詐欺
田村 計
第1話
どう考えても結婚詐欺だ。
穏やかではない内心を押し隠して、三本紗栄子は目の前で幸せそうに語る友人を見つめていた。
「韓国の男性でね、小さいけれど会社を経営しているんですって」
高そうなブランドバッグからスマホを取り出し、嬉しそうに画面の写真を押し付けてくるのは神田真美だ。あるカフェで知り合って以来、気が合ってこうして会うようになった。真美はとにかく性格のよい子だった。距離を縮めたいと思った紗栄子は、機会を作っては連絡を取って会話を重ねて来た。ようやく仲良くなれたと思った矢先、真美からその胡散臭い男の話を聞かされたのだ。
「そうなんだ、すごいね」
ずず、と氷の解けたアイスティーを啜りながら、紗栄子は適当な相槌を打つ。写真の中には爽やかすぎる笑顔の男性が写っていた。若くて仕事のできる会社経営者か知らないが、いくらなんでも顔が整いすぎている。整形でなければ俳優か誰かの写真の盗用だろう。
考えれば分かりそうなことなのに、真美は少しも疑わない。それが彼女の素晴らしいところではあるのだが、今回ばかりは口を挟まずにいられなかった。何しろ、真美の財産が狙われているのだ。
「でもね、SNSでだけしかやり取りしていない男性を、そんなに信用して大丈夫?」
やんわりと問いかけてみる。バカじゃないのと叱咤してもいいが、それで真美がしょげてしまって、もう帰ると言い出すのも困る。
「大丈夫よ。本当にいい人なの。こんなに趣味が合うのも初めて」
愛美が趣味のガーデニングの話題をSNSにあげていたところ、同じ趣味だと言ってダイレクトメッセージを送って来たのだと言う。最初は警戒していたものの、本当に趣味があってやり取りが楽しくなったのだ。そう愛美に聞かされて、紗栄子は頭が痛くなった。
真美は、とんでもなく人がいい。よほど愛されて育ったのだろう、人を疑うという事をしない。そんな彼女だから、どう考えてもいかがわしい男に騙されそうになっている。
何とかして真美を説得しなければならない。おかしな男に金をだまし取られるなんて、させるわけにはいかないからだ。
「海外をあちこち飛び回っているんですって。だから色んな場所から写真を送ってくれるの」
ガーデニングが趣味という設定になっているからだろう、送られてきた写真は庭園や公園が多い。いくつかは男も一緒に写っていた。とはいえ、今どき素人でも写真の合成くらいできるだろう。紗栄子は注意深く写真を見つめる。
「……あれ」
「どうしたの、紗栄子さん」
「これ、ローマ?」
「そうなの! ローマの休日でアン王女が訪れる場所なんでしょう? そのうち一緒に行きましょうって彼が言ってくれたのよ」
「ふうん、これいつの写真?」
「去年撮ったって聞いたわ。どうしたの? 変な顔して」
紗栄子は写真から目を離し、真剣な面持ちで真美を見つめた。
「私ね、去年ローマに旅行したの。この写真と同じ夏の時期に」
「ほんと? どうだった? 素敵な場所だった?」
「素敵だったわよ。ただそうじゃなくて、……去年のローマね、あちこち改修中だったの。今年がジュビレオって言う特別な聖なる年だから、それこそ色んな場所を閉鎖して修理していたのよ」
スマホを手に取って、真美の方へと向ける。
「このオベリスクの前で、写真が撮れるはずがないのよ」
畳みかけるように紗栄子は真美に告げる。
「やっぱりなんだかおかしいわよ、その男性。もしかしてお金を都合してほしい、なんて言われてない?」
「……言われた」
「なんて」
「新規の事業のために、少し出してくれないかって。それが片付いたら、結婚しようって」
両手で包み込みようにして、紗栄子は真美の手を握った。できるだけ真剣な面持ちで、真美を説得する。
「結婚したいって思う相手なら、いくら忙しくっても直接会いたいって思うはずよ。そんな手間も惜しんで、お金だけくれって少し図々しいんじゃないかと思う」
できる限りの手を尽くして、紗栄子は真美を説得した。幸い口は上手い方だ。変な男から真美を守るためならなんだってやろう。必死の熱意が伝わったのか、真美は段々と紗栄子の言葉に耳を傾けるようになった。
「ありがとう、紗栄子さん。なんだか目が覚めたわ」
最後には、すっきりした表情で真美が紗栄子に笑いかけた。
ほっとして、紗栄子は真美に笑い返す。よかった、これで男に金を盗られることはない。
「それなら良かった。もう変な人に引っかからないようにね」
「ええ。紗栄子さんに話して本当に良かったわ」
そういうと、真美はバッグに手を突っ込んだ。中から取り出した分厚い封筒を、紗栄子に渡す。
「これ持って来たわ。紗栄子さんに預けようと思って」
ずっしりと重い封筒を受け取る。
ことさら朗らかに、紗栄子は笑顔を向ける。
「ええ、お預かりするわね。大丈夫、一年で十倍に増えるから、安心しておいて」
本当に良かった。
この信じやすい真美の金を、ほかの詐欺師に奪われるのを阻止出来て。騙しやすそうと目をつけてカフェで声をかけ、ここまで友人関係を築いて来たのだ。ぽっと出のよその男に持っていかれてたまるものか。
封筒をしまい込むと、紗栄子は席を立った。
詐欺 田村 計 @Tamura_K
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