿だった俺の爪さえも切っていたので、相当慣れていたのだろうなと思わされる。小指まで切ったセドは親指を切り、爪切りを左手に持ち替える。今度は右手を取って、再び人差し指から切り出した。

 

「ラグ」


「どうしたの?」


「貴方は、俺の隣で幸せでいてくれますか?」


「もちろん。俺はセドの隣にいるのが幸せだよ」


「……僕と会った人は皆不幸になるだとか、そういう不吉なことは言いませんよ。でも、怖いんです。俺は、もう誰にも欠けてほしくない」


 紫色の聖女候補のことを、セドは生涯忘れることはできないのだ。アイツまで含まれているっていうのは癪だけど、ルミだとかニージュだとか、ほんの数人の人間を守りきれないなんて俺は思わない。

 爪を切るセドの手を取って、そのまま抱きしめる。この小さな身体に背負わされたあまりに重たい覚悟を、想いを、代わりに抱えてあげることはできない。けど、支えることはできるはずなのだ。


「全部俺が守るから大丈夫。セドだって、国ごとみんなを守るって決めてるんでしょ」


 アマーリエがいた国を、大好きな人がいる国を、守りたくてセドが頑張っていることはわかる。存在価値だとか難しいことも考えていたのかもしれないけど、根本的なことはきっとそうだった。

 セドがセドなりに積み重ねてきたものを俺だって守りたい。


「……そうですね。僕は祖国のためになろうともがくのは、アマーリエ様の面影に縋ることだと思っていましたが、そうじゃない。僕は、貴方たちと過ごせる国を守りたいんです。……ラグ、ありがとうございます」

 

「どういたしまして」


 「そろそろ離してください」と言うので大人しく腕を緩め、右手をセドに預ける。爪を切り取ったらしいセドは、ヤスリは魔力で済ませてもいいかと首を傾げた。頷くとセドの魔力が薄く爪先を覆い、両面をなだらかにして溶けていった。セドのこういう地道な魔力操作には、目を見張るところがある。

 すべてを終えたセドは立ち上がって、俺を見下ろした。そして、爪切りを俺に返す。


「それではラグ、おやすみなさい」


「ねぇ、セド。おやすみのちゅーしよ」


「アンタは本当にませすぎです。ルミさんからどういう教育を受けているんですか? そもそもルミさんがやっていることは犬猫に対する行為だと思ったほうがいい。アンタ今日だってペット扱いじゃないですか」


「それを最初に言い出したのはセドでしょ?」


 どこか遠いところを探るかのように彷徨っていた視線は、ある一点でピタリと止まる。どうやら思い出したらしい。図星を突かれたように呻いて、セドは俺を睨みあげた。


「……仕方ないですね。今回だけですよ」


「はーい」


 座ったままの俺の両頬に手を当てて、セドは静かに唇を額に落とした。そして早々に踵を返す。


「では! さっさと寝るのですよ!」


「……うそ」

 

 確かにルミだって額や頬にしかしなかったけど、今のは確実に口にする流れではなかったのだろうか。そう暗闇に愚痴っても仕方ないので、俺は大人しく寝ることにした。



「セド様〜あっち行きましょう!」


「はいはい」


 翌朝。セドに腕を絡ませてはしゃぐ女に、本気で殺意が湧いた俺に気づいたニージュだけが苦笑いを浮かべていた。おそらくニージュも浮かれ気分のルミに乗せられて、俺のことなど眼中になくなるだろうので、自重はしない。


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俺を人間兵器扱いしてくる文官は悪役令嬢の友達だった @4692momoi

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